第33話 籠の中に蠢くモノ
その光景は、正常だと言えるのだろうか。
その光景は、清浄だと言えるのだろうか。
「おいおいレートがえらいことになってるぜ! 誰か難民側にも賭けろよ!」
「黒い方に賭けたやつが言うなよ」
宴。
「酒が足りないぞ! はははは!」
人々の宴。
「ああ楽しいな! 祭りは楽しい!」
笑い声。踊り歌う人の群。
王都は本日も平和なり。
王都は本日も平和なり。
――本日も城内は平和なり。
宴だった。祭りだった。
人々は騒いでいた。大量に並べられた料理を口に運び、酒を飲み、立て掛けられた看板を見て人々は笑っていた。
甲板に書かれている文字は二つの数字と、縦の線。大量の縦の線。その数は偏っていて、一方だけに縦の線は集中している。
歌う人たち、踊る人たち、叫ぶ人たち。
王都は広い。どんな人の町よりも広く大きい。人口は百万を超え、家々はどれも大きく広い。
広い広い王都の中、通路と言う通路、広間と言う広間に人々は集まっている。皆一様に明るい顔をして、嬉しそうに口に物を運んで。
「道を開けよ皆!」
大きな声だった。人々はその声を発した者の方を見た。
銀色の槍。沢山の騎士。煌びやかな鎧を着こんだ騎士たちが人々を押しのけ道をつくっていた。
「なんだ、何が起こるんだ?」
「催し物か?」
王都の民たちは何が起こるのかと期待の眼を向けている。
――これが人の世界か。
男たちが現れた。騎士たちに連れられ、屈強な男たちが現れた。
手には枷。足には鉄球。石畳の地面と鉄球がぶつかり合い、ゴリゴリと音を立てる。
男たちは上半身裸で、兜だけを装備していた。兜の口元には顎を固定する鉄の棒。その兜は、防具であり、拘束具だった。
「剣闘士だ」
酒を持っていた男がぼそりとそうつぶやいた。そう、彼らは剣闘士。なんらかの罪に問われた罪人たち。共興として人々を楽しませるために人を殺す者達。
彼らの眼は曇っていた。人としての意思はとうの昔に死んでいて、今あるのはただ言われるがまま戦うための意志のみ。
何人殺しても何度戦っても、彼らは解放されることはない。彼らが向かう先は常に死地。
つまりは彼らが送られる場所は、つねに。
「難民たちに援軍に行くんだ! 間違いない!」
「剣闘士だぞ! 戦いの専門家たちだ! 賭けのレートが変わるぞ!」
一枚、二枚、三枚、飛び交う金貨。看板にさらに刻まれる縦の線。
それは、賭けだった。外の人が生き残るか、もしくは全滅するか。それに対しての賭けだった。
そう、彼らは――――
「聞け民よ! 察しの通り、これより剣闘士たちが難民たちの援軍に向かう!」
騎士の一人が叫ぶ。剣闘士たちは静かに地面を見て、佇んでいる。
「手枷を外せ! 足枷を外せ! 武器を運べ!」
騎士たちが剣闘士たちの枷を外す。剣闘士たちは暴れたりはしない。暴れても無駄なのが分かっているから。
武器が運ばれる。盾。槍。斧。剣。剣闘士たちは思い思いの武器を手に取る。
ヘルムから覗く眼は一様に暗く、その眼に意思などなく。
「まぁ! 凄い身体してるのね剣闘士って!」
「おおおおお! 剣闘士たちの参戦だ!」
「くそっ、実際にこの眼で見たいな。速報の紙だけじゃな……」
武具を装備した剣闘士たちがぞろぞろと城門へと向かっていく。これより向かう場所がどんな場所か、彼らは知らない。知ろうともしない。ただ言われた通りに、黒い鎧の敵を倒すために彼らは行く。
騎士の一人がもう一人の騎士に耳打ちをした。耳打ちをされた騎士は頷き、大広間の中央へと向かった。
槍を立て、その騎士は叫んだ。
「喜べ皆の衆! 王より許しが出た! 上位貴族の関係者! 掛け金が金貨10枚を超えた者! 我らテンプル騎士団が家族! 証明できる者は城壁の上に立つことができるぞ!」
「おお!」
――王は実際にはもういない。
「私が案内する! ただし歓声は無しだ! 外の者は祭りの内容を知らない!」
――『許し』とは何なのか。
「我が後に続け!」
人は列を成す。『観客席』に向かうために。
外には死。中には生。
城壁一枚ただ一つ。隔てた世界は別の世界。
城門内側は綺麗な鉄。外側は真っ赤な鉄。
小さな小さな人の世界。更に分かれるその世界。城門の上に独り、黄金色の髪を輝かせ叫ぶ狭い世界の王女様。
「ああ、血の匂いよ! これが血の匂い! たくさんの人が死んでいる。皆死んでいる。中身のない人形に殺されて皆死んでいる!」
「王女様、国王陛下がお亡くなりになられました」
「あはははは! 楽しい! こんなに楽しいものがこの世界にあったなんて!」
「王女様。陛下が」
「あーはははは!」
綺麗な綺麗な王女様。汚れなど一つもない王女様。
誰も彼女の耳に言葉を届けられない。
彼女は誰よりも世界に絶望しているから、誰の声も届かない。
「剣闘士? あれ剣闘士ね! 顔が隠れてるけどあの先頭の斧を持った男! 彼ね! あの強い彼! ああ、どんな強さを私に見せてくれるのかしら!」
「王女様! 陛下が!」
城壁から身を乗り出した王女の肩に、伸びる男の手。引かれて振り向く王女の顔。
王女の顔は、とてもとても美しく。そしてとてもとても、冷たくて。
「邪魔しないで」
その声は召使の男を震わせた。あまりにもあまりにも冷たくて。あまりにもあまりにも鋭くて。
絶句する男。城壁の向こうを見て再び笑う王女。
「死ね! 全部死んでしまえ! 神様の言うとおりにしか生きれない人なんて皆死んでしまえ! 私を王女にした人なんて皆死んでしまえ! あはははは! 楽しい! 楽しいわぁ!」
狭い狭い人の世界。全てが定められた人の世界。全てが決まった人の世界。
足掻くことも、抵抗することもできず。弱者はただ死ぬことしかできず。
夢はない。希望も無い。人の世界に、道はない。
本当は、あるのに。
「あははははは!」
王女は笑っていた。王女は泣いていた。血に濡れて人が死ぬ。その姿が何とも何とも快感で、何とも何とも悲しくて。
胸を打つ、なにかを理解したいがために、彼女は泣いて笑っていた。もがきくるうその姿は、捕らえられた鳥のよう。
籠の扉を壊して欲しいと訴えるように、彼女は泣いていた。




