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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第35話 しろいゆめ

 夢の中で揺蕩う心。


「私の名前はミラ・リアです。お父さんは村長です」


 白い夢。暖かな夢。楽しい夢。


 少女は夢を見ていた。


「イチゴが好きです。オレンジも好きです。お母さんが作る肉料理が好きです」


 皆が笑っていた。家族が笑っていた。友達が笑っていた。自分も笑っていた。


 少女は笑っていた。綺麗な綺麗な夢の中。少女は満面の笑みを浮かべていた。


「お父さんにお弁当を持って行きます。水とパンと干し肉です。おいしそうです。私の分もちゃんとあります」


 人がいる。沢山の人がいる。村の仲間だ。


 おはようと、皆が少女に声をかけている。少女は一人ずつ一人ずつ、丁寧にあいさつを返している。


「農村から出られませんでしたけど、私は楽しかったです。あそこの暮らしは楽しかったんです。私にはあそこの暮らししかなかったけど、あそこは楽しかったから、私は幸せです」


 背の高い草をかき分けて、少女は畑へ入る。草の染みと泥と土。服があっという間に汚れてしまったが、それはいつものこと。


 大きな声で父を呼ぶ。大きな声で返事が返ってくる。


「お父さんは力が強くて、村の人たちに頼りにされてました。それに、とても優しくて。私は大好きでした」


 少し高い丘の上で、肩を並べて弁当を広げる少女とその父親。笑顔だ。二人は笑顔だ。


「お弁当を食べたら、歌を歌います。お母さんが教えてくれた歌です。下手だけど、お父さんも同じように歌ってくれます。毎日、ちょっとずつ練習して、お母さんに負けないぐらい上手になりたいな」


 高い空の向こう。鳥が飛んでいく。遠く遠く、はるか遠く。獣が吠える声が聞こえる。


「あの山の向こうには何があるんだろう。あの空の先には何があるんだろう。お父さんも知りません。誰も知りません。だから私は知りたいと思いました。だから私は、何度もお父さんやお母さんに聞きます。向こうに何があるの? って」


 夢を見ていた。懐かしい夢だった。楽しい夢だった。


 彼女が見る夢は、毎晩毎日、同じ夢。繰り返し繰り返しの日常。進まない日常。終わらない日常。


 虫の声が聞こえる。水の音が聞こえる。ふるさとの音が聞こえる。


 ――声が聞こえる。


 聞こえる。人の声が聞こえる。父親の声が聞こえる。母親の声が聞こえる。友達の声が聞こえる。


 隣の家のホーマンさん。大きな牛を飼っているレグナさん。土を掘るのが上手なギンドレさん。


 歌がうまいレイシアさん。服を作るのがうまいオットナーさん。料理が美味いステラさん。


 声が聞こえる。皆の声が聞こえる。


 聞こえる。どこまで行っても聞こえる。


 叫び声が聞こえる。


 痛い。苦しい。助けて。


 声が聞こえる。


 声がまとわりつく。


 一人だけ生きている。『私』だけが生きている。


「どうしてお前だけが」


 声が聞こえる。


 声が聞こえる。


 聲が聴こえる。


「お前だけが生きているんだ」


 声の主はわらかない。暗くてわからない。どんなに耳をふさいでも、声が聞こえる。


 ――楽しい歌を、歌おう。


 現実は辛いから。声が聞こえるから。心の中で歌を歌おう。


 繰り返し繰り返し。何度も何度も。何度も何度も何度も。


 歌を歌おう。短い歌でも、何度も歌えば一日なんてあっという間。


 楽しい夢だけを見よう。歌を歌って楽しい夢だけを見よう。苦しい声は聞かないようにしよう。


 世界は残酷で、苦しいから、見ないようにしよう。


「向こう側なんてもういい。知りたくない。帰りたい。村に、帰りたい。村の外なんてしらなければよかった」


 思わずにはいられない。


 何故?


 何故あのままにしてくれなかったの?


 何故あのまま死なせてくれなかったの?


