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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第15話 邂逅

 それは、規律である。


 それは、決まりごとである。


 人の世界に、必要以上に介入してはいけない。


 人は、外へ向かおうとする種族である。


 冒険と探索、追及と探求。人は前へと歩き続ける生物である。


 古の管理者たちは結果として、人と言う種を守るために人の世界に彼らを押し込むことを選んだ。


 故に、人の種に必要以上に関与することは許されないのである。


「なぁアルトス。何故、そこまでして人を守らねばならないのかと疑問に思ったことはないか?」


「はい? 何か言いましたかメナス様」


「いや、何でもないさ。何でもな。地図を見せろアルトス」


「はい」


 規律は、軍に置いては絶対だ。


 軍神の世界においては、規律は絶対だ。


「人の国は法力が通りにくいとはいえ、何だこの探知範囲。全くネレウスを連れてくるべきだったか……町、か……まぁ隠れるならここだろうな……厄介だな……」


「厄介、とは?」


「神は人に関与してはいけない。降臨祭以外で姿を見られることも、会話することも基本的には駄目だ。あいつが町にいるのだとしたら、正面から連れ出すのは難しい。夜を待つべきだな」


「町ごと消してしまえば? 関わってはいけないのならば気づかれる前に殺せばそれでよいのでは?」


「馬鹿を言うなアルトス。彼らの保護が目的なのに殺してどうする。父の怒りを買うぞ。それになお前は人を見たことはないだろうが、彼らも弱いなりに必死に生きているんだ。いくら神とは言え、簡単に命を奪っていいものではない」


「ラナジードにそう言ってあるのですか? ファルギスにも?」


「当然だ。あいつらはいつも先走る。今回は私の後ろ……待て、あいつらはどうした?」


「それが……」


「まさか」


 古の昔、誰かが言った。


 『命に上下などない』と。


 強い者。弱い者。産まれた瞬間に力の上下はあれど、命そのものに上下はない。


 殺されれば、誰でも、どんなものでも死ぬ。命は一つしかない。


 ここで終わる幸せな夢。ここから始まる悲惨な現実。


 夢の最期を。今の誕生を。



 ――さぁ、時を進めよう。



「やあお嬢さん、いい天気ですね今日は」


「え」


 町を行く一人の少女に声をかけた彼は、とても美しかった。


 赤い瞳。長く艶やかな黄金色の髪。綺麗な綺麗なその顔は、女性と見間違うほど。


 漂う空気すらも美しく。彼は、笑顔で少女の方へと歩いた。


 その男のあまりの美しさに、持っていた籠を落とす少女。籠の中に入っていたコインが地面に散らばる。


「そのパンくずがたまった籠。朝食を買いに行くところですかな? 朝早くに大変ですねお嬢さん」


 石畳の上で、コインが転がる。右に左に。


 一個のコインが、彼の足に当たった。


 上半身を下ろし、コインを拾う赤い瞳の彼。金色のコインを指で弄び、彼は少女に問いかける。


「銀髪で、赤い瞳をした女性を探しています。知りませんか?」


 その声には、異性を惑わす全てが込められていて。


 少女は顔を赤らめながら、彼の問いに答えた。


「シスターが確か銀髪……あ、でも眼が黒かったから違うかな……」


「ほぅ……他には?」


「他? えっと……そう、そうですね……えーっと……」


「……思いつかない?」


「は、はい」


「本当に?」


「はい……」


「そう」


 そう言うと彼は少女に向かって微笑んだ。あまりにも美しかったので、少女は口を固く結び、息を飲んだ。


 少女の胸が大きく鳴る。彼はゆっくりと、少女に近づいてきた。


 彼の手は、白く、艶やかで、美しく、ただ美しく。


 彼の手が、少女の首に伸びる。少女の短い髪をさわりと撫でる彼の指。


「もう君に用はない。さようならお嬢さん」


「えっ……っあ!?」


 一瞬だった。彼の美しい手に、暴力的な力が込められたのは一瞬のことだった。


「あ、がっ……かっふっ」


 男の右手が少女の首に食い込む。少女の気道を押しつぶす。


 少女の首を、彼は片手で締めあげた。


「がっがっ」


 息ができない。血が頭から抜けない。


 男の手に、さらに力が込められる。


「あっ」


 少女の全身が強張る。


「我々は人に関与してはいけない、か。ついてないな君は。本当についてない。ふふ……ふふふ」


 微笑む。美しい顔を美しいままにして、彼は微笑む。口から泡を漏らす少女の顔を見ながら、彼は微笑む。


「っと……いけないいけない。凌辱は、勝利者の特権。私は別に勝利しては無かったね。感覚がどうにもな……いたぶるのはここまでにしておこう。さぁ、解放してあげるよお嬢さん」


 彼はそういうと、腕に力を籠め――――――


「おいお前。何してる」


 ――――ることを、通りがかった一人の男の声に止められた。


 彼は、微笑みを殺し、声がした方向に顔を向けた。


 彼の赤い瞳が、一人の男を捉えた。その男は、片手に荷物を持ち、身体は大柄で、足は丸太のように太く、腕は鍛え上げられていて――――


「……ほう、なかなかよい身体だ」


「おい、その子を離せ」


「その子……? ああ、これか。ああ、直ぐ離すよ。すぐに……ね……!」


 彼の声に、張りがあった。それは力を籠めようとした時に出る、強い吐息に乗せられた声だった。


「――――っ」


 少女の喉が、潰れていく。ぎちぎちと、ぎちぎちと、ぎちぎちと。


「やめろ。おい」


 大柄の男の言葉はもう届かない。彼はサディステックに笑いながら、少女の首を潰していく。


「やめろ馬鹿野郎!」


 大柄の男が走った。距離はさほど離れていない。走ればすぐに、男と彼の距離は縮まる。


 男の大きな足が石畳の地面をけり上げる。


 一歩、二歩、三歩。


 そして、四歩――――


「ざんねん」


 ぐしゃりと、鈍い音が鳴った。


 少女の両腕から、力が抜けた。


「間に合いませんでした。ふふふ、はははは!」


 彼が少女の首から手を離すと、まるで糸の切れた人形のように少女は地面に沈み込んだ。


 眼は真っ赤。口からは赤い泡を出し、眼は飛びださんが如く見開かれていて。


「なんてことを……」


「はははははは!」


 何が楽しいのか、美しい顔を笑顔に変えて、彼は高らかに笑う。


 高らかに、高らかに、高らかに。


 歯を、食いしばる大柄の男。


「てめぇなんてことしやがる! まだ子供だぞその子は! 何故殺した!」


 怒号をぶつける大きな男。美しい彼は、大きな声が耳に痛かったのだろうか、片耳を抑えながらにやけた顔を男に向ける。


「てめぇ聞いてんのか!?」


「やれやれ、野蛮だな。姿形が似ているとはいえ、所詮人に精神などないのだなぁ」


「この野郎……」


「ふぅ……君、銀髪で赤い瞳の女性を知らないかい?」


「うるせぇ変態野郎が」


「やぁれやれ……どうやら死にたいらしいな」


 日が、地平の淵より登っていく。石畳の道を、朝日が照らしていく。


 美しき顔をした、赤い瞳の彼。大きな拳を握りしめる大柄の男。


 床に横たわる少女の瞳は、二人の男の姿を映し出していた。

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