第37話 終わらない祭
火を燃やせ。
夜が来た。月は半月。周囲は暗い。
火を燃やせ。灯りをつけろ。
「な、何……!?」
夜が来た。闇が来た。
火を燃やせ。闇を追い払え。
火を燃やせ。
「馬鹿な。大砲も通さない、鉄の門だぞ!?」
夜は宴。祭りの締めは常に宴。
火を燃やせ。
火を囲め。
火を。
火を。
火を。
命の火を。
命に灯を。
「団長は! 騎士団長はどこだ! こんな、こんなの想定していない!」
闇を追い払え。
命を灯に。
「どけ! 俺が止める! 神の名の下に!」
「副団長!」
火を。灯を。火を。灯を。
命を火にくべろ。命の火を灯せ。
「貴様らはこの町に入ることはできない! 退け! 退いて死ね! 貴様らは公開間引きの対象であるぞ!」
命に――――
「お前が死ね」
――――意味を。
「なんだときさ――」
死んだ命に意味を与えろ。
風に、土が舞い上がる。土に交じって、黒い塊が舞い上がる。
それは、人の頭。松明の火に照らされて、その頭はクルクルと、クルクルと空を舞って。
振り払った大槍の軌道すら誰にも見ることができずに。彼らはただ、眼を丸くして結果を見ることしかできずに。
――べちゃりとそれは、音を立てて地面に落ちた。
「副団長ぉぉぉ!?」
「嘘だろ腕力だけなら騎士団で一番だぞ!?」
赤錆びた鎧を着た大男がいた。男の手には、巨大な槍が握られていた。
刃は大盾ほどもあり、柄は鍛え抜かれた男の腕のように太かった。
男の槍は、容易く王都の門を破った。分厚い分厚い城門を、いとも簡単に破った。
「い、行け! 副団長の仇を!」
「お前が行けよ!」
入ってくる。王都に人が入ってくる。外にいた人々が入ってくる。
ぞろぞろと、ぞろぞろと、ぞろぞろと。
王都の民たちは、眼を丸くさせてそれを見ていた。
「そうか。ああ、やっぱりそうか」
彼の顔は、笑っていた。傷が走るその顔は、笑っていた。
「結局、人は神の遊び道具でしかないってことか」
ぽとりと、地面に一切れのパンが落ちた。落としたのは王都の民の男。
料理が並んでいる。酒が並んでいる。民たちが火を囲んでいる。
「何てことじゃ……」
土と煤で黒く汚れた老人が大槍の男の傍に立った。大剣を肩に、眉間に皺を寄せて老人は嘆く。
宴だ。これは宴だ。祭りの最後の、宴だ。
「間引き……人はこの島の食料を喰らいつくさぬよう、定期的に数を減らすことを求められる。何故じゃ。一千万の数。まだ余裕はあったはずじゃ。百万近くを殺す必要などないはずじゃ。何故、何故こんなことを? 何故こんな嘘を?」
大槍を地面に突き刺す、赤錆の騎士。
「どうでもいい。そんなことは」
火を。
「おい、お前。そこの大層な鎧を着ている奴」
「お、俺か?」
「あいつはどこにいる?」
「俺たちを呼んだやつだ。光の玉で、世界中に向かって喚いていた糞野郎だよ」
「く、糞……野郎……!? あの方の、ことか? 神徒の……」
火を。
「どこだ?」
火を。
「ふ、ふざけるな! 教えるわけがない!」
火を放て。
「みんな! 剣を、剣を抜くんだ! みんなでやれば勝て」
勝てるわけがない。
その騎士の男は、言葉を言い終わるよりも早く、頭を吹き飛ばされて後方へ倒れ込んだ。
大きな音だった。火薬の爆ぜる大きな音だった。赤錆の騎士は、片手に大きな火砲を握りしめていた。
黒い煙が空に舞う。
「こんな顔してるがな。頭きてんだよ。死なねぇと思ってたか? 殺さねぇと思ってたか? 馬鹿かお前は。馬鹿なやつはよ。早く死ぬって決まってるんだろうがよ。わかんねぇのか? わからなかったのか?」
「ひっ」
恐怖の声は、誰から漏れたのか。その場にいた騎士たちは大きく一歩、下がった。
「もううんざりしてんだよこっちは」
それを追って、大槍を片手に赤錆の騎士は一歩進む。
「ユーフォリアが連れていかれる。おばさんたちは俺に守って欲しいといった。だから俺は、じじいに毎日毎日、木の棒で挑んで認められて騎士になった」
騎士たちは、また一歩下がる。
「必死に槍を振った。必死に訓練した。強くならないと、ユーフォリアの下にいれなかったからだ。必死に、必死に騎士の仕事をやった。間引きにもついて行った。死体の処理もした」
一歩、赤錆の男はまた進む。
「母さんも父さんも、おばさんもおじさんも、俺が墓に埋めた。心の中で泣きながら墓を掘った。それでもまだ俺は、疑問に思わなかった。これは仕方のない事だと、思っていた」
騎士たちは、剣を抜く。剣を抜いて、一歩下がる。
「あいつは俺に言った。泣くほど嫌なのに、何故やったのかと。俺は何も言えなかった」
大槍を前に突き出し、アルクァードは一歩進む。
「お前らは」
壁。騎士たちの背には壁。
「お前らは後悔したことはないのか?」
迫るは赤いアルクァード。
「殺す。こんなことを始めたやつを殺す。場所を言え。言わなければ、お前らも殺す」
戦おうとする者など、いなかった。
テンプルの騎士たちは剣を捨て、横へと、アルクァードがいないところへと駆けだした。
押し合って、絡み合って、数人の騎士たちは塊となって壁から滑り抜けていった。
恐怖のあまり失禁したのだろうか、地面は少しだけ湿っている。
王都の民を押しのけて夜の町に消えていく騎士たち。その背を見るアルクァードの顔は冷たく、冷たく、ただ冷たく。
「アルクァード。王都を出てからお前に何があった?」
「年寄りはすぐに人のことを詮索するっていうが、本当だな」
「……むぅ。しかしどうやら王都の中にはあの黒い兵士は来ないみたいじゃな。ひとまずは安心か」
「安心? 安心なんざねぇよ。人に安心なんざ、ねぇんだよ」
「……アルクァード」
「安心できる場所なんざ、神がいる限りねぇんだよ」
大きな、槍を背に、彼は歩く。
道は広く。どこまでも広く。どこまでもどこまでも広く。
「城へいくのかアルクァード?」
「ああ、どうせあそこだ」
「……まぁそうじゃな。しかし待て。王城は広い。大神殿と繋がっていて部屋は千を超える。地下に迷い込めば迷宮じゃ。案内がいるぞ」
「じじいは?」
「ワシは神殿しか知らんし、そもそも引退してもう二年じゃ。中身も大きく変わっておるだろう」
「つかえねぇな」
「そう言うな。ははは」
王城を見上げるアルクァードとダナン。闇の中で、王城は大量の明かりの中にある。
見上げ、無言で佇む二人。
「私が案内します」
その二人に投げかけられた女性の声。アルクァードたちは振り返った。
彼らは見た。そこに立っている、その女性の姿を。
そしてダナンは、少し固まった後、大きな声でこう言った。
「王女様どうしてここに!?」




