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thank you for your everything

 

  この世界はあまりにも、

 

 僕にとって優しすぎました。

 

   ―●―


 夜風が気持ちよく駆け抜け、僕の髪を柔らかく撫でる。風に合わせて踊る毛先が、頬くすぐって、心地よかった。

 深い深い森の中、月光さえ届かぬ夜。

 紀伊 大地の世界から解放された僕は、へたりこんでいた筈なのに、いつの間にか立っていた。

 視界は暗い。当然だった。僕は目を閉じているのだから。

 僕は、ゆっくりと目を開く。差し込んで来る目を焼く光も、伝わる暖かい景色もなかったけれど、とてつもなくこの世界は、眩しかった。

 まるで、何年ぶりかに目を開いたような感覚。視界がぼやけて、目の前に何があるか定まらない。涙で視界が霞んだときに、よく似ていた。

 荒い吐息が耳に届くと共に、徐々に視界が鮮明になっていく。暗順応も同時に起こり、輪郭線はよりクリアに。

 深紅のチャイナドレス。

 漆黒の目と絹のような髪。

 美麗な顔には濃い疲労の色。

 まったく、紀伊 大地も粋な計らいをしてくれる。

 目を開いた僕の正面にいたのは、今にも倒れそうな榎凪だった。

 僕と同じように、随分と遅れたタイミングで僕を確認したらしい榎凪。一歩踏み出そうとして、榎凪は力なく前へと倒れる。

 僕は慌てて駆け寄り、榎凪の体が完全に倒れる前に受け止めた。自然と膝立ちの榎凪と僕は抱き合う姿勢になった。

 

「ありがとな」

 

 力なくそう言うと、僕を頬擦りして、少し乱暴な手付きで頭をクシャクシャ撫でる。榎凪の頬は汗にまみれて気持ち悪かったし、撫でる手も髪を引っ張って痛かったけれど、それがこの上なく心地よかった。

 榎凪がキシシと笑う。

 僕も合わせて笑った。

 この笑顔を見ていられるなら、僕のとった選択肢は間違っていなかったと確信を持って思える。紀伊 大地、いや大地さんには感謝してもしきれない。

 その大地さんは榎凪の向こう側にいた。右側に和湖さん、左側にいつの間にやって来たのか夏雪さんを従えて、支えられるように立っている。

 大地さん自身はそこまで憔悴しているようには見えなかったが、あの人のことだ、例え疲れていても顔には見せないだろう。

 寧ろ、疲れているように見えたのは夏雪さんの方だった。服は着乱れ、汗と血にまみれて、薙刀を支えに立っている姿は戦慄するものがある。

 対して、和湖さんはあくまで飄々と、平然としている。大地さんの体重の大方は和湖さんが支えているように見える。未だに、死んだはずの和湖さんがここにいるか分からなかったが、今そんなことを考えている暇は無かった。

 

「榎凪」

 

 久しぶりに、僕から普通に話しかけた気がする。つい最近まで、当たり前だった筈なのに。

 

「今までずっと、僕は榎凪を守ってるつもりでした。でも、違ったんですね。本当に守られていたのは榎凪じゃなくて、僕の方でした」

 

 榎凪は何も言わず、僕の話を聴き、ただ強く僕を抱き締めるだけ。

 

「僕のために一杯傷ついて、僕のために沢山お金使わせて、本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます」

「………うん」

 

 年齢退行したかのような、甘い声。

 榎凪は、泣いていた。

 

「これから、もっと一杯、もっと沢山傷つけて、お金を使わせてしまうかもしれません。それでも榎凪は――」

 

 僕は迷うように一拍置く。実際に迷っていた訳じゃないけれど、僕は慎重に頭の中で言葉を選んでいた。

 

「僕が榎凪を好きでいる間、好きでいてくれますか?」

 

 返事の代わりにあった反応は、痛いぐらいの強い抱擁。

 しゃくりあげ、声をあげ、何度も力を入れ直し、僕を捉える榎凪を、僕はこの上もなく、愛しく思う。間違えなく、そう思える。

 

