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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第21話 紅ノ神

 見よ。


 その姿を見よ。


 禍々しい赤い蒸気を放つその姿を見よ。


 全身は紅の甲冑で覆われ、銀色の髪は赤色に燃え上がり、瞳は真っ赤に染まっているその姿を、見よ。


 その姿の前には、どんな生命ですら存在を許されない。


 服従など許されない。


 その姿を、見よ。


 灼熱の神の姿を見よ。


 世界を焦がす灼熱の神を見よ。


 そして理解せよ。


 触れてはいけないモノに触れてしまったという事実を、理解せよ。


 それは


 世界を壊す神である。


 世界に現れた七番目の原始の神である。


 創造神、星界神、全知神、全能神、魔神、軍神


 世界に名を残し七つの神。末に添えられたその神の名は


 『破壊神』


 生きることが罪なのだとしたら


 生きていることが罪なのだとしたら


 誰かに許されなければ生きられないのだとしたら 


 生は否定されるべきものなのだとしたら


「生きることは、罪」


 なにもかも、どんなものでも


「なら全部殺して、しまおう」


 赤い蒸気が周囲を覆う。


 赤い空気が世界を覆う。


 赤い色が全てを覆う。


 赤に触れたものから、全ては死んでいく。


 水は蒸発し、草木は粉末状に消し飛び、虫は破裂して蒸気になり、魚は光の粉になり、大地は砂へと変わり


 彼女の周り全てが、死んでいく。


「……えせ」


 その声を、聴け。その叫びを、聴け。


「……かえせ」


 その嘆きを、聴け。


「かえせ……かえせ! 私の! 生を返せ!」


 もはや


 そこにいるのは


「返せ! 返せ! 返せ! 死ね! 死んでしまえ! 全部死ね! 何もかも死んでしまえ!」


 かつて、神の槍と呼ばれ讃えられた、女神アルカディナではなかった。


 生きることを奪われた、哀れな神は、生きるために、生を求める。


「返せ! かえせぇぇぇぇ! ああああああああ!」


 もう、心などとうに、壊れしまっている。


 赤い色が広がる。死が広がっていく。


 戦う。


 殺す。


 もうそんなことができる、領域ではない。


「こ、これが、10階位の解放なのか……!? 9階位までと何もかもが違うぞ!」


 怯え、叫ぶは神の一柱ファルギス。


「アルトス! おいアルトス! どうすりゃいいんだこれ! おいなんとか言え! アルトス! どこだ!?」


「ここ、だ」


 弱弱しき男の声。ファルギスは首を声がした方へと向ける。


 そこに、彼はいた。神が一柱、七神の中で、最も頭脳明晰な神。


 軍師アルトス。


「なっ」


 ファルギスは絶句した。


「あ、アルトス……」


「大丈夫、大丈夫だ。止血は、できた。私も上位の神だ。すぐに死には、しないさ」


「なんてこった……」


 アルトスは、地面に横たわっていた。


 彼の身体には、あるべきものがなかった。さっきまであったはずのものが、いくつも無くなっていた。


 両足


 左腕から肩


 そして整っていた顔の、左半分


「ファルギス、君は、臆病だ。大きな身体をしてるくせに、根はどうしようもなく臆病だ。だが、それで正解だ。君は、命の危機に、動けるやつだ。君はアルカディナが神器を解放する瞬間、とっさに、引いた」


