表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
14/104

第14話 正常な世界

 女神様は言いました。


「折角の下界、どうせならもっといろんなものを見てみたいな。連れて行ってくれる?」


 それを聞いた騎士様は慌てました。普通であれば、降臨祭で降りた神様は、王城から出ることはないのですから。事実、それまで誰一人王城から出たいと言う人はいなかったのですから。


 今まで同じようなことはありませんでした。ですから、騎士様は女神様を説得しました。外はここよりもずっと汚くて、異端者も少なからずいて、決していいところではないと騎士様は言いました。


 女神様は聞きいれません。それどころか、そんな危険で汚い、人の世界を見てみたいと訴えました。


 騎士様は困りました。前例はないのです。女神様は、あまりにも綺麗でしたので、外の汚い世界を見せていいのかなと、とても迷いました。


 騎士様は悩みました。そして騎士様は幼馴染の女の子に相談しました。


 女の子は言いました。


「行きたいって言ってるんだったら連れて行ってあげれば? 私も行けば騎士団長も何も言わないんじゃない?」


 騎士様は悩みました。女神様のいる部屋に戻ると、女神様は大きな槍を背に担いで、騎士様を待っていました。


 騎士様は諦めました。神が行きたいと言ってるのだから、言うとおりにしよう。神様の、言うとおりにするのが、この世界の決まり事。


 そして騎士様と女神様、そして、騎士様の幼馴染の聖女様。三人は旅に出ました。人の世界を見る旅に。


 女神様が人の世界にいるのは一か月。世界を見れるのは一か月。世界を巡る一か月。



 彼らにとって、もう二度と来ない、夢のような一か月――――



 ――――



 ――――



 日が落ちた。


 暗い夜が来た。


 人は眠る。神も眠る。全ては安らぎの中に。微睡の中に。


 当然その町も、沢山の人が集まるその町も、微睡の中に。


 彼らだけは違う。


 小さな二つの陰。夜の闇の中、人が少なくなった町の中を少女と少年が駆けている。


 光を失った瞳で、光を求めて走る少女ミラ。息を切らしながらそれを追い駆ける少年リオン。


 建物と建物の間に飛び込む二人。狭い路地を駆け、二人は裏路地を進む。


「聖堂から出てからずっと同じような建物ばっかりで……ほ、本当にこっちなのミラちゃん!」


「うん。もっと急いで」


「急いでって……何でそんなに足速いんだよミラちゃんっ……!」


「急いで」


「二回言わなくても急ぐよ!」


 木箱。何が入ってるのかはわからない。それを右に避けて、走る。


 角。よく見れば建物の陰に小さなねずみがいる。穀物を食い荒らす害獣だ。眼もくれず二人は走る。


 裏戸。中から聞こえてくる家族の声。漂う匂いは料理の匂い。これから食事の時間なのだろうか。気にせず二人は走る。


 二人は裏路地を走る。神都オーリアの夜。裏路地の中を小さな二人は駆けていく。必死に、必死に、二人は走る。


 全ては、一人の人を助けるために。


「リオンこっち」


「うん、でも本当にこの町に聖女様を助けれる人がいるの? 僕知らないんだけどさぁ」


「助けれるかはわかんない」


「えぇ!?」


「でも、なんか違う人。アルクみたいに」


「本当かなぁ……」


「リオン」


「何?」


「あの角の先」


「あ、うん」


 二人は走る。町中を。裏路地を。その先にある鉄の扉まで。


 時が進む。人は眠る。そして二人は、その鉄の扉の前にたどり着く。


 肩で息をするリオン。扉に駆け寄るミラ。全ては、聖女を助けるために。


 暗闇の中、鉄の扉はそこにあった。それは少女ミラがこの町に来て真っ先に連れていかれた場所。人が決して訪れない裏路地の奥に、それはある。


 ミラは扉に手を掛けた。少女ミラの小さい手は、その鉄の扉を押すにはあまりにも頼りなくて。


 扉は動かない。慌ててリオンも手を出す。二人で鉄の扉を必死に押す。