 思わずにはいられない。恨まずにはいられない。その人を、恨まずにはいられない。


「僕は、生きててよかったって思ってるけどなぁ」


 あの子は単純だ。同じ農奴の子供なのに何で、そんな風に笑えるんだろう。


 元々父親がいないから? 元々母親がいないから?


 大嫌い。


 声を掛けないで。


 痛い。


 痛いから、声を掛けないで。


 神様の――神様の言うとおり


 歌を歌おう。外を見ないようにしよう。


 ほら、赤い水なんて目の前にはないから。ほら、人の形をしたものなんて散らばってないから。


 ほら、誰も泣いてないから。ほら、敵なんていないから。


 世界は優しい。とても優しい。私は子供だから、とても優しいから。皆守ってくれるから。


 何で守るの?


 死なせてください。死にたい。死んで帰りたい。あの村に帰りたい。お母さんとお父さんに会いたい。


 死にたい。死んで終わりにしたい。殺して欲しい。私も赤い水になりたい。私も地面に散らばりたい。


 神様のいうとおり


 神様のいうとおり


 神様の


「死にたい人間などいない。生きているなら生きたいと思うものだ。子供ならなおさらだ」


 その人の手は、冷たい。


「残されるというのは辛いもんだ。でもな、親ってのは子供に対して死んで欲しいなんて思わないもんだ」


 そのひとのこどばは、つめたい


 でも


「生きろよ。拾った命だ。やるだけやってさ、精一杯やってさ。それから死のうぜ」


 かみさまなんかよりも、ずっとそのひとのいうことのほうが


 暖かいと思うから――――


「……アルク」


 いつか私は歌を歌わないでもよくなるかもしれない。


 いつか私は夢を見ないようになるかもしれない。


 いつか私は声が聞こえなくなるかもしれない。


 あの人が、この世界で槍振ってくれるなら、私はきっと生きたいと思えるようになる。


 赤錆の騎士アルクァード。輝く大槍を肩に担いて。沢山の人散らばっている血の海を歩いて。


「ミラちゃん大丈夫? アガトの背から落ちないでね?」


 大きな天馬の背の上で、少年リオンと相乗りして。私は外を見る。


 暗い夜。赤い海を踏みしめて歩く真っ赤なあの人を見る。


 もう夜だ。人がいっぱい死んだ。でも私は生きている。今ここに生きている。


 そして呼ぶ。何度も呼んだその名前を。私が大好きなその人の名前を。


「アルク」


「おぅ。やっぱり一人でこの数は抑えきれねぇよな。城門、向かうぜ」


 槍を片手にその人は天馬の上にいる私たちを見上げた。いつの間にかアルクの赤錆の鎧が大きくなっている。ヘルムなんてなかったのに。


 疑問に思ったから、私はアルクに聞いた。


「アルク、その鎧、頭あったんだ」


「頭?」


「うわっ本当だ! 何ですそのフルフェイスヘルム! 怖いなもう!」


「何言ってんだミラ。リオンまで……頭なんかあるわけ……」


 左手でペタペタと自分の頭を触るアルク。その顔を覆う重厚なヘルムを触って、アルクは少し固まった。


「何だこりゃ。声が妙に籠るとおもったらこれのせいかよ」


「あの、身体も、胸と手足だけだったのに全身鎧になってますよアルクァードさん……」


「ああ? 何だこれ。いつの間に……どうやって脱ぐんだこれ? 糞したくなったらどうすりゃいいんだ」


「わかりませんよ……ミラちゃんの前で糞とか言わないでください」


「しょうがねぇこのままいくか。じじいの砲撃も全然飛んでこなくなったし、いよいよ全滅かねぇ」


「縁起でもないこと言わないでくださいよ」


「行くぜ。アガト二人を落とすんじゃねぇぞ」


「ブルルル」


 きっと、この人は世界を変えてくれる人なのだろう。


 大きな槍を肩に担いで、その人は悠々と道を歩く。歩くたびに世界を壊してくれる。


 大槍の騎士。赤錆の槍使い。アルクァードが、城門へと向かった。

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