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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第16話 魔女裁判

「おはようございます皆さん。本日はお仕事はお休みとなります。皆様速やかに聖堂に集まりましょう。本日は魔女裁判です。皆様そろって、魔女の最期を見に行きましょう。本日はお仕事は」


 神の声が町に響き渡る。冷たい冷たい神の声。人はその声を聞いて、寝ぼけた頭を抱えながら動き出す。


 パン屋の主人がパンの竈を止めた。今日は仕事は休みだ。


 洗濯屋の主人が水を止めた。今日は仕事は休みだ。


 道に出ていた子供たちが親に呼ばれて駆け寄った。今日は仕事は休みだ。家族連れで、一日過ごすことができる。


 今日は仕事は休みだ。町にいる全ての人は働かなくてもいい。さぁお出かけ用の綺麗な服を着て、十字のアクセサリーをつけて出かけよう。


 神様が呼んでいる。今日は神様が用意した特別な日。さぁ出かけよう。今日は特別な日になったんだから、出かけよう。


 神様のいう通り。今日は特別な日になってしまったんだから、出かけよう。


 今日は、聖女様が死ぬ日。


「ではこれより、魔女裁判を始める」


 聖堂の前に大きな広場があった。広場には沢山の人が押しかけていた。大人も子供も、男も女も、皆興味深そうにその広場の中心を見ていた。


 広場の中心には沢山の騎士。そして、白い翼を持った天使。天使の姿はただただ美しかった。


 男の天使の一人が衆人たちの中にいた一人の女を見た。その女は頬を赤らめ、顔を伏せた。


「神官長、天使様の前で罪を告げ給え」


 黒い衣装の審問官が老人に言った。老人はそれを受けて静かに頭を下げた。


 天を衝くような長い帽子をかぶった老人は、枯れ木のような手で聖典を持っていた。頭を下げた後老人はゆっくりと歩き、祭壇へと向かう。


 祭壇には天使たちが立っている。天使たちの中心、一際豪華な衣装を纏った白い天使。老人は、その天使の前に跪いた。


 そして、老人は淡々と語り始めた。


「神の代行者たる天使様。お許しください。我らが聖女ユーフォリアは、罪を犯しました。どうか裁きを。我らが聖女に裁きを。我に裁きを」


 天使は剣を掲げる。神の金属、ミスリルの剣。清らかな金の中の銀。


 剣は振り下ろされた。風を切る音が小さく鳴った。遅れて落ちる、老人の首。べしゃりと小さな音を立てて、その首は真っ赤な血を吐いて地面に落ちた。


 衆人たちは静かにそれを見ている。誰も驚きの顔すら見せない。笑っている者もいる。


 老人の身体が騎士たちの手で片づけられた。淡々と、淡々と。


「では、幕を。護衛騎士カリーナ・エリン。魔女が姿を衆人の前に」


 白い鎧を全身に纏い、フルフェイスのヘルムを被った赤鞘の騎士が剣を胸に当てた。彼女の後ろには木の骨組みに掛けられた白い幕があった。


 赤鞘の騎士は剣を振る。一閃、真横に。


 落ちる幕。白い幕はそのままパサリと地面に落ちて。


 現れたのは大きな木。そして――――黒いドレスの魔女。


「おお……」


 衆人の一人から声が漏れた。聖堂で日々人々を癒していた聖女様が、そこにいたからだ。老人が首を落とした時よりもずっと、人々は強く反応した。


「この者の罪を告げよカリーナ・エリン」


 冷たい声。審問官の声は、ただただ冷たくて。そこに一つの人間性も無かった。


 赤鞘の騎士が剣を鞘に納め、地面に立てる。彼女は、両手でそれを倒れないよう剣を支える。


「天使殺しの加担。神への反逆」


 ただそれだけ、冷たく言い放ったその言葉。衆人たちは驚きの顔を見せる。しかし人々はそれ以上は反応しない。


 魔女裁判。裁判と言うのは名だけ。結局は、決まりきった結論を下に行われる儀式。聖女としての立場を与えられた者を殺すための儀式。


 死の儀式。


「では審判である。これよりこの者を火あぶりに処す。生きれば無罪。死すれば有罪。天はこの者を試しになられる」


 処刑が審判。その歪さに、誰も気づかない。


「最期の言葉を残すことを許そうユーフォリア。さぁ、天使の前でその罪を告げ、許しを請うがいい。奇跡は、神のために」


 進む。儀式は進む。人々は唾を飲む。何を言うのか、何を話すのか、磔にされた聖女は何を言うのか。


