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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第16話 発見

 口角をあげ、くすりと笑う美しい顔をした赤目の彼。


 石畳の地面の上に倒れる少女を踏みながら彼は笑う。何が楽しいのか。彼は笑う。


「大きな身体だ。力は十分。かなり鍛えこまれているね君……なかなか強そうだ。だが腕力というモノはね。限界があるんだ。ふふ」


 音がなるほど奥歯を噛みしめ、怒りの形相で一歩ずつ迫ってくる大柄の男に、彼は笑いながら言葉をぶつける。


「ふふふ、見せてやろう。腕力ではどうしても追いつけない、種族の差というモノを。私のこの細い腕で日が頭の上に来る前に、君を解体してやるよ」


 美しき顔をした、神の種族の彼。


 彼には自信があった。自分の力に、実力に、今まで生きてきた全てに、自信があった。


 自信は、心の強さに繋がる。強さそのものに繋がる。


「さぁ、ここが君の命が、終わる場所だよ」 


 目の前にいる大きな男を迎え入れるかのように両手を広げる美しい顔の彼。その姿は、まさに絶世の美しさ。


 自信にあふれた笑顔。楽しそうな笑顔。美しく、恐ろしい笑顔。


 その笑顔が――――その笑顔を――――その笑顔に――――


「うるせぇクソ野郎! どいてろ!」


 巨大な拳が、叩き込まれた。


「ぐぼっ!?」


 吹き飛ぶ美しかった彼の顔。吹き飛ぶ彼の身体。煉瓦でできた家の壁に彼の身体は吹っ飛んだ。


 レンガを破り、家の中に入る彼。吹き飛ぶ彼が見た最後の口径は拳を握りしめる大きな男の眼。


 大きな男――茶色がかった黒髪の男――神の伴侶アルクァード。


「おいっ! 大丈夫か!?」


 大きなその手は、地面に倒れる少女に触れる。首が鋭角に折れ曲がり、真っ赤な泡を口から垂らしている少女は、見ただけで生きていないことをアルクァードに伝えていたが、それでも彼は少女に触れた。


