第3話 人の武器
人は許可なく武器を持てない。
生きる上で武器など持つ必要が無いから。
故に、この世界に武器屋などない。人が必要としないのだから、武器屋などあるわけがない。
だが、ここにそれがある。人を殺す武器がある。神を殺す武器がある。
ここは武器屋。世界で唯一の武器屋。武器職人メナスが開く、武器屋。
「さぁ何が必要ですか? 反逆者様?」
「投げナイフ。5本」
「はい」
銀色のナイフが出てくる。柄は無く、投げた際に真っ直ぐに飛ぶよう重心が先の方へ寄っている小さな短剣。アルクはそれを受け取ると、鎧の腰に下げた物入れにしまい込む。
「粉末火薬。瓶で。あと弾」
「はい、いつものやつね」
黒い粉が詰まった瓶が出てくる。黒色火薬。そして木箱いっぱいの鉛弾。中身を確認して、アルクは腰の鞄に仕舞う。
「あとな、狙いが微妙に右にずれるんだ。見てくれるか?」
「最新型のフリント式だからちょっと調整に値が張るわよ?」
「型関係あるのかよ。まぁ、しょうがねぇ」
「はい毎度あり。出してくれる?」
「ほら」
アルクは大腿部から机の上にそれを置いた。それは、火薬を用いて鉛弾を撃ち出す鉄の筒だった。
火砲。神より人に与えられた力の一つ。指一つで人を殺せるこの武器は、正しく対人の切り札。
民として暮らす人々は一生見ることができない武器。当然のように、それを調整できる人間などこの世界にはいない。
表には、いない。
「うわ、銃身曲がってるじゃない。どんだけ撃ったのよ。これ作るの結構大変だったんだから大事にしてよね」
「武器は使ってなんぼだろうが」
「全くもう。部品取ってくるからちょっと待ってて」
「ああ」
後頭部で縛った髪を揺らしながら、武器屋の主人メナスは部屋の奥へと消えていった。
ゴトゴトと奥から音が鳴る。何かものを動かしているような音が。
しばらく時間がかかると判断したのだろうか、アルクは背負っていた大槍を壁に置くと、近くにあった椅子に腰かけた。少女ミラもそれをみて、彼の隣の大きめの椅子に昇って、座った。
無表情ながらもどこか物珍しそうにミラは周りを見回した。揺らめく蝋燭の灯りの中。見えた物は武器だった。ありとあらゆる武器だった。
剣、槍、斧。鎖に短剣。鎧。そして、大量の火砲。
ありとあらゆる武器がそこにはあった。その異様な雰囲気に、ミラは少しだけ恐怖心を覚えた。
「アルク」
「ああ?」
「武器で、天使様、殺すの?」
「ああ」
「何で、天使様殺すの?」
「うっとおしいから」
「え?」
「うっとおしいから」
彼はそういうと、面倒そうに傍の机の上に置いてあった固いパンを口にほりこんだ。ガリガリと音を立ててアルクはパンを細かくかみ砕いていく。
そしてアルクはミラに向かってこれを喰えと、アルクは言葉にせず言った。それを見て、ミラは固いパンを口に運ぶ。
小さな口を開けて、ミラはパンの端を少しずつ削って口に含んだ。そのパンは、一切の水分が無く、どことなく苦みもあって、子供のミラにはあまり美味しいものに感じられなかった。
音が鳴る。奥からいくつかの箱を持った店主メナスが出てきた。その荷物を置いて、彼女は小さく溜息をついた。
「はぁー奥にしまいすぎた……あれ? そのパンどうしたの?」
「ここにあった」
「え? あー……昨日の朝のやつか。まぁいいわサービスしたげる」
「こんな不味いパンで金とるんじゃねぇよ」
「不味くても食べれればそれでいいでしょ」
メナスは椅子に座って、腰から工具をいくつか抜いて机に並べる。
彼女は片手に火砲を持ち、器用に隙間に工具を差し込んだ。一度、二度、カチャカチャと工具をひねると、静かに火砲の金属部分が開いた。