「………うん………うん」

 

 榎凪は、抱擁から少し遅れて、何度も何度も榎凪は肯定を繰り返す。病的なまでに繰り返す。

 

「私はずっと、死ぬまで一生、死んでもずっと――お前を愛し続ける」

「ありがとう、ございます」

 

 僕は、痛いぐらい抱き締めてくる榎凪を、腕が痛くなるほどに抱き締めた。

 世界で一番温かい所。

 世界で一番安らぐ時。

 僕は、今、そこにいる。

 

「そうだ、お前に名前をやらないとな」

 

 抱き締めていた手を弛めると、にっこりはにかみながら、頬を赤く染め、そう言う榎凪。

 これから先の苦難を知らないかのように無邪気で、これから先の問題を考えないかのように無垢。

 人はソレを愚かと言うかもしれないけれど、そんなことを言ってる奴の方が愚かしい。榎凪にこんな風な笑顔が似合うなら、それで十分じゃないか。

 榎凪はああでもない、こうでもないと微笑みながら、色々試行錯誤している。

 

「なぁ、お前はどんなのが良いと思う」

 

 僕に何度目か分からない笑顔を浮かべる榎凪。

 改めて、認識する。僕はこの笑顔のためならいくらでも戦えると。いくらでも。守りたいと。守りたいと。

 

「だから――ごめんなさい」

 

 僕は、僕は榎凪の足に『葬倒天馬』を突き立てた。

 思ったより、抵抗はなかった。感触としても、精神的にも。

 太ももに貫通しそうなほどに深く突き立てたのに、刃を入れたままの所為か血はほとんど出なかった。傷口から蓋から溢れるように刃をつたって、生暖かい赤色が流れ出ていく。

 

「…………え?」

 

 理解できないと言うような具合で、榎凪は声を漏らした。当たり前だ。やった本人である僕でさえ、まったく無茶苦茶で荒唐無稽な事をしていると思っている。

 榎凪は痛みさえもまだ、理解できていないらしく、ひたすらに、え、え、と口にしている。

 

「ごめんなさい、榎凪」

 

 もう一度、僕は謝罪の言葉を口にして、立ち上がる。

 榎凪は未だに、現状を理解していない。さっきまで僕が居た位置を、僕の顔があった位置を視点の胡乱な瞳で見ている。

 

「僕、馬鹿ですから。こんなやり方しか思い付きませんでした。こんな冴えないやり方しか。榎凪を傷つけないために足止めしようとして、自分で怪我させたり、わざわざ思わせ振りな答え方したり」

 

 一本、榎凪から遠ざかる。

 聞いているかさえ怪しい、僕は話しかけている。

 

「僕は榎凪に忘れてほしくないですから、存在を。どこかのヒーローみたいに自分のことは忘れて新しい人生を生きてくれなんて、いえませんよ。榎凪の体に傷痕を残してしまえば、忘れないでしょ?」

 

 まだ一歩、榎凪から離れる。

 振り返って、空へと顔を向ける。木々に阻まれて、空は見上げづらかったけれど、ちゃんと空はそこにあった。

 

「本当に僕は酷いと思います。この上もなく、至上最悪に。これは今まで榎凪が僕に黙っていたことに対する恨みと、復讐だと思ってくれても構いません。それと、僕を忘れないようにする呪いだとも」

 

 さらに一歩、ゆっくりと踏み出す。

 落ち葉を踏んでも、音がならなかった。あまりにも寂しい歩み。

 榎凪に背を向けたまま、僕は語る。

 

「何度も言いますけど、ごめんなさい。色々ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、呪いが解けてしまわないよう、お願いですから――僕を許さないで下さい」

 

 空にポツンと浮かぶ、赤い点。

 間違いない、《失敗作》だ。

 確実に僕の方を見ていた。遠すぎて、交わるはずない視線が、交わったように錯覚する。

 

「……よぉ、《失敗作》」

 

