第42話 神への叛乱
その出来事は、後の世に『ヴァハナの叛乱』として記録されることになる。
神徒ヴァハナ。人の種が保存されている島に許可なく降り立った第13階位の神徒。
彼にはいろいろと思惑があっただろうが、それにしてもそれは罪なことだ。
人の種は保存されるべきものである。それは神々の手によって数千、数万の年月を経て制定されたモノである。
何故か? そのようなことは考える必要はない。決められているから、そうしなければならないのだ。
それを彼は破った。
「おい、空を、空を見てみろよ」
「何だあれ」
その日の空は闇が覆っていた。夜の闇だ。月は確かに輝いているが、満月ではない。全体を照らすには光が足りない。
神徒ヴァハナはその島に降り立ってから常に人を観察していた。一千万近く存在する人と言う種。一人一人に個性があり、一人一人行動が違う。ある程度は我々神の手によって操作されてはいるが、それでも人は我々とは違うのだ。
彼は、何を思ったのだろうか。一人降臨し、他の神を寄せ付けないよう中央に連絡し続けた彼は、何を思ったのだろうか。
人々は、空を見上げた。
「おい、リック、お前眼がいいのが自慢だったよな?」
「まぁ……狩人だしな」
「あれ何に見える?」
眼を凝らす人々。空高く、遥か高く、届かない程高く。
そこに、『それ』はあった。
「剣だ。銀色の、違う。白い、剣」
「おいおい……やっぱりかリック?」
「お前も見えてるだろうが。だってさ――――あんなに――――」
『剣』
剣とは主に、手に持ち敵を斬るための武器である。
柄と刃。刃には両刃、片刃、曲がりが加えられている刃や、棘のように何股にも分かれている刃もある。
それは直刃の直剣だった。
「あんなに沢山あるんだからさ――――」
空を覆うは白い剣。その城さは黒い空を彩っていた。
神徒ヴァハナ。彼は低階位の神種の家に産まれた男だった。その力は絶大とは言えなかったが、ただ特殊ではあった。
一人で何体もの兵を創り出すことができる。黒い鎧の兵士。それが彼の神器の能力だ。戦闘力はそれほどではないが、それは便利だ。彼の神器を知っている者は皆そういう。
神種の女は生涯に一人しか子を産まない。故に神種は増えない。増えることはない。だから、沢山の兵数を確保できるということは何とも便利で必要な能力なのだ。
彼は低階位の家に産まれた男であるが、その能力故に軍神直属の中央軍に所属していた。
大量の兵を操作するためか、彼の性格は理知的な面が強かった。何をするにしても理由を求めたし、わからないことはわかるまで聞いて回ったという。
彼は、何を思ったのか。人の世界を見て何を思ったのか。
今となっては彼に聞くことはできない。故に、その答えを知ることはできない。
だが、推測はできる。彼が行った所業から、推測は出来る。
まず彼は、人の島に降り、人の長の上に立った。即ち国王。国王に任せていたいくつかの仕事を彼は奪った。
王は人の数を管理しなければならない。その島は小さい。人には天敵がいないため、ほっておけば増え続ける。
増え続ければ、その島にある食糧では生きていけなくなる。そうなれば人はどうするだろうか。少なくとも、そのままではいられないだろう。
我々はそのままを求めているのだ。昔から、古から。
王は命じた。夫婦は一人しか子を産んではならないと。病気や事後で子が死んだ場合のみ、二人目を認めると。
数十年はそれで何とかなったが、直ぐに無理がでた。それを行ったことで加速度的に人の数が減っていったのだ。理由は単純。食糧を生産するための若者が少なくなったからだ。
食料を確保するための人の数の制限だ。それでは意味がない。本末転倒である。
だから、次に王は命じた。人を減らすことを。病人、老人、動けない者、働けない者、必要ない者、選択して、王は殺させていった。間引きの始まりだ。
いつ殺すか、それをはっきりさせず。どこかで誰かが殺されていることもはっきりさせず。ひっそりと、でも確実に。
