表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
62/104

第18話 断罪の女神

 銀色の髪と赤い瞳


 互いに同じモノを持っていたから、二人は互いを何よりも誰よりも信頼していた。


 彼女たちは親しき友であった。


 剣が薙ぎ払われる。


 彼女達の片方が、大槍ごと吹き飛ぶ。


「くっ」


 吹っ飛んだ銀髪の女神は、大槍を地面に突き立て地を削り衝撃を地面に逃がした。しばらくそのまま地面を滑り、少し離れた場所で彼女は止まった。


 互いに顔をあげる。赤い瞳を交わす。


「アルカディナ」


「メナス」


 互いの名を呼ぶ。その口調は静かで。しかしながらどこか、激しくて。


 白き鎧のメナスの瞳が、地面に飛び散る赤い水たまりの方を向いた。


「……ラナジード、さすがのお前も、アルカディナの槍を喰らえばそうなるか」


 残念そうに、メナスは顔を曇らせてそうつぶやいた。そして彼女は、怒りの籠った非難の眼を横にいた大きな身体の男に向ける。 


 睨むメナス。息を飲む男。


「ファルギス。私は何といった? 何故お前たちは私の言葉を軽んじる? そんなに、私を怒らせたいのか?」


「あ、い、いや! 違うんすメナス様! 俺たちは戦う気など! 戦う気など無かったんです!」


「ほぅ?」


「アルカディナが急に攻撃を! 誓って俺たちは戦うつもりなど! 我々は軍神の子! 我々の力は」


「ファルギス」


「我らが願いのため以外に」


「ファルギス!」


「うっ……!」


 メナスの声は、美しき彼女には似つかわしくない程の大きな声だった。


 周辺の空気を震わせ、ファルギスの鼓膜を震わせ、彼の言葉を止める。


「人の……集落を、消したな?」


「そ、それは……いや……」


「何故あんなことをした。私は言ったぞ。人にはかかわるなと」


「それは……あの……い、いやラナジードのやつが、聞いた方が早いと……」


「それで、お前はやつに乗ったのか?」


「さすがに俺は、こんな図体ですから、警戒されるだろうし、口はうまくありませんから、その、ラナジードに全てまかせて……」


「アルトス」


「はい」


 メナスの呼びかけに答えた男は、黒い髪に赤い瞳の細身の男。従者のようにメナスの影を踏まず、執事のように静かに丁寧に彼女の背につく男。


 細い目の中心に、赤い瞳が輝く。


「本当のことですね。ラナジードが言い出した様です。ただ、人の町を完全に壊したのはファルギスの提案です」


「アルトス! 貴様俺の心を! この野郎!」


「……やはりか」


「メナス様! ち、違……く、くそっ……」


「七神も随分と、汚れたものだな……」


 もう何も言えないのか、黙り込むファルギス。そして静かに、赤い血だまりを見るメナス。


 仲間だった血だまり。肩を並べて戦場を駆けた部下の血だまり。


 メナスは少しだけ、悲しそうな顔を見せる。それは、仲間として生きた者に対しての、情というものか。


「それに、そんな顔を向ける価値なんかない」


 鎮魂の想いを、真っ直ぐに斬り裂くは一人の女の声。メナスと同じ、銀髪の女の声。


 メナスは顔をあげ、大槍を片手に立っているその女の顔を見て、彼女の名を口にした。


「アルカディナ」


 軍神の子。それは本当の意味での『子』ではない。


 『軍神の子』は称号である。それは神の国、軍神の国において最も強き神に与えられる称号である。


 即ち、軍神の子同士は兄弟姉妹であるというわけではないのだ。


 『軍神の子』メナス。『軍神の子』アルカディナ。


 彼女たちに、血のつながりはない。


 しかし、彼女たちは互いに同じ髪の色。同じ瞳の色。顔立ちもどこか、似通っている。


「四年。四年だぞアルカディナ。少し長居し過ぎじゃないのか? なぁアルカディナ。そんなに人の国は、居心地がよかったのか?」


「居心地……居心地で言うなら、向こうの方がいいわ。食事もおいしいし、家も大きいし」


 二人は、歳の差は5つ。人であればそれほどでもないが、数千年数万の年を生きる神種にとって、5つしか年が離れていないと言うのは奇跡的なことである。


 神種にとって同年代など、めったにあることではなく。


「魔神の軍勢が最近活発なんだ。お前の力が欲しいんだ。そろそろ、帰らないか?」


 だから、メナスにとって、アルカディナは本当の妹のような存在だった。


 七神の長としての厳しい顔ではなく、家族に向ける優しい顔を、メナスはアルカディナに向けて。


 ――そんな顔に、もう意味などない。


 アルカディナは槍を両手で握り、一歩前に出た。


「アルカディナ……駄目だ。待て。落ち着くんだ。ラナジードは死んだ。何があったかはわからないが、それで終わりにしてくれないか?」


「終わり?」


「何があったかはわからないが、何かあって、ラナジードとファルギスがお前を怒らせたんだろう? ラナジードは死んだ。ファルギスは、私が責任をもって処罰しよう。それで、終わりにしてくれ」


