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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第24話 ランプの灯りを囲んで

 ――窓が閉められた。


 老騎士ダナンの家に住む子供たちは皆、窓が閉まれば寝床に向かう。夜は寝るものだと、教えられているからそうする。


 小さなベッドが並ぶ寝床。空いてるベッドは二基。促されるがままに、アルクァードが連れていたミラとリオンはその空いたベッドに横になった。


 久しぶりのベッドである。睡魔は瞬く間に二人を包み込んだ。寝息が部屋に漏れる。


「……まぁ、どうしたってガキはガキだよな」


 誰に聞かれることなく呟いたアルクァードの顔は、酷く寂しそうで。悲しそうで。


 彼はベッドの並ぶ部屋を後にすると、階下に降りる。食卓の上に並んでいた皿は綺麗に片づけられ、机の上にはランプが一つだけ。


 ゆらゆらと炎が揺れている。椅子に座るダナンとユーフォリア。アルクァードはユーフォリアの隣の椅子に腰を落とした。


 光が揺れる。陰が揺れる。


「さて、ではな。夜を語るとするか」


 時が進む。夜が更ける。歩みは進む。


 暗闇の中、老騎士ダナンはその長い髭を擦りながら、語り始めた。


「丁度、二年前。アルカディナ様の降臨祭から数えて四年。ワシがテンプル騎士団の長として最後の行為臨祭の日が来た。降臨祭の期間は全ての階級の者たちに自由が与えられる。それは知っておるなアルクァード」


「農奴も炭鉱奴も、牢獄の中の罪人も、その日から一か月だけは仕事を休みどこへでも行ってもいい。町に行けば食料はタダで配られるし、身分違いのやつと話しても咎められることはない」


「そう。当然、問題も多く発生する。テンプルはその間休まることは一切ない。まぁ、その日以外は大した仕事もないんじゃけどな」


「山賊も盗賊も、大分減ったからな俺たちが派手にやったせいで」


「まぁの。そして降臨祭は神が我々人の前に姿を現す唯一の日でもある。何度も繰り返されたことじゃ。ワシらは祭りの準備が終わり、世界に触れを出した後、王城が最上階で神の降臨を待った。国王陛下。王妃殿下、王女殿下。各聖堂の司祭と、聖人たち。ユーフォリア様もその場におりましたな?」


「はい、寒い日でした」


「まぁ聞いてると思うがの。結局、その日に神は降りてこんかった。一日待ったよ。夜中まで待った。結局、テンプルはその日から忙しいし、王女様も幼子であった故解散することになった。神のいない降臨祭。ワシも騎士となって長いが、初めてじゃったそんなこと」


 カップが揺れる。中に入っている紅茶に波紋が走る。


 ダナンは紅茶を口に少しだけ含むと、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。


「その日から、奴らは現れるようになった。黒い鎧、黒い馬、黒い剣に黒い槍。真っ黒の軍団が現れるようになった。最初は、数人……数騎、か? まぁそんな小さな軍団だった。ワシらでも容易に撃退できるほどの」


「黒い軍団? なんだそれ知らねぇぞ俺は。ユーフォリア隠してたのか?」


「いえ、私も初耳」


「王都から西。霊峰の先の小さな村々にしか出てこんかったし、ワシらの方で情報は止めておったからの。人の世は、平和でなければならない。神の言葉じゃ」


「何で神様ってやつはそう過保護なのかねぇ……情もクソもねぇくせに」


「まぁ、保護される理由があるんじゃろうな。ま、当然じゃろう。アルクァードのような人ばかりではないのだ。いうなれば神にとって我らは小動物。謎の軍団が人の集落を襲うなどと知れば世界が混乱しかねん」


「混乱する気力もねぇと思うがな。で、黒い軍団? そいつらは何なんだ?」


「わからん」


「おい」


「はははは、冗談ではないぞ。誰にもわからんのだ」


「んだそれは……」


 アルクァードも、机に置かれた茶を口に運んだ。彼は茶をちまちまと飲むことはしない。上を向きカップを傾けると、一気にその中身を喉に流し込んだ。


 茶の熱さが喉を走る。小さく息を吐く。


「よい茶であろう? ワシが庭で作っとるんじゃ。老兵の引退後の趣味というやつじゃな」


「違いがよくわかんねぇよ」


「まだ若すぎたか。はははは」


「で? それからその、わけわかんねぇやつらはどうなったんだ?」


「うむ。やつらは、現れるや否やそこにいる生き物を家畜も含めて殺し、首を串刺しにして並べた。ワシらが撃退したとしても、何度でも同じ場所に現れるのだ。妙な話ではあるが、妙な風土病のようじゃった」


