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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第22話 赤錆びた思い出を君に

 できればこのまま、微睡の中に。


 夢だ。


 これは夢だ。


 夢をみているのだ。


 青い空が広がっている。白い雲が泳いでいる。明るい太陽が周囲を照らしている。


 草が風に揺らめいて、ざわざわと音を立てている。木が風に揺らめいて、ざわざわと音を立てている。


 湖の水面が揺らめいている。


 湖の畔に、家がある。家の前に干されている洗濯物が、風に揺れている。


 明るい光景だ。


 右手を伸ばす。女性の手が、その手を握り返す。


 左手を伸ばす。少女の手が、その手を握り返す。


「ねぇ」


 白い女性が、優しい声で、話しかけてくる。


「もし、どんなことでも叶うとしたら、アルクはどんな願い事を叶えたい?」


 どんなことでも?


「どんなことでも」


 思いつかないな。


「どうして?」


 だって


         これ以上の


 幸福なんか

 

         ないんだから


「皆が生きているなら、それでいいさ」


「――そう」


 夢を見た。


 暖かい夢を見た。


 俺は思った。


 どうか、どうか、どうか、どうか、どうか



 このまま目覚めないでくれ――このまま――このまま――



 死なせて――――



 ――――



 ――――



 ――――



 ――――



 アルクァードの瞼が、開いた。


 彼の目の前に、石の天井が広がっていた。


 生きている。


 彼は生きている。


 自分の胸に手を当ててみる。ドクドクと、脈打つ心臓の鼓動が感じられる。


 身体を起こそうと試みる。


 痛みが全身を走る。


「やめておけ」


 アルクァードの耳に聞こえた声は、聞き覚えの無い声で。


 横になったまま、ゆっくりと視線を声がした方向へと向ける。


 彼の傍らで、銀色の髪をした女が椅子に座って暖かな飲み物が入ったカップを口に運んでいた。


「死人に戻りたくはないだろう? 今は安静にしていろ。オリハルコンの心臓もそのうちになじむ」


「心、臓……?」


「ああ、心臓だ」


 カップを机に置き、アルクァードの方へと顔を向ける銀髪の女。その瞳は、真っ赤に輝いていて。


 銀髪に、赤い瞳。アルクァードの心臓が、強く跳ねた。


「ついてたなお前。たまたま私がオリハルコンの心臓を持ってて。あのままだと死んでたぞ」


「オリハルコンの……何だって……?」


「その心臓大事にしろよ。ドワーフ族が創り上げた生体心臓だ。ドワーフ族は絶滅したからもう誰も創れないんだぞそれ。オリハルコンの加工は失われた技術でな、肉と繋がる金属を加工する、そんなことは今の世界には」


