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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第1話 未踏を越えて

 幾万幾千の時を超え、七つの世界を一つに束ねれば、我らが悲願が達成される。


 創世の時来る。世界の願いは今叶えられる。


 無限の屍の上に我らは立つ。全てはこの時のために。


 誰もが夢見る理想郷。全ての者が愛するユートピア。


 全ての命に安らかな眠りを。


 全ての神に永遠の繁栄を。


 呪われた世界を創り替える時が来た。


 もう


 誰も


 邪魔は


 できない



 ――第二部 神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界


 

 船に乗り、揺られ揺られ90日以上。


 日没と夜明け。太陽は何度頭の上を通り過ぎていっただろうか。その船の上にいた者達で、それを正確に数えていた者は少ない。


 そして彼らは、たどり着いた。人々は、ついにたどり着いた。


 巨大な帆が畳まれる。見張り台に立つ船員が鐘を鳴らす。


 波の音が静まる。人々の声が静まる。甲板に並ぶ者達が前を見る。


 そこは、人と神の国を結ぶ唯一の町。人の国の果てにして、神の国の入口。港町ラインリア。


 人と神の世界が重なるその場所に、彼らはたどり着いたのだ――――


「錨を降ろせ! 船を固定しろ!」


 船乗りの男が、大きな声でそう叫んだ。錨を繋いでいた巨大な鎖が、ガラガラと音を立てて海の底へと伸びていく。


 船が桟橋に近づいていく。そこは、人の世界ではない。故にそこにいるのは、人ではない。桟橋にずらりと並ぶは緑褐色の肌をした巨人たち。


 赤に白に、様々な色をした髪を短く刈り上げた彼らの顔、無骨に発達した下あごと伸びる牙。人の二倍はあろうかと言う身長と横幅。


 船員の恰好をしたオークたちだ。オークたちの一人が、巨大なロープを握りしめている。


 力強くロープを投げ込む彼。ロープの先端が船に飛び込んで、大きな音が鳴る。


「固定よし! ゆっくり寄せろ!」


 船が、ゆっくりと神の国に近づいて――いく――


「はぁ……」


 その船を、灯台の上から見ている二つの影があった。


 一つの影の持ち主は銀髪の女。左右二本ずつ、合計四本の剣を両腰に下げ、肩口で切りそろえられた銀髪と赤い瞳を持つ彼女は、溜息まじりに船を見ていた。


 そしてもう一つ。ふくよかな身体を鎧に押し込み、膨らんだ腹を擦る男。


 男の手の甲に、チラリと金属の爪が見える。


「ふっほっほ! こりゃ今夜はごちそうですな! 人の国は作物が美味い! 料理人たちも今か今かと数日前からそわそわしておりましたからな! のうフレイア嬢!」


「また太るぞルクシス」


「主たるもの、豊かさも大事ですぞ。ははは! フレイア嬢ももう少し肉をつけた方がいい! 魔神軍の似たような名前のフレンナはそれはそれは豊満でしたでしょう!」


「いろいろうるせぇ馬鹿。あいつと比べんな」


「ははは!」


「クソが……」


 銀髪の女と、肥えた男。彼女たちの眼は赤く輝いていて。


 灯台に立つ、二神。フレイアとルクシス。神の国に戻ってきた船の荷下ろしを監視する彼女たちは、高く遠いその場所から甲板を見ていた。


「人間どもも綺麗に整列して問題は無し。オークどもの荷下ろしも順調。異常なし。ついでに神格の反応もなぁし。はぁぁ……」


 右手に持った白い水晶玉と甲板を交互に見ながら、彼女は溜息をついた。


「どうして私がこんなことをしなきゃいけないんだ全く……」


「ははは、まだ思い悩んでおられるようですな。ヴァハナがやらかしたことを思えば、むしろアルトス様は寛大だったと言うべきではありませんかなフレイア嬢」


「そりゃ父様に文句をいうつもりはないけどさぁ……でもこんな、神徒がやる仕事だろう? もっと違った……例えば人の国に行けとかさぁ。もっと責任のさぁ」


「仕事に貴賎なし。小さな仕事も重要ですぞフレイア嬢」


「わぁってるよ。わぁってるからやってるんだろうが。ただの愚痴だよ聞き流せ」


「わははは!」


「ったく……」


 フレイアは腰に差した四本のうち、右上の剣を右手で少しだけ抜いて、そのまま鞘に押し込んだ。


 甲高い金属音が鳴る。左手に持った水晶を机に置いて、彼女は灯台の柱に背を預けた。


「……七本目、出たって本当かルクシス?」


「まぁ、そうですな」


「誰が10階まで上ったんだ? 私たちの側じゃないだろう?」


「魔神軍が参謀。席次第二位のガルディン」


「あの子供みたいなやつか? ほっそい腕した」


「5歳のフレイア嬢が敵軍の将を子供扱いにするのはどうなんでしょうな。ははは」


「ちゃかすな馬鹿」


「ははは、そう。あの小柄な肉体派というよりも知能派のやつです」


「そっか……厄介だな。七本目が向こうってことは、そのうちでかい大戦が起こるよな?」


「でしょうな」


「またたくさん死ぬのかなぁ……」


「ま、戦場に死はつきもの。悲願のためには非情にならねばなりませぬぞ」


「わぁってるよ。でも、同じ神種なんだからさ。もっと違う道もあると思うんだよなぁ」


「フレイア嬢は甘いですな。ははは」


「うるせぇ。帰りにオークの城に行くぞ。いい加減、あいつらのごたごたも飽きてきたところだしな」


「後継者争いでしたかな。まぁ世の常ですな」


「でけぇ図体してるくせにあいつら妙に固くて苦手なんだよなぁ」


 剣を少し抜いて、鞘に勢いよく差し込むフレイア。カチンと大きな音が灯台に響き渡った。


 桟橋ではオークたちがせっせと積み荷を運び下ろしている。人は神の国に降りることは許されない。最低限の食料だけを残して積み荷が降ろされたら、アルゴの船はそのまま人の国へと向かうのだ。


 今までで神の国に降りた人は誰もいない。今まで、神の国に降りれた人類は誰もいない。


 『今まで』


「メナス、そんで最初にどこ行けばいいんだ?」


「この先を行くと、オークの集落がある。私の知り合いがいるから、まずはそこで今の世界の情勢を聞きたいわ」


「そうか。そんじゃま……」


 港町から離れた砂浜に降り立った、十人ほどの、『人』


 数万、数億、数えるのも億劫になるほどの時の果てに、初めて神の国に降り立った、十人ほどの、『人』


「行くぜお前ら」


 大槍を背に、赤錆びた鎧を着た男が前を向く。全てを壊すその大槍が向かうのは、どこか。


 今日この日、人は初めて神の国に降り立ったのだ。

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