 僕はポツリと、そんな言葉を口にした。なんの意図もない、自然に出た一言。

 僕は惜しげもなく、真紅の翼を顕現させる。僕の体にはあまりにも大きすぎるそれを、木の合間を縫うように目一杯広げる。

 飛び上がる準備は出来た。

 後は、この翼を羽ばたき、木の壁を抜けるだけ。それだけで、僕の終わりは始まる。

 僕は少しだけ躊躇してから、榎凪を振り替える。

 自分の赤い羽越しに見える榎凪は、必死になって、立ち上がろうとしていた。額には玉のような汗が浮かんでいるのから察すると、どうやら痛みがやって来たらしい。

 足に突き立てたままにしていた『葬倒天馬』を、このままにしておいては倒れたとき、本当に貫通して傷を広げかねなかったので、無に還す。

 ドプリと、音を立てそうな勢いで足から血が吹き出した。それで、膝を折りそうになったが、榎凪は何とか持ちこたえた。

 たった三歩しか離れていない。その気になれば、直ぐに榎凪を支えることは出来る。いつの間にか泣き出している涙を拭うことも可能だ。

 でも、僕はソレをしなかった。

 ただ、僕は赤い翼越しに微笑む。

 いよいよ、榎凪が僕に、手を伸ばせばかすってしまいそうな距離まで近づいてくる。

 今までにないほどに、榎凪の涙は止め度ない。

 きっと、もう一度、榎凪が僕に触れてしまえば、飛べなくなる。消える怖さに足がすくんで、飛べなくなる。

 再度、空を確認すると、容赦なく、《失敗作》が接近していた。時間はもうない。

 視線を榎凪に戻す。濡れてグシャグシャになった顔と目があった。

 

 

……僕は結局、榎凪を拒絶することにした。

 

 

 最後まで言えずに、迷っていた言葉を口にする。僕の出来うる最高の笑顔で。


 

 

    「だ」

 

 

    「い」

 

 

    「す」

 

 

    「き」

 

 

    「で」

 

 

    「す」

 

 

    「よ」

 

 


 

 轟と、風が吹き抜ける。

 僕は空へと舞い上がった。

 

   ―●―

 


 私の、秋宮榎凪のこの手は、届かなかった。届かせられなかった。ほんの後、数センチの距離を縮められなかった。

 

「あ、あぁ…………」

 

 木の天井を突き破り、枝の抵抗をものともせず、力強く、雄々しく、空へと飛びっていった。

 糸が斬れたように、意図が切れたように、私は腕をダランと下へ垂らした。

 

「何で……何で……何で邪魔したんだよ!」

 

 私を妨害した張本人を、自分でも分かるほどに毒々しい瞳で睨む。

 視線の先には、森の影と宵の闇に紛れ、でも確固として存在を誇示するように、長い髪を風になびかせながら、ゆっくりと紀伊大地に近づく希崎時雨がいた。

 冷淡に、冷酷に、その顔は無表情。

 

「何でだよ、希崎!もうすぐで届いたのに!あいつを留められたのに!殺して、殺して、殺して殺して殺してやる!」

 

 駆け寄ろうとして、足が巧く動いていないことに気付く。痛みは気にならなかったが、近づけないことに苛立ちがつのる。

 本気で希崎を殺そうにも、先ほど全部『光踊石』を使ったせいで魔術も出来ず、手段がなかった。

 

「そうだ、そうだ。紀伊、お前なら……」

 

 まだ手段はある。まだ助けられる。終わってはいない。

 

「紀伊、お前の魔法なら、《空間(ドリーム)》なら……」

 

 引きずるようにして、一歩進む。歩けなくなったって構わない。その程度であいつが助けられるなら、そんな対価、無いに等しい。

 

「あれならどれだけ離れていたって、引きずり込んでつれてこれるだろ……?」

 

 一歩、更に一歩。倒れて膝をついたって、這いつくばって紀伊に辿り着いてやる。

 距離としては後数歩分。たどり着けない距離じゃない。

 

