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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第11話 人の国

 ――きっとそれは夢だったのだろう。



 彼女は、よく笑っていた。


 俺たちは、それに気付かないふりをしていた。


 旅路の途中。小川で汚れた身体を洗いながら、疑問に思ったことを俺は彼女に聞いた。


「どうして、外を見たいなんて言ったんですか?」


「興味があったから」


 白い肌を水にぬらしながら、彼女はそう言った。


 俺はわからなかった。人の世界に、人に、何故興味など持つのだろうか。


 人は弱い。人は愚かだ。人は汚い。


 彼女は言った。


「初めて見たなぁ……あんなに生きたいと願っているモノ……」


 その白くて美しい手を丸く丸めて、まるで赤子を抱くかのような仕草をする彼女。その顔は美しく、ただ笑っていて。


 笑っていて。


 生きたい。


 生きててよかった。


 生きている意味。生きている実感。生きるということ。


「人には寿命がある」


 人はいつか必ず死ぬ。何もしなくても死ぬ。


「それは私たちにはないモノ。いわば生の限界。そんなものを持って、人は生きている」


 腰布一枚で彼女は川の水を被る。冷たい水だ。暖かくなったとはいえ、まだまだ水には冷たさが残っている。それでも、彼女は一つも震えることはなく。


「死ぬことがわかってるのにどうして生きているのって思っちゃったのよね私。ふふふ」


 その綺麗な姿は、その綺麗な笑顔は、何故か俺の胸を叩いていて。


「アルクが魔獣と戦う姿、ユーフォリアが人を治す姿、子供が生まれる姿。どれもこれも、私に生を感じさせてくれた。変な感じだけど、私も生きているんだってことを、私に感じさせてくれた」


 死に一番近い人が、神に生を感じさせることができる。


「私たちは、戦うために産まれて、戦い続けてきた。遥か遠く、果てしなく遠く、神々が悲願のために私たちは戦い続ける」 


 空を見上げる赤い瞳。銀髪から水の雫が水面に落ちて。


「それに不満はないけれど、でも私は思ってしまう。生きるって何なんだろうって」


 何処からともなく、彼女は大槍を取り出して、右手に握り空に掲げて。


「たくさん殺しました。たくさん救いました。私は、たくさんたくさん、命に触れました。でも、私はわかりません。生きる意味がわかりません。戦って殺して、生きて帰って、また戦って殺して、また生きて帰って、また――――数千の年をそうやって過ごしていくうちに、私はわからなくなりました」


 ――自分の生きている意味を。


「アルク。あなたは、何で生きているの?」


 その言葉に、俺は何て答えたのか。


 俺は何をその時思ったのか。


 騎士アルクァードではない。一人の人間、一つの生き物として、俺はその問いかけに何と言ったのか。


 今となっては霧の中。もう二度と思い出せない、俺の答え。


 彼女は、微笑んでいた。その瞳に浮かぶ液体は、川の水だけだったのだろうか。


「ねぇアルク。女神の口づけが欲しくない?」


「え?」


 俺は、何のために生きているのか。


 俺は、何故、ここにいるのか。


「あなた背が大きいから、悪いけど頭、下げてくれる?」


「えっ、ちょっと待ってくだ」


 生きている。


 死んでいる。


 違いはあるのか?


 俺が抱きかかえた自分の母の亡骸と、焼け焦げた自分の父の黒い腕と、生きている自分。


 違いはあるのか?


 なんで、生きているんだ?


 なんで、俺は、こんなに、こんなに


「アルク首太いのね。私ね、初めて会ったの。今まで生きてて初めて、あったの」


 ――――こんなに


「私の槍に、恐怖しなかった者――――」


 ――――苦しいんだろう


 冷たい水に冷やされたその唇は、実際にはきっと冷たかったのだろう。


 でも、その瞬間のそれは、熱くて、驚くほど熱くて。


 女神アルカディナ。軍神の子。七神が一神。


 潜り抜けた死地は両手の指では到底足らず、命のやり取りをした数も、数えきれず。


 彼女も、俺たちと同じだったんだ。


「ねぇ……死にたいって思ったことあるかな……?」



 ――――



 ――――



 ――――



 そして


 そして彼らは、人の国を巡りました。


 町につけば、三人でこっそりと酒場に顔を出し、荒くれたちと並んでお酒を飲みました。


 売店で綺麗な髪飾りを見つけたアルカディナは、ユーフォリアと示し合わせてその髪飾りを二人でアルクァードにねだりました。アルクァードの財布は空っぽになりました。


 いろんな人が集まる聖堂へ三人は行きました。降臨祭の真っただ中です。王都からどんなに離れた聖堂でも、その期間は人が集まるのです。たくさんの人に混じり、配給品を食す三人。神がいるぞとアルクァードは小声で言ってみましたが誰も反応すらしませんでした。


 彼らは様々な場所で夜を明かしました。町の宿。農村の小屋。道から外れた森の中。どんな場所であっても、空は満天の星空でした。


 そして女神アルカディナは、彼ら二人を自分の天馬の背に乗せました。


 綺麗で大きな白い天馬です。三人乗っても、飛ぶのに何の問題もありません。


 彼らは天馬に乗って空を飛びました。人の国を空から見下ろしました。


 点々と町があります。点々と村があります。点々と人がいます。


 人の国は、広いと思っていた人の国は、なんとも、なんとも、なんとも、小さくて。


 一つ一つの光は、一つ一つの陰は、人の命の灯で。


 人を救いたいがために自らの幸せを捧げたユーフォリア。


 妹のように思っていたユーフォリアのために騎士になったアルクァード。


 生まれる前から戦場に立つことを義務付けられたアルカディナ。


 彼らは、同じだったです。似たモノ同士だったです。


 そう、彼らは皆、『他者のために』生きる者たちだったのです。


 白い天馬は、王都に舞い戻ります。女神アルカディナが人の世界にやってきて29日目。降臨祭は一か月間30日。そう、旅は終わったのです。


 今夜は女神アルカディナが帰還する前の最後の夜です。盛大な宴の最後の夜です。


 さぁ


 盛大に、盛大に、盛大に




 ――――――盛大に終わらせましょう。

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