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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第27話 勇敢で愚かな群衆たちよ

 その場にいる全員が、許しを求めているわけではなかった。


 だがそれでも、必要とされていることが、人々の足を進めた。


 何をすべきか、何ができるか、そんなものは誰もわからないし、理解できない。


 それでも、人は集まった。



 ――命の意味を求める数百万の人間たちが、そこにいた。



 人がいる。沢山いる。王都にいる。


 王都リゲリア。神に王権を与えられた王が作った、この世界において、初めて人の手で創られた都。


 遠くに見える巨大な城は人の象徴。その城があるから、人は社会を維持できる。それがあるから、人は人として国を維持できる。


 当然に、その城がある都も巨大。しかしながらさすがに数百万の人は受け入れられない。王都の外には、沢山の天幕が並んでいた。


 そこはまるで都市を追われた難民のキャンプのようだった。


 所々に浮かぶ香ばしい匂いがする煙。食糧を調理する煙だ。人々はその煙を囲み、パンをスープを、笑顔で受け取って口に運んでいく。


 そこにいるのはほとんどが若い男だった。女もいるにはいるが、ちらほらとしか見当たらない。神の配下として戦うために呼ばれたのだ。老人や子供は故郷に置いて来たのだろう。


 いろいろな人がいるが総じて彼らは笑顔だった。嬉しそうに集まった人々と語りあっている。楽しそうに、嬉しそうに、これから何をさせられるのかなど、気にもしないで。


「おお……これが、剣……」


 一人の男が、銀色の剣を鞘から抜いて呟いた。剣はありとあらゆる物語に出てくる武器の基本である。だが、争いが無かった人の世界において、テンプル騎士団以外で実際にそれを握ったことがある人間など皆無に近い。


 騎士たちの手で食事と共に配られる銀色の剣を、人々は胸を高鳴らせながら受け取って行く。武器は持つだけで気持ちを強くさせるものなのだ。


「のぉそこの騎士」


 天幕の間を歩く騎士の一人が、唐突に呼び止められた。騎士は振り返る。


 そこには、大柄の老人が頭までフードを被り、地面に直接腰を落としていた。老人の傍には大剣。


「どうした老人」


「子供の用の武具はないのかの。流石にこれは、持たせれんぞ」


「子供……?」


 騎士は老人の後ろを見た。天幕の下に、数人の子供たちがいた。


 子供を連れてくる者がいたのかと、騎士は少し驚いた。


「うむ、防具だけでも良いのだが」


「子供用……それは、実に感心だが、だが流石に子供は……」


「子供は駄目か?」


「いや……分かった。騎士学校の生徒のための鎧が倉庫にあると思う。それでも少し大きいとは思うが、直ぐに持ってくる」


「ああ、頼む。剣は訓練用の木剣でもかまわんぞ。鎧置き場の奥に何本かあるはずじゃから」


「ああ……? もしやテンプル騎士団の関係者か老人? その大剣……我々が用意した物にそんなものは……」


「詮索はいらんじゃろう? とっとと取りに行けぃ」


「わ、わかった……」


 騎士は何かを感じたのだろうか。直立し、軽く頭を下げてその場を去っていった。老人は、頭のフードを外し、その禿げた頭を空気に曝した。


 伸びた髭を擦る老騎士ダナン。外套の下には鋼の鎧。天幕の前でダナンは、息を吐いた。


「おいおい、あんま目立つなよじじい」


 天幕を捲り現れるアルクァード。背には大槍。鎧は赤錆。その存在感は、周囲の男たちの眼を一瞬奪うほど。


「誰のせいでこんなこそこそしとると思っとるんじゃアルクァード」


「ユーフォリアのせいだろ」


「お前のせいじゃお前の。無駄に目立つ格好しよって。ユーフォリア様を見習え」


「見習う、ねぇ……」


 アルクァードは天幕の中を横目に見た。食事を取る子供たちの奥に、ユーフォリアが座り込んでいた。


 その身体を覆うは銀色の鎧。胸を腹を覆い、手や足を覆っている。長い青髪は束ねられ編み込まれ長い尾のように垂れ下がっている。


 その姿は、聖女として聖堂にいた頃からは想像ができないほどの、戦う人としての姿だった。


「そりゃ……誰もユーフォリアだとは思わねぇだろうが、逆に目立つだろうがあれも」


「まぁ……何故か大腿部と胸部に隙間があるしの。眼福ではあるが、恥ずかしがって天幕から出てこんしなぁ……」


 ダナンが言うとおりに、ユーフォリアの鎧は大腿部と胸の上部がむき出しになっていた。常に聖女として貞淑であれと心掛けてきた彼女にとって、それはあまりにも初体験で。あまりにも恥ずかしくて。


 ユーフォリアは足を胸を手で隠しながら天幕の奥に隠れていた。


 アルクァードは溜息をついた。


「メナスおい、金属ケチったなお前」


「全部ミスリルでやれとか言うからでしょう。文句言うならもっと金貨を用意しなさいっての」


「全部くれてやっただろうが。もうねぇよ」


 メナスは天幕の陰で長銃を整備していた。表からは見えない場所。火砲の銃身の中を棒で押し、煤を取り除いている。


 土埃舞う王都の外。沢山の人の声が混じり、地鳴りのように声が鳴り響いている。その人々の中に、アルクァードたちはいる。一つの天幕を借りて。


「それにしても人が多いのぉ……少し酔ってきわい」


「おかげで誰も俺たちを気にしねぇんだ。文句言うなよ」


「まぁの……アルクァードだけならまだしも、ユーフォリア様まで目をつけられているとなれば、普通であれば王都なんぞ近づくこともできんわ」


「ああ」


 群。沢山の人。沢山の声が、彼らの前を行き来する。


 アルクァードの姿を見て足を止める人がいる。訝し気に顔を見る人がいる。


 道を行き来する者達は、神に呼ばれてきた者達。少なからず自分の意思で来た者達。だからそこは、活気があった。だからそこは、生きていた。


 人々が笑っている。歌っている。叫んでいる。止まった世界が、そこだけは動いている。


 アルクァードは少しだけ、そこに居心地の良さを感じていた。


 その時、カチリと軽い金属音が鳴った。


「神は個人を見ない」


 メナスが長銃の引き金を引いて、小さく呟いた。


「神は個人を助けない」


 銃の撃鉄を起こしてもう一度、かちりと音を鳴らして。


「神は個人に興味がない」


 長銃を地面に置いて、空を見上げるメナスの赤い目。


「期待してはいけないアルク。あなたが思っている以上に、神は残酷なのよ」


 人々の声の波に消えるメナスの忠告を、誰も聞いてはいない。空は白く、太陽は強く、人は活力に満ち、子供は笑う。


 赤い眼を閉じて、メナスは小さな声で言った。


「こんな偽物の世界。いっそ壊れてしまえばいいのに」

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