「頼む。それだけが、頼りなんだ。お前が使ってくれるなら、私はどんな代償だって払ってやる。金だって、私の魔術の才能だって何だってくれてやる」

 

 無理矢理、二歩分進んだ。血液が体外に出過ぎたせいか、意識が朦朧とする。それでも、途絶えさせるわけにはいかない。途絶えた瞬間に、私とあいつの関係も一緒に途絶えそうで。

 いつの間にか、夏雪が持っていた肩は時雨に渡されていた。

 

「だから頼むよ、紀伊」

 

 一歩。届いた。紀伊の服に。

 離さぬようにがっちりと掴み、膝をつく。力の入らない腕で全力で、紀伊を揺さぶる。

 紀伊は何も言わなかった。

 紀伊は何も抵抗しなかった。

 ただ、間宮と希崎に体重を預け、私のなすがままになっている。

 それでも私は紀伊を揺さぶった。

 何度も何度も。

 

「頼むよ……あいつを……助けてくれよ」

 

 私は膝をついた。

 紀伊の前に詭ずいて、ひたすらに、まるで祈るように、頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよ頼むよと、口にする。

 必死だった。誇りも何もない。ただ、あいつと一緒にいたいだけだった。

 

「頼む、よ……」

 

 紀伊は、私から目を逸らした。

 私を見て痛ましく思ったか、それとも何もしない自分の罪悪にさいなまれているのか。どちらだっていい、少しでもそんな気があるなら、私を助けろよ。

 

「ごめん……」

 

 一言だけ、紀伊はそう口にした。

 それだけで私に絶望を与えるには余りあるほどに十分だった。

 

「うぅ、うぁ、あぁああぅあぁ!」

 

 子供のように、私は泣いた。

 アイツは今、何処に居るんだろうか?

 

   ―●―

 

 赤い羽根に風を受け、僕は空へと舞い上がる。

 鳥よりも速く、風よりも速く、《失敗作》よりも速く、ひたすらに高く、高いところより更なる高みへ。短く言えば、僕は《失敗作》から逃げていた。

 考える時間を稼ぐために。

 大地さんは本質と本質とをぶつければ、対消滅するといっていたが、僕の本質とは何なのか、それが分からずにいた。

 本音を言えば、もし対消滅の瞬間に何らかの影響――例えば爆発のようなことがおきた場合、地上への危険を最小限にするためだけど。

 肌に吹き付ける風が、ナイフのように冷たかった。

 それに耐えながら、更なる高みへと飛んでいく。高さはどれ程か分からないほどに高い。

 吐く息が凍り付く。気温が零下40度ほどに感じられる。

 翼も凍えているのか、背中が痛い。

 これが大地さんの言っていた《血族(ヴァンパイア)》の擬似回路――血管を魔術式にしている所為なのだろうか?『葬倒天馬』が折れたとき、体が痛んだのも、その為なのかもしれない。

 ジリ、と考えがよぎる。

 電撃のように走る一つの仮説。

 そうなのか?そうだというのか?

 荒唐無稽な仮定だったが、ありえない話じゃない。今の僕にそれ以外の考えは思い付かなかった。

 雲を突き破って僕は止まった。眼下には小島のようにポツリポツリと雲が浮かんでいる。雲海、か。初めにそんなことを言った人間はなかなか的確で洒落た表現をしたものだ。

 吸った息が胸を凍らせそうなぐらい冷たくて、気が引き締まる。

 溜めた息を吐いて――僕の覚悟は終わった。

 一度大きく羽ばたいて上昇し、僕は翼を自ら消し去った。

 満点の星空、丸い月、黒い空、一瞬の空白。音もなく、風もなく、重力も無い停滞の中に、僕はいた。物理時間にして一秒にも満たない刹那が、僕にとって一時間より長い時間に感じられた。

 が、それもいずれ終わる。

 高度数千メートルにいる僕に内包された莫大な位置エネルギーが自然の摂理に従い、運動エネルギーへと変換されていく。

 パラシュートなしのスカイダイビング。

 単純な垂直落下。

 僕は死へと、アクセルを踏みながら、ギアを上げながら、全力で向かっている。

 