「お、わ、り?」


「ああ、終わりだ。終わりにしよう。私たちが、争うことなどあってはいけない。なぁアルカディナ……わかってくれるな?」


「メナス」


「ああ」


「ふざけるな」


「アルカディナ?」


 二人の歩みは、いつから別の方向を見るようになったのか。


 二人はどこで道を違えたのか。


 アルカディナが、ゆっくりと、ゆっくりとメナスに近づいた。


「自分勝手に、やってきて、自分勝手に、喋って、自分勝手に、踏みにじって」


 引きずられたアルカディナの大槍がガリガリと地面を削る。


「メナスは、誰かが欲しいって思ったことある?」


 メナスの眼前に、アルカディナの顔が迫る。


 メナスの顔が強張る。


「どういう、ことだアルカディナ」


「私たちは、定められた命を持たない者達。殺されない限りは死ぬことはない存在」


 メナスの白い額に、アルカディナの白い額が触れる。


「彼は違った。彼は、死が定められた、存在だった」


「アルカ……ディナ」


「殺されそうなとき、彼は、前に出た。殺されるかもしれないのに彼は、前に出た。雄叫びをあげて、槍を掲げて、前に出た。殺されるのに、敵に向かって彼は前に出た」


「……まさか、お前」


「最初はただのやけくそだと思った。実際、彼自身もそうだっと思う。けど、けど私は何故か、胸が熱くなった。焼けそうなぐらいに、熱く」


 アルカディナの眼が、見開かれる。大きな赤い瞳が、メナスの眼前に広がっていく。


「子供が生まれるのを見た。人の子供。赤ん坊は母親の胎内から、生きようと前に向かっていた。私の手の中に、出てこようと、必死に、必死に前に出ていた。私は、その時思った」


 ――『生きる』と


「『生きる』と、『生きている』は全くの別物なのだと」


「アルカディナ……待て……」


「私たちは、生きている存在。生きているだけの存在。私たちは、自分で生きるということを選べない存在」


「人を、人に……その気持ちは……」


「彼らは、生きることを選べる存在。彼らは、生きるために前に出る存在。彼らは、縛ることができない存在。私はそんな彼らを、彼を」


 メナスは気づく。アルカディナの心を。アルカディナの想いを。


 その瞬間に、メナスは絶望する。


「羨ましいと思った。だから、彼が欲しいと思った。私は、彼から全てを奪った」


 メナスは思う。目の前にいるアルカディナは、もう嘗ての彼女ではないのだと。


 禁忌。神が絶対に抱いてはいけない感情。


 人に関わってはいけない。神の決まりごと。古からの決まりごと。それを、蔑ろにすることは、罪。


 大罪。


「人を、愛したのかアルカディナ」


 メナスは気づいた。


 目の前にいるアルカディナは、最大の禁忌を破った咎人になってしまったのだ。


「ラナジードとファルギスは彼を殺した。許さない。許すことなどできない」


 静かに、怒りを告げるアルカディナ。彼女の眼に、うっすらを涙が浮かんでいる。


 過去の、悦びながら敵を切り刻み血を啜っていたアルカディナの姿など、もうどこにもなく。


「メナス。邪魔をすれば、あなたでも殺す」


 そこにいるのは、誰かのために、ただ怒りに震える女であって。


「待て、待つんだアルカディナ」


 もはや言葉ごときでは、止められない。だがそれでも、説得せざるを得ない。


 メナスにとってアルカディナは姉妹のように生きてきた、大切な家族のようなものなのだから。


「……聞かなかったことにしてやる。帰ろう。全て忘れて帰ろう。人と神は愛し合うことなどできないんだ。お前がいくら好いても、相手はお前よりも必ず先に死ぬ。お前を置いていく。殺されたのは……それが、それが早まっただけ。なかったことにするんだ。アルカディナ。アルカディナ!」


「できない」


「アルカ……ディナっ……!」


「できるわけが……ない! できるかそんなこと! メナス! どきなさい!」


「くそっ……くそっ……くそっ!」


 ――その剣は、七色の光の刃を持って。


 『神の剣』メナスは、剣を抜いた。その剣は、太陽の光を受けて七色に輝いていた。


 一歩大きく下がるメナス。剣を片手に、真っ白な鎧に真っ赤なマントを生やす。


「来いセレイア!」


 メナスの背に、白い天馬が現れる。メナスはそれに飛び乗って、手綱を左手に握りしめた。


「アガトぉぉぉぉ!」


 地鳴りをあげ、巨大な天馬が降りたつ、舞い上がる土埃。その巨大な背にアルカディナを乗せる。


「アルカディナ! 七神の長の名の下にお前を裁く!」


「メナス! あなたを倒して私は彼の仇を取る!」


 その夢幻は、いつか『終わり』を迎える。


 『生』を知った女神アルカディナ。『世界』に捕らわれるメナス。


 世界で最も力のある二つの神。


 彼女たちは天馬に乗って、空に舞う。白き翼が、青い空に吸い込まれていく。


 空の上で、何度も語り合った彼女達。他愛のない話から、未来への希望まで、ありとあらゆる言葉を交わした彼女達。


「メナスぅぅぅぅ!」


「アルカディナぁぁぁ!」


 空の上で、金属のぶつかる甲高い音が鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