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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第41話 自由を

 槍とは、突いて、払って、打って使うモノである。


 槍の利点とはその長さである。剣の届かぬ遠距離から最小限の動きで攻撃を繰り出し、敵を近寄らせぬのが槍の基本的な戦い方である。


 古来より、戦場において新兵が最初に握るのは槍だった。実戦経験のない者であっても複数人集まり長き槍を持てば陣形の先頭に立つことができる。


 槍とは民から兵になるために握る最初の武器であり、他者を殺すために握る最初の武器なのだ。 


 それはテンプル騎士団においても例外ではなかった。彼が騎士団に入団した時、彼に与えられた最初の武器は槍だった。


 木の柄。銀色の穂先。右手を後ろに、左手を前に、右足を後ろに、左足を前に。


 腰に力を溜め、一歩踏み出すと同時に肩を入れる。左手で狙いを定め、右手で穂先を押し出す。


 彼が最初に習った突きの動作である。


 基本的であり、基礎的であるその動作。その動作が綺麗に行われれば、目の前に対峙する敵は死に絶えるだろう。


「おりゃあああああ!」


 砕け散る黒い鎧。叩き落された大槍は、まるで虫を潰すかのように人の形をした鎧を砕く。


 彼は、槍で突く動作をしない。


 雄叫びと共に右に左に上に下に、振り払われるその大槍は、敵の身体に命中しても一切威力を弱めることはない。


 一振りで二体。一振りで三体。一振りで四体。


 幸いは、その鎧に中身がなかったことか。もし中身があれば、もし誰かが鎧を纏っていれば、その場はその誰かの部品が足の踏み場もない程に散らばっていただろう。


「ふ……ははは……!」


 槍を振いながら男は笑っていた。黒い兵を砕きながら男は笑っていた。


 アルクァードは槍を大剣が如く振り回す。それは彼の得物が大槍になるよりも昔から、銀色の騎士団の槍だった頃からの戦い方である。


 アルクァードの槍に、決まりきった型はない。片手で槍を振う時もあれば、両手で振るう時もある。綺麗に槍を構えたと思ったら次の瞬間にそれを投げつけたりもする。


「はははははは!」


 壊れた黒い兵は、次の瞬間には元に戻っている。無駄な攻撃。不毛な攻撃。それでも彼は、笑いながらそれを壊す。


 その彼を見て、心がざわつかない者などいない。彼に対峙していれば尚更である。


「……こいつ」


 黒い兵を召喚し、剣を突き刺して器用に壁に張り付きながらそうつぶやいた神の徒ヴァハナ。赤い眼を細めて彼はアルクァードの姿を観察する。


 その武器は大槍。穂先は大盾のように大きく、柄は腕のように太い。


 それを振う彼の手も大きい。腕も太く、見た目からも力の強さを感じることができる。


「人は天使よりも骨が強い。筋肉も付きやすいし、法力を除けば単純な身体の強さは人の方が強い。だが」


 ヴァハナは壁から剣を抜いて床を剣で払った。黒い兵士が床の切り口から現れる。


 現れた先から一払いで砕け散る数体の黒い兵。


「こいつはおかしい。何がと聞かれても答えられない。だが確信がある。何かがおかしい」


 飛び上がり、アルクァードの頭の上を通るヴァハナ。見上げるアルクァードの顔は、口角が強く吊り上がっていて。


「こいつは、何なんだ?」


 夜が更ける。月が輝く。静けさが訪れる。


 塔の上の音は王都には聞こえず。王城の中にも聞こえず。


 彼が何をしたかったのか。彼は何をしようとしているのか。


 誰も知らない。誰も気づかない。


 人の世界は神の世界の隅にあり、人の世界は王から貴族から、市民から農奴から、全ては神の手によって階級が作られている。


 それに疑問を持つ者はおらず。


 それに手を入れようと言う者もおらず。


 鳥が鳴いた。チキチキと、甲高い声で鳴いた。王都のすぐ傍の木の上で鳥が鳴いた。


 鳥は空を飛ぶことができる。鳥はどこまでも空を飛ぶことができる。


 どこまでも行くことができる。それは自由だ。自分の意志でどこへでも行ける。どこでも立ち止まれる。それは自由だ。


 鳥には自由がある。大きな翼を羽ばたかせて、飛んでいくことができる自由がある。


 鳥は自由を求めたから自由になったというわけではない。鳥はもともと自由なのだ。産まれた時から自由なのだ。


 人はどうか。


 彼はどうか。


 『何か』のために大槍を振う彼は自由なのだろうか。


 失った『何か』を求めて大槍を振う彼は、自由なのか?


 神徒ヴァハナは感じていた。彼の周りの籠を感じていた。彼の周りにある鉄格子を感じていた。


 不自由な彼を感じていた。


「この人間の殺意。この人間のモノなのか本当に」


 血が滴る。黒い兵には血が無い。なのにその大槍からは血が滴る。


 誰の血だ。


「こいつは、ここで殺しておかなければいけない気がする。我々の『戦い』にはこの男は、邪魔な気がする」


 剣を取れ。名誉のために。


 槍を取れ。勝利のために。


「まだこの程度の内に、この男は殺さなければならない」


 ヴァハナは決意した。黒い兵を出し観察するだけだった彼は、遂に決意した。


 彼は剣を順手に持ち替えた。


 血が溢れる。大槍から朱色の血が溢れる。


 自由。


 自由などいらない。


 自由。


 自由にならない。


 自由。


 なさなければならない。


 自由。


 自由などない。


 自由を。


 自由を求めるならば。



 自由になりたいならば―――――



「神器解放。4階『歪な空』」



 ―――――武器を取れ。



「終わりだ人間。王都毎消えろ」

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