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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第38話 神徒と女神と赤錆

 声。綺麗な声。女の声。


『おいお前! 聞こえているのか! おいすかしてるんじゃないぞこのクソ野郎が!』


 部屋に響く声。部屋に立っているのは男が一人。でも響いているのは女の声。


『おいこら! 返事しろクソ野郎!』


 やれやれと言った顔で、部屋に立っている男は溜息をつく。


 鼻頭を指で掻いて、綺麗なその口を動かして。


「聞こえてます。毎度毎度ですが、女性なんだからクソはまずいでしょうクソは。名門のご息女でしょうあなたは」


 彼は女の声に、返事をした。


『やかましい! お前! 何故人を減らした!? 中央はそんな命令を出していないと言っているぞ! 通信にも出ずに何やってるんだお前!』


「おやおや、早かったですね。誰からお聞きに?」


 左手の人差し指を耳に当てながら、彼は酒の入ったグラスを手に取る。


『私を出し抜けると思っていたのか!? 人が一気に減れば観測者も気づく! お前ふざけるなよ! 神徒如きが何の権利があって人を減らしているんだ! おいヴァハナ!』


「相変わらず荒いなぁ。少し前は可憐な少女だったのにどうしてそうなってしまったのやら。成長は恐ろしいですなぁ」


 大きな声で叫ぶ女の声。ニヤニヤと笑いながらそれを聞き流す男。


 その部屋には彼一人しかいない。女性の姿はどこにもない。しかしながらその部屋には女性の声が鳴り響いている。


 そのありえない状況。生み出しているのは神の術式、法術。それを使えるその男は、即ち神。


 美しい顔と細身の体。腰には綺麗な剣を差し、服装は豪華な貴族服。酒を片手に部屋に立つその姿は、まさに優雅。


 涼やかな男の姿と対照的なのは女の声。大きく、荒々しく、女の声が部屋に響き渡っていた。


 言い争いのようで、事実一方通行で。


『クソ野郎が! 私が若いからって嘗めてるのかお前! クソ……お前……! お前のせいで私に中央の裁判所から出頭要請が来たんだぞ! もう少しであのフレンナが守護する砦を落とせたのに! ふざけるな!』


「あの魔神フレンナを? さすが軍神の孫。ルクシス様もようやく引退ですね」


『いい加減にしろお前! アルゴの船まで持ち出して! クソ、馬鹿野郎……クソ野郎が!』


「ははは、怒ると本当に言葉の種類が……ははは。お美しい顔が歪んでいる光景が頭に浮かびますよ」


『クソが! ヴァハナ! お前戻れると思わないことだな! お父様もカンカンだ! お前は降格だ!』


「覚悟済みです。ははは、どうぞお好きなように」


『クソ野郎! これ以上人を殺すなよ!? これ以上やればな! お爺様が出てくるぞ!』


「怖い怖い。ははは。まぁ努力しますよ」


『お前……! くそっ! せめてその島に残っている二つの神器は回収してこい! それで首は許してやる!』


「はい、了解しました麗しのフレイア隊長様」


『ちっこのクソ冷血細目野郎……!』


 プツリと、何かが切れる音が鳴った。


 手をゆっくりと耳から離す赤目の男。細身の剣を傍らに、男は窓から外を見る。


 彼がいる場所は王都の中にある高い塔の上だった。王城の最上階の更に上に建つ塔の上だった。


 その整った顔の口角が、少しだけ上がった。


「フレイア様。なんと優しい女神様か。勝手に神が管理する人々を殺した私を、生かそうとしている。興味半分に遊び半分に人を殺した私を生かそうとしている」


 彼は、自分の真横の机に置いてあったグラスを口元に運んだ。そのグラスの中身が彼の喉を潤す。


「ふ、ふふ……ちょろい。ちょろすぎるよフレイア様。ふふふ……どんなに強くとも、所詮は生まれて数年しかなってないガキだなぁ」


 夜の闇。白い月。男は窓を大きく開いた。


 風が吹き込む。両手を広げ、それを胸に浴びる赤い目の男。


「ふぅ……結局、誰も、うん誰も、何もできなかったなぁ……」


 何かを考え込むかのように、眼を閉じて天を仰ぐ男。


「軍神が守る種族だ。何かがあると思ったのになぁ。軍神も切り札にするほどの何かがあると思ったのになぁ。見つければ、中央を取れると思ったのになぁ。はぁぁぁ……これで振り出しかぁ」


 その男は眼を開けると、酒の入ったボトルを手に取ってグラスに酒を注ぎ入れた。トクトクと小気味のいい音がボトルから漏れる。


 酒の色は赤色。それを口元に持って行き、彼はじっくりと匂いを嗅いだ。


「次、どうしよっかなぁ。フレイア様のところでまた潜むかぁ? でもなぁーあの人馬鹿だけど天才なんだよなぁ。あまり近くにいるのもまずいよなぁー」


 酒を口に、コロコロと舌の上で酒を転がして。


「んー……ん」


 酒を飲み込んで。


「うまいなやはり。酒は人が作る方がいい。島の気候がいいんだろうか。うん。樽で持って帰りたいなぁ」


 コトリとグラスを机に置いて。


「……神器か。丁度今一つ来てるし、探して帰るか。うん、そうしよう」


 ゆっくりと首を、後ろへと向けて。


 そしてヴァハナはそこにいた巨漢の男に向かって、笑いながら言った。


「運搬ご苦労。さぁそれを渡したまえ、人間」


 男はその言葉に、怒りの形相で言葉を返した。


「いいぜぶっといのをくれてやる。生きて帰れると思うなよクソ野郎」

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