 扉は動かない。動く気配すらない。リオンは身体を鉄の扉に押し付けて、必死に押す。ミラも両手を扉につけて必死に押す。


 扉は動かない。


「な、なんだこの扉。っていうか、これ、壁じゃないの? ミラちゃん?」


「アルクは、簡単に押して開けてた」


「あの人でかいから……やっぱり力? いや、でも……」


「もう一回、リオン」


「わかった。いくよ。せぇのっ!」


 押す。扉を押す。必死に押す。


 それでも動かない鉄の扉。


 如何に子供の手とは言え、ここまでやって動かない扉などありえない。押して押して、押し続けて、力が入らなくなるほど押して。


 結局、鉄の扉は動かなかった。


「駄目だ……これ、駄目だよミラちゃん……きっと、鍵がかかってるんだ……」


「叩いて、開けてもらおう」


「叩いてもびくともしないし音もならないよ……何なんだこの扉。本当に、壁みたいだ……」


「……どうしよう」


「アルクァードさんはもう遠くに行ってしまってるし、魔女裁判は明日だ。僕たちは聖堂から追い出されたし、どうしようもないのかも……」


「どうしようも、ない?」


「あ……いや……そうだ、ミラちゃん。何か、ぶつけよう。大きな音が鳴れば出てくるかも」


「うん」


 周囲を探す二人。裏路地はかなり奥。よく見れば、もう使わなくなったであろう木箱が近くに積んであった。


 リオンは頷いてその木箱を手に取ろうと駆け寄った。軽く持ち上げてみる。


 空っぽだった。これなら子供の手でも持ち上げれる。


 リオンはそれ持ち上げようと腕に力を入れようと――


「コラ君、こんな夜中に悪戯は駄目だぞ?」


「うわっ!」


 そしてリオンは箱を落とした。その箱は真っ直ぐにリオンの足の上に落ちた。


「ぎゃあ!」


 大きな声だった。リオンの叫び声が裏路地に響き渡った。足の、親指の上。軽いとはいえ固い箱。


 悶絶するには十分な衝撃である。リオンは蹲り足をおさえた。少しでも痛みが引くように――


 立っていた。リオンの後ろにその人は立っていた。長くて黒い髪を後頭部でまとめて、赤い瞳を輝かせてその女は立っていた。


 人の世界において唯一であろう武器商人。メナスがそこに立っていた。


 涙目になりながらリオンは立つ。


「人避けちゃんとしてたのにどこから入ったの? 私の力ここまで弱まったのかぁ……かーなーりショック」


「えっと……メナ、ス?」


「うん? ああ、君確かアルクが連れてた女の子……あれ? それじゃこれアルク? どうやって縮んだの?」


「そんなわけない」


「そんなわけないかぁ。普通に返されると辛いなぁーお姉さん」


 はにかみながら笑うメナス。彼女は前の時のように作業用の服を着ておらず、町娘が来ているような簡素な服を着ていた。


 何とか歩き出すリオン。真っ直ぐにメナスの眼をみて何かを訴えるミラ。


「……何かあった?」


「メナス……アルクが、この町、出ちゃったの。私たち、聖女様のところに置いて」


「へぇ、ま、そりゃそうよねぇ。やっぱり子供連れていくもんじゃないし」


「それで、それで明日。聖女様。魔女裁判で殺されちゃうの」


「へぇ、ついに見つかったかぁ。危ない事してるって本人もわかってたでしょうけどねぇ」


「それで、聖女様助けて欲しいの」


「へぇ、お金は?」


「えっ?」


「お金出せる? 金貨、銀貨、貴金属。金属片でも価値があればそれでいい。お金、出せる?」


 固まる二人。メナスの瞳が、赤く輝いている。


「私は武器屋メナス。報酬のない仕事は一切やらないのが私。逆に、お金さえ用意してくれればなんでも用意します。火砲、剣、槍、斧。望めば小麦まで。なぁんでも用意します。それでお客様。お支払いの準備はできておりますか?」


「お金……」


「さぁ? どうしますかお客様?」


 空には三日月。地には闇。メナスは微笑み、ミラとリオンは互いを見る。


 薄暗い裏路地で。ゆっくりと確実に、時は過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