第12話 破滅への選択
真っ赤な絨毯が一面に広がる。
上を見れば、何本もの蝋燭が立てられた煌びやかなシャンデリアがキラキラと輝いている。
外は夜だ。夜なのに、この一角は何とも何とも、明るくて。
ここは王城にある巨大なホール。隅の机には緑や赤のボトルが並べられ、庶民は匂いをかぐこともできないような高価な高価な酒と料理が並んでいる。
今日は貴族たちが一堂に会する舞踏会。酒と会話と料理と緩やかな音楽と。そこに集う人々は誰も彼もが綺麗に身を着飾っていて。
今日は降臨祭最後の夜。神様の前で、これだけ私たちは栄えているんだと示す時。
今日は女神様が我々の前にいる最後の夜。皆が精一杯に着飾って、精一杯にダンスをして、精一杯に微笑んで。
王城の中で、女神との別れを惜しむパーティーがひらかれていた。
「私と踊ってくださいませんかレディ?」
紳士的な微笑みと共に、白い服に身を包んだ貴族の男が青い髪の女性に声を掛けた。真っ白なドレスに身を包んだ青い髪の女性はその男に微笑みかけてこう言った。
「申し訳ございません。私は貴族の身分ではありませんのでダンスは苦手なのです。どうか、他の方を」
そして彼女は貴族の男に一礼して、彼から離れた。男は彼女の手を取ろうと伸ばしていた自分の手を空を揉むようにして誤魔化しながら、ゆっくりと下に降ろす。
苦々しい顔をして、貴族の男は傍にいる細い男の顔を見た。
「恥をかかされたな。私の誘いを断るとはな。貴族ではないのに何故ここにいるんだ下民めが……」
「シルガド卿。あの方はオーリアの聖女様です。悪く言うのはどうかと」
「何? あんなに若いのにか?」
「はい。聖女ユーフォリア。僅か13で聖人に認定された方です。今は17……18でしたか確か。私の孫よりも若いですな。ははは」
「ユーフォリア……なんと美しいんだ」
ユーフォリアは人を探していた。たくさんの貴族と騎士、右に左に人人人、その中で、彼女はなるべく上を見て探していた。
壮年の男女がほとんどな聖人たちの中で、彼女は一際若く、整った顔をしている。そのためダンスの相手を頼まれるのは一度や二度ではなかった。
彼女はその度に断り続ける。踊りなど知らないし、そもそも踊りたい相手は、貴族の男たちではないから。
彼女は上を向いて、大きな男を探していた。
「どうかね今夜。王城の一室を私は借りているんだが、素晴らしい景色でね。王都が一望できるんだ」
「困ります……」
王城にいる侍女を口説く、貴族の紳士。
「見たまえ。あそこにいるのはテンプルにその人ありと言われたギラーク様だ。あの方の剣は実は私の領地にいる鍛冶師が創った物で――」
「まぁ素敵。騎士様にお知り合いがいるんですね」
自慢話をする男と、その中身を理解せずに称賛する女。
「お、王妃様。よろしいのですか私などで?」
「黙りなさい。私と踊るのです」
「は、はい……」
若い騎士を強引に連れ出し踊る王妃。
きっと、この空間は外の人たちにとって、煌びやかで、美しい場所なのだろう。
だがユーフォリアにとってこの空間は、なんとも歪で、居心地が悪くて。
だから彼女は、それが共有できる唯一の人を探していた。
そして、ユーフォリアは見た。
舞踏会場を外れて、アルカディナが舞い降りたバルコニーに立つ、二つの人影を――――
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その選択は
紛れもなく
愚かだった
何故、そうなってしまったのだろうか。
何故、それを止められなかったのだろうか。
間違いだと、誰も言えなかったにしても、誰か言うべきだったのではないか。
悲劇しか生まないその決断。悲劇が見えているその光景。
二人は、一人と一神は、アルクァードとアルカディナは、暗闇の中バルコニーで、抱き合っていた。
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踊る。
アルクァードとアルカディナは、広い広い舞踏会場の真ん中で、踊る。
明るいシャンデリアが頭の上にある。アルクァードとアルカディナの身長差は相当なもので、決して美しい踊りであるとは誰も思わなかったが、彼らはそんな眼は気にせず踊る。
手をつなぎ、音楽にあわせ、くるくると、くるくると、くるくると。
「ねぇ、アルクは何が欲しい?」
その想いを、互いに抱いたのはいつからか。自由を見せてくれた奔放なアルカディナに、アルクァードが親しみ以上を感じたのはいつからか。
「もし、この世界で願いが一つだけ叶うとしたら、あなたは何を望むの?」
生きることを真っ直ぐに求めるアルクァードの姿に、生きていることを忘れたアルカディナが惹かれたのはいつからか。
きっと、そんなことは、本人にもわからないだろう。
相手は自分にないモノを持っていて、それを自分に与えてくれる。
ただそれだけで、人は他者に惹かれるものなのだから。
「俺達に……親を家族を見殺しにしてのうのうと生きている俺に望みなど……あるわけがない……」
音楽に紛れて、パチリと小さく音が鳴った。誰かの指が鳴ったのだ。
唐突に、全てのシャンデリアの光が落ちた。
音楽が止まった。
「望みを……与えてくれますか?」
暗闇と静寂の中で、大きなアルクァードの背が丸まった。
彼の腕の中で、赤い瞳が輝いて――――
暗闇の中、彼らは深く、深く口づけをした。熱い互いの体温が交錯する。
彼らは、果たして本当に愛し合っていたのだろうか。
本当に、思い合っていたのだろうか。
ただ、楽しい旅を終えたくないという想いが、彼らに錯覚させたのではないだろうか。
始まりは、誰にも分らず、それでも、彼らはそれを選択して。
自由を。
生を。
命を。
生きる意味を。
破滅への選択に、後悔することなかれ――――