外した部品を机に置いて、代わりの部品を取って組み立てていく。火砲、神から与えられし人の武器。それを修復するメナス。
金属が擦れる音が部屋に鳴り響く。小さく息を吹きかけて、メナスは火砲に着いた埃を吹き払った。
「それで? 今回も無駄骨?」
「まぁな……天使ばっかりだった」
「そりゃねぇ、間引きで神なんて出てこないって。まだ聖女様の近くにいた方が可能性あるわ」
「るっせぇな。いつか出てくるかもしれねぇだろうが。そっちは、何か情報ねぇか?」
「聖女様が戻ってくるってことぐらいかしらね。間引き終わったら、戻ってくるらしいわ彼女」
「そうか……ああ? ちょっと待て、まだ間引きやってんのか? もう一か月だぞ? 今回は一万だ。そこまで時間かかるのか?」
「え? あーそういえば時間かかりすぎかもね」
「おい、最後の間引きどこでやってるんだ?」
「いつもと同じ。東から北、西から南。最後は南でしょ。教会あるし」
「南か……」
それっきり、二人は口を閉じた。何かを考え込むアルク。武器を修理するメナス。パンを口に運ぶミラ。
しばらくそのまま、少しの時間が経ったあと、メナスは立ち上がり火砲をアルクの前に置いた。
それを受け取って構えるアルク。手の中でそれの感覚を確かめて、彼は火砲を腰に仕舞った。
「はい、それじゃ支払いはどうするアルク?」
「あの袋の中に天使どもから奪ったミスリルの武具がある。全部持って行ってくれ」
「お? やりぃ、ミスリル貴重なのよね地上だと。ありがとうございまぁす」
袋を開けてそこに詰まった短剣や槍の欠片を手に取るメナス。その顔は、笑顔だった。
武器職人メナス。神の武器を売る女。神の武器を取り扱える女。
神に管理されたこの世界で唯一の、神を殺す武器を取り扱う女。
ミスリル金の武具が詰まった袋を足元に置いて、彼女は顎を腕の上に乗せて、いたずらっ子のように微笑んだ。
「ねぇ、君、名前何て言うの?」
「ミラ、です」
「ミラ。お父さんとお母さんは?」
「天使様に、殺されました」
「天使様憎い?」
「え? えっと…………よくわからないです」
「ふふ……そりゃそうね」
優しそうに、でもどこか他人事で、メナスは少女ミラの顔をじっと見ていた。
ミラの顔は凍っていて、それはメナスが怖いからというわけではなくて。
うっすらと、ぼんやりと、ミラは気づいていた。この世界に気づいていた。
――だから
「行くか」
「うん」
アルクが立ち上がる。ミラも立ち上がる。
ミラは、アルクについて行くことを選んだ。彼は教えてくれる。この世界の在り方を教えてくれる。
だから、ついて行く。
「ミラ」
「はい、メナスさん」
「しっかり見てきなさい。あなたは、この世界の歪さを知るべきよ。でないと、一生泣けないわ」
「え?」
「ふふ、それではお二人とも、また別の町で会いましょう。メナスの武器屋。どうぞごひいきに。今度こそあなたの大槍、見せてね」
「気が向いたらな」
二人は武器屋を後にした。人が持ってはいけない武器を取り扱う者メナス。当然のように、彼女は常に人に見つからないよう一か所にいることはない。
ミラは武器屋から出ると、何となく違和感を感じて振り返った。武器屋に通じる石の扉。確かに後ろにあったはずのそれは、いつの間にか綺麗さっぱり消えていて。そこにあったのはただの石の壁だった。
首をかしげるミラ。アルクはミラに構わず先へと進む。置いてかれないように、彼女は追いかけた。
神々が管理する世界。全ては歪。その歪さが、まだミラには見えてなかった。だがそれはすぐに見えるようになる。彼女にも見えるようになる。
彼女もまた、神に殺された者なのだから。




