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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第34話 こわれしモノ

 花だ。


 この美しき、素晴らしき世界を飾る花だ。


 その赤い鎧と、赤い槍は、世界を飾る花だ。


 20年と少し、神種としてはあまりにも短い生涯。それでも私は思う。


『これ以上に美しいものなど存在しない』


 憧れよりも強い感情、崇拝よりも強い感情、私があの方を見る眼は、強い強い感情に支配されていた。


 だから、あの方が私を見てくれた時は、絶頂しそうなほど嬉しかった。


 夢があった。あの方の傍で、この盾を振うと言う夢だ。


 寝ても覚めても、それだけを願って私は生きてきた。今も、それだけを願っている。


 あの方の神徒になりたいと頼み込んだ時、あの方は私に言った。


「別にいいけど、私の徒になったって身体能力が少しあがるだけよ。子供が数年たって大きくなる程度の……私はそこまで強い神格持ってないからね。メナスの徒みたいな、神器の階位が上がるほどのモノを期待してるとしたら、がっかりするよ?」


 神種の中でも最上位に位置する七神。神器の階位も、神格の強さも他の未熟な神種とはモノが違う方々。その七神の力を分け与えられた者を『使徒』と呼び、特に、神種が神の徒になった時は神徒と呼ばれる。


 神徒になるということは、神格を分けた方の子となることと同意だ。


 私はあの方を心の底から愛していたから、あの方の神徒となった。それによって得た力は、少しだけ盾が軽くなっただけではあったが、それが何よりもうれしかった。


 花だ。あの方は世界に咲いた花だ。この生と死の世界に咲いた、美しき花だ。


 決して散ってはいけない花だ。決して汚れてはいけない花だ。


 咲き続けなけばならない花だ。


 咲かせ続けなければいけない華だ。


 だから――――


「お前がどうしてその槍を持っているんだ!」


 地が揺れる。


 空が光る。


 少しづつ、少しづつ、時間と共に距離が縮まっていく。


 男との距離が。


 ――終わりへの距離が


 私の両手にある半円の盾に風が当たる。風によって身体が浮き上がるような感覚を覚える。盾は巨大だが、神たる者には重さなど感じない。神はその溢れんばかりの法力で、身体を形作る神格で、生物の域を超えた動きができるのだ。


 神の種は、全ての種を超える種族なのだ。


 腰を捻る。背中の筋肉が引き絞られる。


 前方に左腕、後方に右腕。いつもと同じ、盾で敵を叩き潰す構えだ。


 届く。距離はもうない。打ち込めば、もう届く。


「あああああああああ!」


 叫び、力を籠め、撃ち出す。私が、神徒アルケイアが、七神の一アルケイアが、神の盾と呼ばれるアルケイアが、半円の盾を撃ち出す。


 触れれば肉塊と化す、盾という名の武器を突き出す――――


 男は、ぼそりと、しかしながら分かりやすい声で、私に言った。


「うるせぇよ。下っ端に用はねぇ」


 下っ端?


 下位の者だと言ったのか?


 私は昇ったのに。


 いなくなった七神の代わりとは言え七神の一になったのに。


 あの方と同じ位になったのに。


 あの方と同じ場所に


「ぎっ!?」


 力の向きが変わった。


 突進し、前へ前へと進み、踏み込んで、前へと向いていた私の身体が、何かに押し戻されて後ろへと弾き飛ばされた。


 せっかく、並べたのに。

 せっかく、追いついたのに。


 あの方は、その槍は、私を否定するのか。


 飛び散る破片。飛び散る肉。飛び散る血液。


 思い出した。


 あの方は


     私を


       一度も




 ――――



 ――――



 ――――



 ――――



 白い


 白い服の老人がいる。


 『前の世界』で、老人が叫んでいる。


「君は、君は何をしてしまったのかわかっているのか!?」


 四角い箱が並んでいる。いくつもいくつも並んでいる。


 私は、箱の中から彼らを見ている。


「法力は世界を変えた! もはや電話など誰も使っていない! 遠くにいる人との会話も法力は可能にした! ガソリンもいらなくなった! 車も法力で動くし、飛行機だって法力で動いている! 僕らは、世界を変えれたんだ!」


 大きな声だ。白い服の男は、大きな大きな声で話している。傍にいる女が、その声に負けて後ずさりするほど、大きな声で。


「優秀だ。ああ優秀だよ君は! 君のおかげで私の研究室の予算はもう小国の国家予算並みになってしまったよ! もう何世代遊んで暮らせるんだろうな! だがな!」


 笑っていた。


 老人の怒鳴り声を受けている男は、怒られているのにも関わらず笑っていた。


「新しい生命を創るなんて、許されると思っているのか!?」


 箱。


 並んでいる箱。


 白い箱。赤い箱。青い箱。


 箱から覗く、崩れたナニカ。


「いくつ……いくつ創ったんだ……いくつ殺したんだ……こんな、こんなこと許されると……」


 老人が部屋を見回して嘆いている。部屋は箱で一杯。崩れて死んだ、命の残骸でいっぱい


「……君は、君は天才だ。生体金属を発見し、それを用いて法力を発生させる方法を編み出し、それを用いることで全ての技術を過去にした。君は、私なんか比べ物にならないぐらいの天才だ。だから、だからこそ私は君が怖い」


 怒り狂っていたはずの老人の顔が、いつの間にか恐怖で引きつっていた。恐ろしい。怖い。顔からそんな感情がにじみ出ている。


 一歩、老人は下がった。その老人の姿を見て、彼はニコリと笑って、そして言った。


「先生」


 彼が、ゆっくりと手を伸ばした。私の方へと、手を伸ばした。


 私を持ち上げて、私が入っている箱を持ち上げて


 急に持ち上げられたので、私は少し驚いた。


「神様って、いると思いますか?」


「き、君は――――ッ!?」


 こわしてはいけない


 つくったものを、こわしてはいけない


 かれがつくったものを かれがこわしてつくったものを こわしてはいけない


 こわれないものをこわしてはいけない


 はこがゆれる


 ぐらぐらとゆれる


 なおさないと


 たださないと


 だって


 わたしはかみさまなんだから

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