「お前、誰だ?」


「……私はメナス。七神の長にして、軍神の子。アルカディナとは……まぁ姉妹として育った仲だ」


「メナス……聖典の、メナスか?」


「そのメナスだ」


 アルクァードは、周囲を見回した。


 狭い石の部屋に、メナスが座る椅子と机。ぼんやりと光る蝋燭に照らされて、よくわからない物が大量に散乱している。


 よく見れば武器もある。剣や槍、斧、そして火砲。


「ここは、どこだ?」


「私の部屋だ」


「それじゃここは、神の国なのか?」


「ん? ああ違う。そうじゃない。ここは人の国だ。私は、自分の部屋を持ち歩けるんだ」


「神器、か?」


「法術。私の神器は、アルカディナに半分以上消されたよ。やれやれ……」


 パチリと指を鳴らすメナス。蝋燭の火が、強くなる。


 薄暗かった周囲が強く照らされた。


「俺以外は、どうした。アルカディナは? マリナ……マリナは?」


「知ってるだろうもう。それでも聞くのか?」


 アルクァードの作り物の心臓が、強く跳ねた。


 その鼓動が、強く身体に血を巡らせる。


 アルクァードは起き上がった。


「無理するな。死ぬぞお前」


「知るか。出口はどこだ」


「どこへ行く?」


「どこから出れる」


「……はぁ」


 人差し指を伸ばすメナス。その指は、部屋の奥の階段を指している。


 足を床に着け、立ち上がるアルクァード。目の前が歪む。


 立ち眩みだ。血が足りないのだ。


 アルクァードは強引に足を動かして歩き出した。


「動けるのか。獣よりも獣だなお前は」


 背から聞こえるため息まじりの言葉を聞かず、彼は階段を上る。


 一段一段。踏みしめるごとに冷たい音が鳴る。


 痛み。一歩足を動かすごとに、身体に痛みが走る。


 階段をのぼる。


 手を伸ばす。


 鉄の扉を押す。


 淡い光が、扉の隙間から入ってくる。


 ――外に出る。


 広がっていたのは、星空。


 満天の星空。


 外は夜だった。


「……ここは」


 知っている。


 この場所を彼は知っている。


 ここは、そう、彼がよく歩いた場所だ。家の近く。彼が、釣りに出る時にいつもとおった、道の傍。


 振り返る。彼が出てきた鉄の扉が岩に埋まっている。


 この場所に、扉などなかったはずだ。


「私は長をしているがな。怠け者なんだ。戦場であっても休める場所が必要だから、いつもこうして部屋を持ち歩いている」


 扉から出てくる、銀髪の女。七神の長メナス。


 暗い夜に、彼女の赤い瞳は映える。


 メナスに背を向け、歩き出すアルクァード。


「どこへ行くんだ?」


「帰るんだ。家に」


「そうか」


 道は、知っている。


 草を土を、はだしの足が踏みしめる。


 アルクァードはゆっくりと、家に向かって歩き出した。


 その後ろを、数歩離れてメナスがついて行く。


「なぁ、お前の名前は、何て言うんだ? 人にも名はあるはずだろ?」


「……アルクァード」


「言いにくいな。アルクでいいか?」


「好きにしろ」


 彼らは歩く。道を歩く。前を行くアルクァード。後ろをついて行くメナス。


 星空の下、彼らは同じ道を歩く。


「アルク。お前はアルカディナのどこがよかったんだ? 言っちゃ悪いが、あいつはどうしようもなく我儘なやつだっただろう? 男に好かれるなど、あり得ないと思うがなぁ」


「……関係ねぇだろお前には」


「そう言うな。あいつはな、私の妹のようなやつだったんだ。そいつが知らないところで男と愛し合って、子を成した。気になるだろう?」


 メナスの声は、飄々としていて、つかみどころがなくて。


 どこか、アルカディナと似ているところがあって。


 だから、アルクァードは彼女の問いかけに答えた。


「わかんねぇ。正直なところ」


「わからない? 何処が好きかってことか?」


「好きかどうか、ってところが」


「うん? 好きでもないのに一緒になったのか?」


「いや、そういうわけじゃ……ないんだ」


「んん?」


 どうして、一緒になろうと思ったのだろうか。


 アルクァードは、自分で自分に問いかける。


 どうして、この道を選んだのか。


「俺は、ガキの頃、外に出たかったんだ」


「外?」


「俺はさ。農村で生まれたからさ。村から出れなかったんだ。出してもらえなかったんだ」


「農奴、ってやつか」


「それで、さ。ある日、隣に住んでいた女の子がさ。法術を使えるように、なったんだ。聖女ってやつだったんだな。あいつは」


「法術は急に使えるようになるものじゃない。きっとその女の子は、産まれた時から使えたんだ」


「かもな……んで、大人たちは皆大騒ぎだ。聖女は神の使い。村からそんなやつがでる。そりゃもう、大騒ぎだろ。それからすぐだった。王都から、迎えが来たのは、本当に、すぐだった」


「まぁ、気分が良いものじゃないだろうが、法術の使える人は監視対象だからな」


「迎えに来たでけぇじいさんに俺は叫んだよ。そいつを連れていくな。連れていくなら、俺も連れていけってな」


「そんなに別れたくなかったのか。そうかその女の子が、好きだったんだな」


「違う」


「何?」


「ただ羨ましかったんだ」


「聖人になったことが?」


「外に出れることが」


 道を、進む。


 道を、歩く。


 星空の下を、歩く。


「あの時の俺はさ。外は楽しくて、煌びやかで、夢があって、あんな狭い村の中では手に入らない物がいっぱい、手に入ると思ってたんだ」


「……どうだった? 村の外は」


「そんなものは、なかった」


 今までの道を、思い返す。歩いてきた道を思い返す。


「煌びやか? 楽しさ? 夢? どこにあるよそんなもの。人は、産まれた瞬間から死ぬ時まで、生き方を決められて生きている。騎士になった者は死ぬまで騎士。聖女になったら死ぬまで聖女。嫌だと叫んで籠の外へ出ても、そこにあるのはもう一回り大きな籠」


「そうか」


「喜劇だぜ。やっと外に出れたと喜んだら、まだ中にいたんだ。は、ははは」


「……だがそれでも、農奴で会った時よりも外にいた時の方が居心地はよかっただろう?」


「親をさ」


「ん?」


「親の死体をさ、指さされてさ、片付けろって言われたら、どんな気持ちになると思う?」


「……さぁな」


「俺とユーフォリアが王都で学んで、一人前になって最初の仕事が、滅ぼされた故郷の後片付けだぜ。最低な、最低な仕事だ。クソみてぇな仕事だ。悲しい顔一つせず、俺はやってやったよ。ユーフォリアも同じだ。眉一つ動かさず、祈りを捧げていたよ。は、はははは」