「そいつらは、殺して首を並べた後は何をしてるんだ?」


「何もしない。どこかに攻め入ることもしない。じっと、そこにおるのだ。何がしたいか全くわからん。逃げた農奴を追うこともしない。ただやつらは、その場所におるだけなのだ」


「戦ったんだろう? 死体はどんなんだ? 人か? 亜人か? それとも天使か?」


「何もない。倒して中を調べようと鎧をはいだが、何もなかった」


「馬もか?」


「馬もだ。黒い甲冑に身を包んだ馬は、死んだ瞬間に消えた」


「何だそれは……わけわかんねぇな」


「うむ。そしてワシらは、何度かやつらを撃破して農奴を入植させたが、あまりにも殺されるのでな。村を放棄することにした。農村は人のためにも必要な物ではあるが、農作物を作れん農村など意味がないからの」


「その村の場所は?」


「地図がある。これじゃ。今広げよう」


「ユーフォリア、灯りを強くしろ」


「うん」


 ユーフォリアはパチリと指を鳴らした。すると、ランプの火がまるで光の玉のように明るく強くなった。


 机を照らす明かり。ダナンが広げた地図がを照らす。


「ほぅ便利ですな。ユーフォリア様の法術は他の聖人たちのモノとは違い、何とも強力で優しいか」


「先生の教え方がうまかっただけですよ」


「神の教えを直接受けたモノなど他にはおりますまいな。ははは。さて、ではその村の場所だが、ワシの家がここ、霊峰がここ、その村の場所は、ここじゃ」


「世界の端じゃねぇか」


「うむ、橋である故にワシらも対応は楽じゃった。街道をふさげば誰もいけんくなるしの。近くに駐屯地を作り、黒い軍団が出ては倒し、出ては倒し。しばらくはそれで問題はなかったんじゃが……数か月経った頃じゃ。やつらは霊峰の上にある神殿に突然現れた。地図で言うとここじゃな」


「辺鄙なところにご苦労なことだぜ」


「神殿は神のための場所じゃ。テンプルの騎士や司祭に加え、天使たちが羽を休めるための場所でもある。そこに現れたことで、天使たちもその軍団の対応に動いた。人の騎士、亜人や獣人、そして天使。総勢千名以上。ちょっとした師団になったの」


「それで……急に天使たちが増えたんですね」


「ユーフォリア様も感じておられましたかな。そう、それで神の国から天使様が大量に派兵されてきました。神殿を奪還し、黒の軍団を調査するため、天使様たちと共にワシらは神殿に攻め入りました。そして……ワシらは勝った。相当な被害が出て、その責任を負って大分人が入れ替わりましたがな」


「それで引退したのかじじい」


「まぁの。歳も歳じゃし。後任がどーも気に入らんやつじゃったがな。お前がいてくれればのぉー無理にでも推したのにのぉ」


「おうそうかい。そりゃ戻らなくて良かったぜ本当に」


「はははは」


 残った茶を喉に流し込むダナン。いつの間にかランプの光は弱まっている。


「引退後、ワシも少しの間事後処理のためにあそこにいましたがな。結局神殿にまた黒い軍団が現れた。今度は数百の数じゃ。勝利もつかの間、テンプルは神殿の放棄を決定した」


「……まさに、病気だなそこまでいくと」


「うむ。そしてやつらはワシがテンプルから引退後住んでおった霊峰の下の村まで現れるようになった。ワシも抵抗したが、無理じゃ。今は遠く離れたこの場所に家を建てて暮らしておるのじゃ」


「そうかい。じゃあ昼間に村にその黒い軍団がいなかったのはじじいがやったからなのか?」


「いや、テンプルじゃ。近くにあの村を監視する用の駐屯地がある」


「そうか……結局じじいも、わかんねぇってことか」


「あまりにも現実離れしているやつらじゃ。十中八九、神に関わりがあると思うんだがの……天使たちはワシらに何も教えてくれんしな……たぶん数日内にやつらは再び現れるであろう。一度見に行くかアルクァード?」


「ああ……そう言ったことに無駄に知識があるやつがいる。あいつを連れて行こう。何かわかるかもしれねぇ」


「ほぅ?」


「あいつ、今夜は鉄の扉から出てこねぇつもりだな。飯運んでやったが、喰ったのかねぇ……とりあえず夜明けまで時間がある。一眠りしよう。じじい、俺たちのベッドはあるか?」


「大丈夫じゃ。部屋は多めに作ってある。ベッドは埃被っとるかもしれんがの」


「ユーフォリアが法術で綺麗にしてくれるさ。なぁ?」


「うん、任せて」


「本当に便利だのぉ……」


 そして夜は、更けていった。 

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