「……お前は?」


「興味……はは……いらない好奇心が出てきてしまった……何が起こるのか気になって、近くで見ようと、足を止めてしまった……」


「ば、馬鹿野郎……」


「あれに触れるな。赤い霧。彼女の、血か、それとも、何か別の、何かか。あれに触れれば、消えるぞ。神の身体は音も無く消えるぞ。痛みも衝撃も、何もなかった」


「なんてこった……」


 ファルギスは息を飲み、赤い色に包まれた深紅の神の姿を見た。赤い色が、ゆっくり、ゆっくり、非常に遅い速度で、広がっていっている。


「私の、神器。左手に装着していた。他者の心と、未来をみる青い指輪。丸ごと、もっていかれた。不滅……七階位まで解放できたの、ほんの数年前だったのになぁ……」


「そりゃ……災難だった……な。アルトス」


「ははは……殺されたラナジードに比べれば、マシ、か……ファルギス。聞くんだ。君たちの勝手な行動、私は中央にまだ報告していない。これにて不問にする」


「あ、ああ……悪かったぜ……」


「よく見るんだ。アルカディナを。アルカディナだったモノを」


「おう」


 自らの神器の斧を取り出し、ファルギスはアルカディナがいる場所を見た。


 頭の先から足の先まで真っ赤に染まったアルカディナは大きな槍を握りしめ、赤い霧の中心で立ち尽くしていた。


 ぶつぶつと何かを言いながら、彼女は一歩も動かない。


「神器は、世界に関与できる器だ。極限までその力が高められると、このように、世界の理を操作するほどの、力を持つ」


「神器を振って来た俺が言うのもなんだが、なんつー恐ろしいものなんだこれは……」


「たぶん、あんな、暴力的な解放を見せるのは初めてだろう……どんな文献にもこんな、死そのものになった神など載ってなかった」


「アルカディナのやつ、動かねぇぜ。何でだ?」


「自我が壊れたんだ。たぶん解放する前から。壊れたまま、壊れた心で、神器を解放させた。その結果、あんなでたらめな能力になってしまったのだ」


「っていうと、あれか? あいつ、自分で何をやってるのかわかってねぇのか?」


「ああ……だから、説得ももう、無理だ」


「なんてこった」


「殺すために近づくことすらできない。遠距離から法術で攻撃してもきっと、いや間違いなく効果などない。だから、とにかく、あれをここに足止めするんだ」


「ど、どうやって?」


「埋めるんだ。君の神器なら、穴ぐらい何とかできるだろ……?」


「……なるほど。それで、ここで止めてどうする?」


「中央から、軍神の矢を撃ってもらう」


「アルカディナに、軍神の矢だと?」


「星界神を殺した軍神の矢だ。今の彼女でも、殺せるはずだ。むしろ、彼女の今のあり得ない程の神格。狙いをつけるのは、容易だろう……」


「……なるほど。いいじゃねぇか」


「急ぐんだファルギス……天馬を使って、空の上から神器を発動させるんだ。彼女の周囲を、吹き飛ばすように」


「お、おう……でもよ、お前、巻き込まれるぞ」


「構わない。どうせ長くはないんだ。メナス様も死んだ。もう、私に生きる理由など、ない」


「……そうか。じゃあ、遠慮なくぶっ放してやるぜ。じゃあなアルトス。口うるさくて気に入らねぇやつだったがよ。メナス様の無理難題に振り回されてる時のお前は、嫌いじゃなかったぜ」