 聖女ユーフォリアは、分け隔てなく人々に祈りを捧げる人だった。幼き頃は農村で育った彼女は、農奴であれ区別はしなかった。


 人々は彼女を愛した。彼女を敬った。皆、彼女が好きだった。


 だから興味がある。何を言うのか興味がある。いつの間にかその広場にいる衆人たちは、皆無言になっていた。子供でさえ、ピタリと音を出すのをやめた。


 静寂が周囲を包む。木に括りつけられたユーフォリアは顔をあげ、周囲を見回した。彼女の顔は、いつも通りだった。


「皆様、ユーフォリアです。おはようございます」


 彼女の声は、いつも通りだった。彼女の声を聞いたことがある者は多かったから、その声がいつも通りであるということに人々は驚きを隠せなかった。


「罪。確かに私は、天使様の居場所をある人に言いました。それが罪だと、分かった上で」


 暖かな声。暖かな日差し。


 騎士の一人が松明を持つ。ユーフォリアの足元に木を積み上げていく。


「皆様も知っていますね。男女2人が愛し合えば、子が生まれます。人は、増えるのです。愛しき子を成して、増えるのです」


 騎士たちは剣を胸に当て、審問官は神の書を広げる。司祭は手を組み祈りを捧げ、天使たちは無表情でそれを見る。


「神は、増えません。私の知っている神様が言いました。神は極端に子を成す力が弱いと。何千年も生きる神はきっと絶対的すぎるので、増える必要がないのでしょうね」


 ユーフォリアの足元に、松明が近づく。


「だから、神は恐れたのです。人を恐れたのです。知ってますか皆さん。神は、人の数を減らし始めました。ゆっくりと、ゆっくりと。間引きと言う形で。信じられますか? この二年。神が殺した人の数は10万を超えます」


 火が、着いた。


「確かに、確かに私たちは、町に住む私たちは、そんなことは関係がありません。間引きがあること自体知らない人も多いでしょう。でも、ね。人は殺されているんですよ。たくさん、たくさん。町民も下から農村に送られて、定期的に。人知れず。たくさん、たくさん、たくさん」


 ――足音が、なった。遠くで、近くで、地鳴りのような足音が。


「私の両親は間引きで殺されました。運が悪かったと、最初は思うようにしました。でも駄目でした。私の大好きな人が、私に言ったんです。我慢する必要なんかない、と」


 ――ガシャンと、金属音がした。


「もし、神に逆らうことが罪だと言うのならば。もし、それによって魔女だと呼ばれるようになるのならば」


 ――音が、近づく。


「いいでしょう。魔女になってあげましょう。皆さんこんにちは。聖女改め魔女ユーフォリア、本日より神様に反逆させてもらいます。温室育ちの町民様。たっぷり現実を見て、たっぷり考えてくださいね」


 自分は関係ない。その思いこそが、歩みを止める。


 与えられた自由。与えられた生。


 火が昇る。ユーフォリアの足元に着けられた火は、乾いた木を焼きながらゆっくりゆっくりと上へ昇っていく。


 ユーフォリアの言葉を聞いて、理解できたものはきっと数人もいなかったのだろう。人々の中には聖女が壊れたと思い涙を流している者もいる。


 騎士たちは冷たくユーフォリアの姿を見ている。ついに狂ったかと、言わんばかりに。


 狂っているのはどちらか。壊れているのはどちらか。


 ――銀色の光が空を舞う。


「ねぇ、遅すぎるって言っていい?」


 爆音。爆ぜたのは、ユーフォリアの足元の火。


 火の粉が舞う。燃えた木が周囲に飛び散る。


「魔女ユーフォリア、か」


 それは、巨大な槍だった。銀色で、金色で、七色の光沢をもっていて、この世の物とは思えないほど美しい、巨大な槍だった。


 槍はユーフォリアの足元の、燃え盛る木々に突き刺さりそれを木端微塵に吹き飛ばした。


 火の粉が舞う。炎が散る。人々は一斉に振り返る。騎士たちは一斉に剣を抜く。


「聖女なんかよりもずっとらしいぜ」


 巨大な片翼の天馬に跨り、赤錆の騎士アルクァードはそこにいた。笑うアルクァード。人々は気づいた。一目見て気づいた。


 こいつこそが、神への反逆者。


「さぁてぇ、それじゃ魔女様をいただこうかね! 邪魔すんじゃねぇぞてめぇら!」



 ――巨大な天馬が、駆けだした。

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