第28話 足掻くことを知らない人々よ
王城は石でできている。無数の石を積み上げてできている。
人の世界で最も大きな城である王城は、世界で最も強固な城である。塀の上には巨大な矢を放てるバリスタがあり、城門の真上には巨大な大砲が置かれている。
その一撃がもし人の群に放たれたならば、どんなに巨人な肉体を持つ戦士とは言えたちまち絶命するだろう。
過剰。間違いなく過剰。敵などいないこの世界において、兵器が存在することそのものが過剰。
一体何と戦うのか。
一体何に使うのか。
一体誰が使えるのか。
小太りの王が一人、玉座の上で溜息をついた。
「どうなされました国王陛下」
傍に立つ細身の男が王に問いかける。細身の男はこの国の執政官である。王が疲れた顔をしているということに気づくほど、彼は優秀だった。
「私は……飾りだろうシェバド」
「は?」
王は遠くを見ていた。玉座から見えるのは謁見の間。いつもなら騎士が大臣が駆けまわり、世界中の商人たちが商売の許可を得るために集まる場所であるが、今いるのは王と執政官であるシェバドだけだった。
王はけだるそうに、頬杖をついて広い部屋を見回していた。
そして彼は、ぼそりと呟いた。
「なぁシェバド。お前は、私を尊敬できるか?」
「当然です。王は慈悲深く、弱き者の言葉にも耳を貸し、何よりも」
「嘘はいい」
王の言葉に、怒りが混じった。玉座に座らされている王にとって、よい仕事ぶりだと言われることは個人の否定に相違なく。
王は、大きく溜息をついた。
「テンプルが、小さき罪で人を捕まえ、好き勝手に弄んでいることを私は知っている。神は間引きの詳細を私には事前に教えてはくれない。商人たちは私の署名だけを欲しがる始末」
「……それは」
「妻は私に隠れ若い男を部屋に招き、娘は私を敬うことをせず日夜闘技場に入り浸る。お前たちが、王は適当にあしらえばそれでいいと言っているのも私は知っている」
「申し訳、ございません。私の監視が……」
「神がこの世界を創った。我々の世界。人の世界。確かに自由はある。確かに生はある。確かに幸せはある。だが、我々は家畜以下であると思わないか?」
「国王陛下、誰が聞いているか」
「誰も、きっとこの王都に集まっている者は誰も、それに気づいていない」
「陛下」
「聞いているさ。私の愚痴は全て神の耳に届いているさ。それがどうした。どうせ、私は飾りだ」
立ち上がる国王。王冠を椅子に残し、王は歩く。自らの足と力で。王は歩く。
「ああ……たとえ神とは言え、この所業……許せるのか……?」
「陛下お言葉が」
「人の血が、何になるのだ……」
「……陛下?」
「ああ、神よ人よ。そこに差は、あるのだろうか」
「陛下? お待ちをどこへ?」
王は、赤い絨毯の上を歩く。謁見の間は城の上階である。バルコニーに通じる扉を開けば、強い風が中へと吹き込んでくる。
王は扉を開き、バルコニーの先に立った。
「見ろシェバド。人が、神の声に従い沢山集まっている。沢山、たくさん、たくさん」
「……左様に。今日は風が強うございます。中へお戻りを国王陛下」
「人の生は全て管理されている。生かすも殺すも、すべては神の掌の上。シェバド。お前はこの大量の人の中に、英雄たる者はいると思うか?」
「それは……いるとは思えません。国王陛下、中へどうかお戻りを」
「そうだ、人は、あまりにも……あまりにも神の下にいることに、慣れ過ぎた。ああ、辛い。辛い世界だ。つまらん世界だ。下らん世界だ。なぁシェバド」
「はい」
「あとは任せる」
「は……? 国王陛下!?」
王は、それだけ言って、バルコニーの端から身を投げ出した。
王城は巨大な城。国王は人の長。そこにあるのは高価な装飾品。うまい食事。誰もが羨む生活を与えられた王は、集まった人々の陰で自ら命を絶った。
巨大な音が鳴り響く。シェバドはバルコニーから下を覗き込む。そこにあったのは、赤い染みだけ。
きっと誰も王のその行動を理解する者はいないだろう。
王は全てを与えられていた。王として振る舞うために、全てを神から与えられていた。
だからこそ、捨てたくなったのかもしれない。
自分の手で、自分を取り戻したかったのかもしれない。
人は集う。たくさん。たくさん。神が言うにうは魔神の軍勢がやってくるという。それから世界を守るために、人は集っていく。
戦いになる。争いになる。戦争になる。きっとたくさんの人が死ぬ。たくさんの命が消えていく。
綺麗な男が笑っていた。長剣を地面にさし、王が赤い染みとなった場所を王城の最上階から見下ろす男が笑っていた。王が死んだというのにその男は笑っていた。
神は個人を助けない。
神は人を愛さない。
神は誰も助けない。
神は愛を知らない。
「ふふ……抵抗にしては、小さいね。小さい。所詮人間。こんなもの」
戦いが始まる。遠くに近くに、絶対的な力がやってくる。大きな大きな戦いが始まる。
その戦いにおいて、最初に死んだのは人の王だった。




