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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第44話 神の国への船出

 夜は明けた。どんな夜であっても、時が経てば終わり太陽が昇る。


 暖かい日の光だ。その太陽の光は一筋の光明となって、巨大な岩の裂け目に、水面に差し込んでいた。


 キラキラと水面が輝いていた。魚が跳ねた。ポチャリと音が鳴った。


 そこに巨大な船があった。


 王城の裏には港がある。神々の船が着く港だ。彼らはこの港から神の国に食料や資材を運びだしたり、逆に運び入れたりする。


 船だ。人の世界から外へ出ることができる船だ。


「運べ運べ! 船の倉庫に入れればどんなものでも腐らないんだ! 選ぶ暇があったら運び入れろ!」


 王城からかかる橋の上で、一人の若い男が大きな声でそう言った。彼は大きな箱を両手に他の男たちに向かって声を発していた。


 汗をかきながら数十人の男たちが荷物を船に運び入れる。箱の中身は大量の食糧と物資。長い船旅を乗り切るための、モノ。


 水面は深く、どこまでも青く。どこまでも遠く。


 人は生きている。


「海」


 甲板の上。大きな帆の下。片翼の天馬の傍らで遠くを見ている少女ミラ。


 大部分の人は産まれた時から生きる場所を決められている。生きて海を見れる人は少ない。


 小さな少女は岩の隙間を見ていた。遠く広がる青い海を見ていた。


 感嘆の声なのだろうか。それともただ目の前の事実を口にしただけなのだろうか。


「海」


 ミラは何度もその言葉を口にした。その単語を口にした。


 無表情で、遠くを見て、何度も何度も。


 思い描く、今までの光景。思い出す、今まで。


「海」


 岩の隙間から見える青いもの。それはどこまでもどこまでも広がっていて。


 少女ミラは遠くを見る。かすむ遠くの空を見る。


 鳥だ。遠くに鳥がいる。鳥が飛んでいる。


 あの鳥はきっと、海の先へ行こうとしているのだろう。ミラはその鳥を見る。ただその鳥を見る。


 先を。先を。先を。


「この先に、何があるの?」


「知らねぇな」


 ミラの問いかけに答えたのは大きな男。アルクァード。両手を両足を包帯で巻かれた彼は、大きな槍を片手に彼女の傍に立っている。


 日が岩の間へ差し込む。彼らを照らす。


「知らないのに、行くの?」


「知らないから、行くんだよ」


 アルクァードの声は、ひたすらに優しかった。まるで父親が子に語り掛けるように。


「よっ……」


 その場に座り込むアルクァード。ミラとアルクァード、座って初めて互いの視線の高さが合う。


 正面を見たまま、海の先を見たまま、ミラはアルクに澄んだ声で話しかける。


「アルク」


「ああ? 何だ?」


「私の故郷……私のお母さん。私のお父さん。隣の家のおじさんとおばさん。口うるさかったおじいさん。皆、皆……皆いい人だったよ」


「そっか」


「皆も……海。見たかったかな」


「たぶんな」


「うん、じゃあ、私見るよ。しっかり、見るから」


「ああそれがいい。しっかり、見とけ」


 青い。どこまでも青い。


 ミラは海を見た。見ることができなかった人の分まで、海を見た。


 波の音が聞こえる。積み荷を運び込む男たちの声に混じって、波の音が聞こえる。


「俺さぁ。子供がいたんだよ」


 静かに響くアルクァードの声。


「娘だ。3つの娘。母親が母親だったからか。俺がでかかったせいか。成長が早くてさぁ。3歳だってのにそうだな、お前ぐらいでかかった。言葉もしゃべってた。ははは」


「うん」


「ああ、楽しかったな。今思えば、三人で苦労してた時が一番、楽しかったな」


「……子供、死んだの?」


「ああ」


「そう」


 アルクァードの顔は、澄んでいて、その顔はミラが見たことがない程に澄んでいて。


 海は青い。


「槍から声が聞こえるんだ。許すな。殺せ。復讐しろ。もっと殺せ。決して許すな。取り戻せ。取り戻せ。取り戻せ……って。実は、今も聞こえてる」


「……誰の声?」


「たぶんあいつの……槍の持ち主の声」


 溜息。険しい顔。優しい顔。もう一度溜息。


 アルクァードは海を見た。


「なぁミラ。助けて欲しくなかったって、思ったことないか?」


「あるよ」


「ちょっとは考えろよ。ははは」


 海は青い。空は青い。男たちが大声をあげる。


 船が揺れた。


「この先で、俺、死ねるのかなぁ」


「……アルク?」


「はっ……ははは」


 振り返るミラ。微笑むアルク。男たちが船から降りていく様子が見える。


 アルクァードは立ちあがり、一瞬痛そうな顔を見せて槍を背に背負った。


 そして彼は傷だらけの身体をよじって、船室に向かって大声をあげた。


「ユーフォリア! 船ちゃんと動かせるんだろうな! 封印解いて終わりじゃねぇんだぞ!」


 道はどこまでも、どこまでも。


「知らない! メナス様に聞いて!」


 歩こうと思えば、どこまでも。


「じじい! 人少ねぇからってガキども連れてくのはどうかと思うけどなぁ!」


「馬鹿者! 小さくとも立派な騎士ぞ! それに少ないとか言うな! 屈強な剣闘士も何人か乗っとるんじゃぞ! ってちょっと何をリィナリア王女! それは、それは大砲の!」


 歩け。どこまでも。


「ふぅー……さてさて、困難の果て。こうして人は、数万年ぶりに神の世界に行くことができるようになりましたと。何かご必要ですかアルクァード様?」


「メナスはユーフォリアを手伝って来いよ」


 進め。終着点へ向かって。


「じゃあ行こうぜミナ。海の向こう。神様の世界にさ」


「うん」


 全ての始まりはここから。ついに時は、動き出した。



 ――――



 ――――



 ――――



 ――――――――あ



「あ、ああ……ひとは……せかい……を……ほろぼすっ……」


 行かせ


    ては


       ならない


「こわ、こわ、こわ……ふね……こわせ」


 とめなくては


 とめろ


       とめて


「かみ、しん、しんと、神、徒、キルスタン、い、る、だ、ろ、めい、れい」


 くび


   だけ


 でも  いきて


「自分勝手」


 ひと


「自分勝手自分勝手自分勝手」


 くろいひと


「見苦しい」


 ほのお


    つるぎ


「ふ、ふふふ……神様? これが神様? 首だけになってもぐずぐずと。ふ、ふふふ……くくく……」


 くろいおんな


       おれたつるぎ


 じんぎ かみのうつわ


「ははははは! 見苦しすぎるわ! ははははは!」


 ほのおのおんな


「あはははははは!」


 くろかみの おれたつるぎの めなすがなくしたつるぎの


 ほのおが わたしの くびを ぼくを


 あつい


「神様って、死なないんじゃないんですかぁ? ははははは!」


 ――あ


「あはははははははは!」


 おわる


 わたしのいのちがおわる


 神徒ヴァハナの命が終わる。


 神の命が終わる。


「ひ、と」


 やつじゃない。


 あの男じゃない。


 神を殺したのは


 私を殺したのは


「あーはははははは! 燃えて燃えて死ねぇ! 神は全部死ねぇ! あははははは!」




 ――第一章 神殺しの槍 完

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