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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第一章 赤錆の女神
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第6話 ひとのせかい

 緑の大地だ。


 辺り一面、草木が生い茂っている。


 風が吹く。西から暖かな空気を運んでくる。


 風が吹けば草木が揺れる。ざわざわと音を立てて草木が揺れる。


 ここは、人の国。神が作り上げた人の世界。


 長い街道がある。どこまでも続くかのように長い街道だ。その果ては、山の際まで続いている。


 前を向けば、どこまでも続く道があり、後ろを振り向けば、地平の果てまで続く道があり


 その街道の上を、二頭の黒い馬と一頭の天馬が歩いていた。


「ユーフォリア、ねぇユーフォリア」


「はい……何ですかアルカディナ様」


「さっきの木からね。大きな芋虫落ちてきたわ。ほら」


「ひっ」


 緑色の、大きな虫を指でつまみ巨大な天馬の上からユーフォリアに見せるアルカディナ。


 ユーフォリアはもぞもぞと動くそれを見て、小さく悲鳴をあげた。


「今髪の毛ぶわってなったでしょ! はははは!」


 アルカディナは虫を捨て無邪気に笑った。少女のような声。子供ような声。天馬の上で腹部を抑え笑う女神様。


 ユーフォリアは苦笑いをするしかなかった。


「はぁー笑った笑った……ふぅ……それにしてもいい場所ね。草原も広いし、空気も澱んでない。城なんかよりもずっといい。ねぇそう思わないアルク?」


「まぁ……解放感はあります」


 銀色の槍を布で巻き、黒い馬の上で横目でアルカディナを見ながらアルクァードはそう答えた。


 解放感があると答えた彼の表情は硬い。


「ね」


 アルクァードとアルカディナ。それにユーフォリア。三人は三人とも同じ黒いローブを身に纏っていて、首には聖堂のペンダントが輝き、腰には通行書の板が揺れる。


 その姿は巡礼者のそれだった。つまりは、今の彼らは巡礼者なのだ。


「しかし、条件とは言え神が巡礼者って。不敬者ねアルク。死にたいの?」


「混乱を避けるためです」


 アルカディナの強い言葉とは裏腹に、彼女の顔は穏やかで優し気で。


 王都を発つ際に人の王と騎士団長ダナンは一つの条件を出した。それは、女神アルカディナが女神であると外の者に知られないようにすること。


 もし知られれば、外の者は救いを求めアルカディナに寄ってくるだろう。そうなれば、不要な混乱が生じるだろう。


 だから、最低限、秩序のために彼女には身分を偽って欲しかったのだ。


「ま、メナスにも注意されてるし、そこは言う通りしましょう。彼女、怒ったら面倒だもの。しつこくて」


 もう何度目のことだろうか。すでに王都を発って三日。アルカディナは何度かアルクァードたちにたちして巡礼者の服装に不満を言っていた。結局自己完結して飲み込むのだが。


「はぁぁ……ローブ、股が繋がってるから馬に乗ると……まぁまくればいんだけどさぁ……」


 面倒そうに黒いローブをまくり上げるアルカディナ。白い足がローブの隙間から伸びる。


 アルクァードは一瞬眼を泳がせて、顔をアルカディナから背けた。その反応に微笑むはアルカディナ。


「……ふふ」


 アルカディナは天馬の首元にかけられた鞄の中から水の入った袋を取り出した。そしてそれを、おもむろに口運んだ。


 喉が水を体内に運び入れる。ごくりごくりと、羞恥心などなく豪快に水を飲む彼女。


 その姿は、女神としての神聖さよりももっと、もっと近しいモノで。


 近くの草むらから、鳥が飛んだ。


「……赤い鳥なんているんだこの島」


 独り言だった。なんの変哲もない、独り言だった。


 だがそれが、何故か、何故か酷く、酷く、温かくて。


「あれはラフラという名の渡り鳥です。この時期、このあたりで生息します。食事は主に川の魚。十二分に栄養を取った後、寒くなるころに東の海へ飛び去ります」


 それは彼が、アルクァードが人と話をするために、女神を退屈させないために、必死で読んだ本の中に書いてあった情報だった。


「へぇ」


 微笑みながら感嘆の声をあげるアルカディナ。何故か驚いた顔を見せるユーフォリア。


「アルクが何だか学者みたいなこと言ってる……」


「うるせぇ」


 小さな声だが、言わずにはいられなかったのだろうか。ユーフォリアがその顔になった原因を口にして。それにいつものようにアルクァードが返して。二人笑い合って。


 しまった、神の前での振る舞いではなかったと、二人同じタイミングで気づいて、二人同じタイミングで少し後ろを行くアルカディナの顔を見て。


「……失礼しました」


 謝罪の言葉も、二人同時で。


「ねぇ、二人は恋人同士かなにか?」


「は?」


 アルカディナの言葉に目を丸くするのも同時で。


 馬の足音が鳴る。パカラパラカと、小気味よく。


 パカラパカラ、パカラパカラ。


「まさか。ユーフォリアは聖女ですよ」


 言葉の冷静さとは裏腹に、彼は慌てていて。


「そうです。聖人となった人は、子孫を残すことが許されない。結婚や想い人など。私には許されない。私にはあり得ない」


 言葉の冷静さで押し殺すように、顔は曇っていて。


「あ、そう。なぁんだつまんない」


「ははは……」


 乾いた笑い。ユーフォリアの顔は、必死に笑顔を繕っている。


「そ、そうだアルカディナ様。あともう少しで農村です。この先の農村は狩りが許されている農村でして、獣肉も味わうことができます。肉は、大丈夫ですか?」


「肉?」


「はい、肉です。家畜の肉と比べて臭みが強く、苦みも少しありますので無理な方はとことんだめで……」


「大丈夫。戦場では獣の肉はごちそうだからね。苦手どころか好物よ」


「そ、それはよかった。私、実は別の狩りが許されてる農村産まれで、肉料理が得意です。アルカディナ様にどうかお食べ頂きたく……」


「楽しみにしております。ふふふ」


 土が舞う。馬が歩くたびに音が鳴る。


 道は前に。どこまでもどこまでも。


 祭りの終わりまであと――――

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