 まだ暖かいその身体は、ほんの少し前まで『生きていた』ことをアルクァードに伝えた。


 彼は眉間に皺をよせ、眼を瞑り少女から手を離しゆっくりと立ち上がった。


「くそっ……まだ10少しだぞ……家族もいるだろうに……くそがっ」


 少女にも、夢があって、希望があっただろう。それが奪われたことが何とも悲しくて。


 彼は少女の瞼を抑える。見開いていた少女の瞼が閉じられる。


 拳を握りしめ、アルクァードは少女を殺した男が飛んでいった方向を見る。


 そこには、石を押しのけ、よろよろと立ち上がる男がいた。


「うっ……ぐっ……驚いた。本当に、驚い、た……っ……」


 男の姿は、先ほどの美しき微笑みを浮かべる美男子とはまた別人のようだった。


 頬を腫らし、口から赤い血を流す。片目は真っ赤に腫れ、足はおぼつかず、視線は定まらず。


 自分がぶち破った石の壁から這い出るようにして出てきた彼は、荒い呼吸を何とか押し殺しながら、よろよろとアルクァードに向かって歩き出した。


「油断していたとはいえ、腕の振りが全く見えなかった……やるじゃないか、君……これが人か。天使などよりずっと、力がある……はぁはぁ……ははは、はははは」


「なんだこいつ……」


「戦いはいいなぁ。命のやり取りは、常に私に教えてくれる。生とは、素晴らしいと。ふふ」


 そして足を震わせながら、彼は微笑む。首を傾げ、子供が見せる無邪気な笑顔を彼はアルクァードにむけた。


 アルクァードは単純に、その男の行為に気持ち悪さを感じた。


 拳を強く握るアルクァード。


「ちっ……食いもん買いに来ただけなのにな……ふざけんなよ変態が。殴り倒して騎士団に突き出してやるからな……」


「ふふふ……」


 町の中で、対峙する二人の男。敵が誰か、何なのか、互いに知らず、知ろうともせず。


 二人は同時に、足に力を籠めた。


「ふふ、はははははは!」


 笑ったのは、アルクァードに殴られた男の方。顔を腫らしながら、笑いながら、彼は


「さぁ生を私に教えてくれ」


「な」


 アルクァードの目の前に、移動した。


 見えなかった。風すら感じなかった。先ほどまでは確かに離れたところにいた。


 しかし彼は忽然とアルクァードの目の前に現れた。


 アルクァードの腹部に衝撃が走る。アルクァードの身体がくの字に曲がる。少しだけ、彼の大きな身体が宙に浮く。


「なに!?」


 アルクァードの身体は大きい。体重も重い。成人男性の倍はある。


 その身体が、細い腕の突き上げで軽々と宙に浮いた。


 アルクァードの腹から拳を抜き、身体を反転させる男。次の瞬間、アルクァードの脇腹に男の踵が食い込んでいた。


 吹き飛ぶアルクァード。地面と平行に飛んだあと、彼は重力に押し込まれるように地面に滑り込み、そのまま石の壁に激突した。


 身体の中からバリバリと音が鳴る。どこかの骨が、砕けた音だ。


「くそ、い、息がっ」


「硬いな君」


 アルクァードは腹を抑え、地面に蹲る。


 息ができない呼吸が乱れる。脇腹に打ち込まれた衝撃は明らかに人の足のそれとは異なっていて。


 骨が軋む。


「ふふ、さて、たった一撃で終わりかな? このままだと君もあの子供のように、縊り殺されてしまうぞ? はは、ははははは」


「くそが……クソ野郎が……! うおおおおおおおっ!」


「ほぅいいじゃないか」


 骨を軋ませ、肉を断ち切り、獣の如き形相で立ち上がるアルクァードの姿に、頬を腫らした男は笑みを向けた。


 何がそんなに楽しいのだろうか。


 何がそんなに嬉しいのだろうか。


「はぁー……ぐっ……」


 腹部の痛みを、強引に押し殺し、アルクァードは息を整える。


「クソ、が……」


 目の前が揺れる。アルクァードの意識が、一瞬だけどこかへ消え去ろうとしていた。


 強い。単純に、目の前にいる笑っている男は強い。


 男の姿には、自信が満ち満ちている。


「お前……人じゃねぇな……? その力、その瞳、まさか……神か?」


「ははは――――は?」


 アルクァードがそう言うと、唐突に楽しそうに笑っていた男の顔から笑みが消えた。


 赤い瞳が、細く伸びる。


「四年目……降臨祭か……? いや、まだ早いはずだ。まだ早い。神が、何故ここにいる?」


「瞳……瞳で判断できる……? 君、神種に会ったことがあるのかい?」


「質問を質問で返すなよクソ野郎。何のために、お前はここに来た?」


「何のため……? そう聞くと言うことは、何かのために神はここに来るかもしれないと、心当たりがあると言うことか?」


「質問を、質問で、返すなよ」


 笑っていた男は、神妙な面持ちで何かを考え込むように手を顎に当てた。その姿勢のまま、彼はアルクァードを観察する。


 蹴られた脇腹。あばら骨に損傷があるのだろう。呼吸が荒く、身体の姿勢がおかしい。


 荷物袋。自分を殴り倒す際に捨てた荷物袋。少しだけ開かれた袋の口から赤い結晶が見える。


 太陽の光に関わらず光る結晶。金属。


「オリハルコン? 赤いオリハルコン? 赤い……血……血錆のオリハルコン……?」


「おいお前……」


「あの損傷でもうごけ、喋れる。オリハルコン結晶。町。食べ物を買いに来た。金はもっているか? 物を売って金にするか? 売るのは何だ? 袋の中身だ」


「聞いてんのかお前!」


「――まさか」


 笑みが消えた笑顔の彼。思考を人が及ばぬ速度で回転させ、結論を思考の先から取り出す。


「君、アルカディナの使徒か?」


「何だと?」


 眼を見開き、身体が一瞬強張ったアルクァード。その姿が、笑っていた彼に、神種ラナジードに核心を与える。


 探しているものが、見つかった。


「……神器解放第8階位、『全知の実』」


 ラナジードはそう呟いた。そして周囲は、光の波に押しつぶされていった。

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