「はっ……惚れた弱みというやつだ……」


「へへ……」


 同じ敵と戦った、同志に別れをつげ、ファルギスは立ち上がる。


 小者で、臆病で、残忍で、姑息で、そんなファルギスではあったが、それでも彼は、確かに神であり、戦場の雄であった。


 斧を肩に担ぎ、両足と左半身のほとんどを失ったアルトスに、一つの同情もなく背を向けるファルギス。七神の仲間に対する礼儀か、彼はもう振り返らない。


「来いグラムス! 一仕事するぜ!」


 自らの天馬の名を呼ぶファルギス。戦場を、彼と共に駆け抜けた天馬の名はグラムス。英雄ファルギスの大きな身体を受け止める、巨大な体躯が特徴だ。


 彼の相棒、天馬グラムス。ファルギスが全幅の信頼を寄せるそんな彼の天馬が――――


「ん……? グラムス! おい早く来いどこだグラムス! おい! どこだ!」


「グオオ……」


「おおいたか! 何やってんだお前らしくない。呼べばすぐ来るの――が――!?」


 巨大な体躯の、天馬グラムスが――――


「ガアアアアア!」


 ――――ファルギスの背後で、さらに巨大な片翼を失った天馬によって、喉笛を食いちぎられていた。


「グオオオオオ」


 ドスンと、地面を揺らす天馬グラムスの巨体。


 見下ろす片翼の、左の翼があった場所から血を流す巨大な天馬。


 そして、天馬に跨る、巨大な、胸から血を流す、男。


 天馬アガトと、アルクァード。


「お、ま、え……こ、殺したぞ。心臓を、殺した……」


 震える。


 理解できない震えがファルギスの身体を走る。


 何処から持ってきたのか、どこから取り出したのか。彼の右手に、銀色の筒。


 火薬で鉛を撃ち出す、銀色の、火砲。


 血に染まった手で、それを握り、ゆっくりと前に突き出す馬上の男。


「ば、かな、殺した。殺したぞ俺……ころ―――」


 火薬の爆ぜる、大きな音が鳴り響いた。


「うおおおおおお!?」


 顔を抑えて地面を転がるファルギス。


 馬上の男が握る筒の先から黒い煙が出ている。


 筒から飛び出した鉛の弾。それはどこにあるのか。


 それは


「ぐうぅ……よくわからねぇが……そんなちっちゃい火砲で、俺はやれねぇぜ……」


 ファルギスの左目に、食い込んでいた。


 筒を投げ捨てるアルクァード。馬上の上で、血の涙を流しながら彼は槍を取り出した。


 町の騎士たちが持つような、生産性の高い、シンプルな槍だ。


 ファルギスは斧を構える。


「くそっ……胸の出血、確かに、心臓の位置。あの出血量、間違いなく致命傷だろ……天馬アガト、アルカディナの馬……こいつが……アルカディナの相手か……?」


 アルクァードは、右腕一本で大きく槍を振りかぶった。


「ちっ得物の長さがあるってか?」


 ファルギスは舌打ちをしながら、斧をその場で横に払った。


 風が走る。無数の刃となって、馬上にいるアルクァードの下に飛んでいく。


 その刃を防ぐものは何もない。布の服ごと、アルクァードの身体が顔が、切り刻まれた。


 動かない。


 天馬アガトも、アルクァードも、ピクリとも反応しない。怯む様子はない。


 槍を握る腕に力が籠る。


「……なんだ、こいつ。死んでる? もう、死んでるのか? 死んだまま、動いている、のか? なんだこれ、なんだ、これ」


 ファルギスの背に、何か冷たいものが、通っていった。


 何故か、足が震えた。


 アルクァードの黒い目が、ファルギスの赤い目を睨みつける。


「――違う。生きている。やっぱり、生きているんだこいつ。言っている。眼で、俺に言っている」


 その眼は、自分を殺すと、言っている。


「心臓を、貫かれて、死んでるようで、生きていて、瀕死なのに、強い意志で、殺意を俺に、ぶつけてくる」


 足が、震える。


「――――こいつは生かしてはいけないモノだ」


 ファルギスの斧を握る手に、力が籠る。


 駆ける。ファルギスは天馬と、天馬の上にいる男に向かって、数歩だけ、駆ける。


 背後で起きている、赤い死よりも、目の前にいるこの男の方が、何故か、何故か恐ろしくて。


 人が、恐ろしくて。


「おおおおおおおお!」


 雄叫びをあげて、斧を振り下ろすファルギス。


 斧の速度は、凄まじい速度だ。人の目に、映るわけがないだろう。


 人の速さが、超えることなどありえないだろう。



 ――ファルギスの、頭が真っ二つに割れた。



 斧を握る力が急激に失われた結果、斧は宙を舞った。


 勢いのままに、斧は赤い霧に触れ、そして消えた。


 ぐしゃりと、ファルギスの身体が地面に落ちた。


 その身体を、アルクァードは赤く染まった槍で、馬上から執拗に、執拗に、表情を変えず、刺してる先を見ず、明後日の方向を、赤い女神の方向を見ながら、刺した。


 何度も何度も刺した。槍の穂先が折れるまで、何度も何度も刺した。


 ファルギスの身体が、肉片になった。


 ファルギスの斧の振りは、速かった。凄まじく、速かった。


 しかし、アルクァードの槍の振り下ろしは、それ以上に速かった。もはや人が扱う速さでは、なかった。


 血に染まる、アルクァードの身体。血に染まる天馬アガトの翼の跡。


 双方、すでに呼吸はしていない。すでに心臓は動いていない。


 それでも、立っている。それでも、前を見ている。


 アルクァードの手が、前に伸びた。


 遠くで、深紅に染まったアルカディナも、それに呼応するように手を伸ばした。


 アガトが歩を、進める。アルカディナがよろよろと、歩き出す。


 赤い霧が、アルカディナを中心に前に進む。


 遠くに倒れる。少女の死体。


 自我が壊れた女神。


 心臓が止まった騎士。


 この選択は


      きっと


          間違いだった。


 光の柱が、アルカディナの頭上に落ちた。轟音と爆風。アガトが耐えきれず吹き飛ばされ、その上にいたアルクァードも同様に吹き飛ばされた。


 生きる意味は、なんだろうか。


 生きる価値は、あるのだろうか。


 この穢れきった神の世界で、生を謳歌することは、そんなにも罪なのだろうか。


 落ちた光の柱は、全ての疑問を吹き飛ばした――――

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