それがうまくいってしまうのは、増えた数を減らすために殺すというシンプルで、簡単で、わかりやすいやり方だからだろうか。
ヴァハナはその王の仕事を奪った。
彼がその島に降りる前に行われた間引きは、100年で約30回。一回の数は千から1万。
彼がその島に降りて2年。その間に行われた間引きも30回。1回の数は1万から10万。
異常な頻度だ。だが問題は数ではない。数など調整できる。年月を重ねれば簡単に。
問題は――――
「とにかく、家に入ろう。料理並べるのに使ったテント、どうする?」
「町の外から来たやつらが片付けるだろう。実際今使ってるしさ」
「そうだな。ああところで、明日は仕事あるのかな?」
「そりゃあるだろ」
「じゃあ早く寝ないとな――」
雨。そう表現するのがきっと一番わかりやすいのだろう。実際、生き残った者たちは皆言葉を合わせたかのようにそれを雨と表現したのだから。
空に浮かぶ白い剣。それもまた、彼が創り出したモノだった。
全てのモノは落ちる。上にあるモノは支えが無ければ落ちる。だからそれも、堕ちた。
無数の剣は白い線となって、そこに降り注いだ。地面に、城に、家に、それは雨のように。
雨一粒一粒を避けて歩ける者などいるだろうか。
いるわけがない。
全ては、そう全ては彼のエゴだ。
それはやってはいけなかった。
『問題は』
「何だ?」
赤かった。
ただただ赤かった。
その光景は赤かった。
白い剣が降り注ぐ。大量に降り注ぐ。大地に向かって降り注ぐ。
大地にいるのは沢山の人。王都にいるのは数百万を超える人。
――その剣は人々を貫いていった。
これが何かを理解できたものはいるだろうか。これが何故おこったのか理解できたものはいるだろうか。
叫び声はなかった。うめき声もなかった。
一瞬過ぎて、誰も何も反応できなかった。
雨だ。にわか雨だ。
窓から顔を出した人がいた。空を見上げようとしたら、その顔に剣が刺さった。
窓際で眠りにつこうとした人がいた。窓を突き破って剣が部屋に飛び込み、その人の胸を貫いた。
死んでいく。人が死んでいく。どんどん死んでいく。不思議なことに、死に際に誰も声をあげなかったそうだ。静かだったそうだ。
人が殺されていく。音も無く、静かに、当たり前のように。
神徒ヴァハナは、剣の雨を降らして人を殺した。
何故それをしたのか。何故それをしようと思ったのか。
推測しよう。間際でその光景を見ていたもうひとりの神徒が彼の発言を持ち帰っている。
「人は死ぬべきだ。こんな生物は生きてはいけない」
彼は、きっと彼は感じたのだ。
人に恐怖を感じたのだ。
人は、我々がそういう風になるように教育したせいもあるが、異常だ。
その島の人は一切の自我を持たない。いや、言い換えよう。個々人の自我を持たない。
彼らは常に集団なのだ。虫のように、集団なのだ。
「気持ち悪い。ただただ気持ち悪い」
死の間際でさえ、彼らは自分をみていない。自分の最期はこうなのかと、彼らは死すらも受け入れる。
いや、受け入れるわけではない。諦めではない。彼らは、抵抗をしないのだ。抵抗をしようとしないのだ。心の底から、彼らは抵抗しないのだ。
神の言葉に根源的に従属する生物。自分の死を、自分の終わりを前にしても何も感じない生物。神が創り上げてしまった歪な生物。
彼らに、『生きる』という概念は無い。
その歪さに、その生き方に、その存在に、彼は恐怖を感じた。
「我々の計画に人はいらない。今理解した。こんなやつらがもし『願い』を持てば、世界を壊してしまう。今、排除しなければ。今、無くさなければ。今、消さなければ」
さて、神徒ヴァハナが起こしたこの出来事に対しての結末を話そう。この事件の首謀者ヴァハナは、剣の雨を降らせた数刻後、灰となって死んだのだ。
彼は神だ。少なくとも、神と言う種だ。
『問題は』
「オオオオオオオアアアアッッ!」
『問題は彼の始末を人がしたということ』
――さぁ
――始まりだ。