 何故、やりたくないと、言わなかったのか。


 言えなかったのか。


「俺たちは人形だ。人の形をしたモノだ。どんなに、どんなに想っても、どんなに悲しんでも、俺たちは拒否できない。俺たちは自分の意志で生きることができない」


 道を踏みしめる足に、力が籠る。


 この道を進む足は、本当に自分の足なのか。


「俺は、自由なアルカディナが羨ましかった。自由なあいつが、ただ、羨ましかったんだ」


「……そうか」


「俺は、最低だ。俺は、人形だ。俺は、モノだ。なのに、何で、俺なんかに、一緒に過ごそうと、言ったんだろう……」


 足が、止まる。


 道の先には、家がある。遠くに家の、影が見える。


 アルカディナと過ごすために作った家だ。


 家に灯りはない。


 もう、そこに誰もいない。


「すまない……私たちがこなければ、お前たちは未だ、過ごすことができただろう」


「違う」


 これは、さいしょから、わかっていたこと。


「人と、神。子を作って、家族として、生きる。許されるわけがない。神たちが許すわけがない。いつか、いつか終わることは、俺もアルカディナも知っていた」


 だからこそ、その瞬間まで、精一杯に。


 しあわせに。


「こうなることは、わかっていた!」


 アルクァードは、振り返った。


 メナスは見た。ここまで歩いてきたアルクァードの表情を、初めて見た。


「でも納得できねぇよ! 何で、何で駄目なんだ!? 俺もアルカディナも、誰にも迷惑をかけていない! 当然神にもだ! 何でここまでやられなければならないんだ!?」


 彼の、顔は


 アルクァードの顔は


「やっとわかったんだ! 真似事だよ! そうだ最初は真似事だったよ! でもな! わかったんだ! 愛するってことを俺たちは、やっとわかったんだ!」


 ――――泣いていた。


「アルカディナと過ごす時間が! マリナの笑顔が! こんなにも、こんなにも煌びやかで! 楽しいものだったなんて知らなかったんだ! もっと、もっと味合わせてくれよ! もっと幸せの中にいさせてくれよ! 俺たち今まで大変だったんだからさぁ!」


「アルク」


「くそ……くそが! なんなんだ! こんな世界がなんで、許されているんだ!? お前らこれでいいのかよ! こんな世界でいいのかよ!」


「……アルク」


「クソ野郎どもがぁぁぁぁぁあ!」


 慟哭。星を揺らすほどの、叫び。


 世界に拒否された、男の叫び。


 遠く遠く、空の彼方までそれは、響き渡った。


 膝から崩れ落ちる、アルクァード。土埃が辺り一面に舞い上がった。


「メナス……何で、生かした。何で俺を、生かした」


「生きるべきだと、思ったから」


「アルカディナは死んだ。俺の目の前で、粉々になって死んだ。マリナは死んだ。心臓に穴をあけて、死んでいた。俺も……俺も、一緒に……」


「アルク」


 膝をつき、呆けるアルクァードの傍に、メナスが立つ。


 片手をゆっくりと、彼女は上げる。人差し指を伸ばす。


 アルクァードの視線が、彼女の人差し指の先に向く。


 そこにあったのは、月の光を受けて輝く巨大な穂先の大槍。


 ―――――アルカディナが振るっていた大槍が、地面に突き刺さっていた。


「人は、神によって支配されていると言うが、違うんだアルク。本当は、本当の本当は、本当はね。私たち皆、誰かが作った世界の理に、支配されているの」


「……世界の、理」


「妹だったのよ。私の、妹。血は繋がってないけど、妹。ずっと一緒に過ごして、一緒に笑って、千年以上。どうしてここまで、やらないといけなかったの?」


「やらないと、いけなかった、だと」


「私は、自分の神器が壊されて、確信したことがある。それは、世界は壊せるということ。不滅な神器も壊せるんだから、世界もきっと、壊すことができる」


「世界を、壊す」


「ねぇアルク。私と一緒に、こんな世界を、壊してみない?」


 生きることすら、何かの許しが必要なこの世界。


 生きる自由に死ぬ自由。そんなものすらないこの世界。


 こんな世界で、生きていたいのか?


 アルクァードは立ちあがった。


 そしてゆっくりと、大槍の下へと足を進める。


 アルクァードは大槍に手を掛けた。力を入れ、大槍を地面から引き抜く。


 月夜に掲げられる、美しき大槍。


「さぁ、世界に反逆しましょう」


 アルクァードの選択は、間違いだった。


 人の生活を捨て、神を愛し、神と子を作る。


 それは破滅しか呼ばない選択だった。


 しかし


 しかしながら


 それは間違いでないと、叫びたいから。


 アルクァードは槍を取った。大きな大きな大槍を取った。


 それは、彼の決意。


 残された者の決意。


 夢は終わった。幸せな時は終わった。


 これより始まるは今。そして未来。世界は動く。一人の男の大槍を中心にして。


 世界を、壊そう。


 世界を、壊そう。


 世界を、壊そう。


 世界を――――変えてしまおう――――




 神々のディストピア第一章 完

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