「――――!!」

 

 声にならない絶叫。目を保護するためか、涙も溢れてきた。

 昇るときよりひどい空気抵抗が僕にかかり、髪が逆立つ。痛みが麻痺するほどに、アドレナリンが過剰分泌されている。

 だが、そんなことを考えている暇はない。

 僕の本質を顕現させなければいけない。

 大地さんは言った。僕の血管は魔術式なのだと。

 ならば、僕の血管全てが、魔術式だとしたら。

 榎凪は昔、失踪した。『理由なき剣』を持って。

 ならば、今『理由なき剣』はどこにあるのか。

 例えば、もしも、僕そのものが、『理由なき剣』を核として作られたのなら、僕の魔術式は『理由なき剣』そのものではないだろうか?

 血管全体は魔術式ではないかもしれない。

 『理由なき剣』は榎凪が隠し持っているかもしれない。

 あまりにも飛躍しすぎているのは――承知の上。

 これは賭けだ。

 僕の命を賭した乾坤一擲、大博打!

 信じようじゃないか。可能性を。

 信じようじゃないか。自分の思考を。

 信じようじゃないか。『理由なき剣』を核として、全身の血管を魔術式にできるだけの、榎凪の才能を!

 

「ああああああ――!」

 

 スピードを更に付け、落下する。

 目の前にはちゃんと《失敗作》がいた。距離感はわからない。多く見積もっても、500メートルほど。

 こんな距離、すぐに縮まってしまう。もう考える猶予はない。あとは自分の能力と仮説を信じて、全力で実行するだけ。

 ドクン、心臓が唸る。

 使い方なんて教えてもらった事無いし、考えて編み出したわけでもない。大地さんの言う通り、僕は《血族(ヴァンパイア)》を本能のままに使っていけばいいだけ。

 『鴻の翼』や『葬倒天馬』と同じ、ただ頭の中に僕の本質の出現を願う、それしかしない。

 変化は劇的。

 

 ズキン。

 

 ズキン。

 

 全身が痛む。

 

 ドクン。

 

 ドクン。

 

 心臓が震える。

 

 電源(しんぞう)があり得ないスピードで稼働(こどう)する。

 電圧(けつあつ)稼働速度(しんぱくすう)が際限なく上昇していく。

 流れる電流(けつえき)回路(けっかん)に余すことなく満たされていくのが、感覚として分かる。

 人間にはあり得ない電力(けつえきりょう)が体の何処からか沸き上がってくる。今まで溜め込んでいたかのような、年単位で溜め込んだような、それでいて新鮮な電気(けつえき)が溢れている。当然だ。たかが回路(けっかん)全体の15%程度しかない血で僕が稼働するはず無い。

 加速度をつけて、止まることなく、僕の回路(けっかん)直流(いっぽうつうこう)に流れていく。

 ジリ、と脳幹を焼くような官能的な痛み。

 こんな感覚、今まで受けたことがない。

 賭けはどうやら――僕の勝ちらしい。

 バチ、ジジ、ジジジジジ。

 右手の平に走る、皮膚が剥がれてしまうほどの、尋常ではない力。

 絶叫さえできないほどに、声に出来ないほどに、力が放出される。

 力に抵抗するように腕が震える。当たり前、僕の体は今毛細血管まで余すことなく満たされているのだから。

 

「――――!!」

 

 漏れる息が可聴領域を超える。

 

「――――!!」

 

 それが、《失敗作》と重なった。

 それを合図にしたかのように、『理由なき剣』が、僕の本質が、顕現してゆく。

 僕の手に馴染む、形のよい柄。

 細い両刃で反りのついていない、剣。装飾過多なその剣。そんな部分は普通の剣。

 ただ、異常な部分と言えば、『理由なき剣』らしい部分と言えば……その剣には鎖が巻いてあった。刃先から柄、柄から僕の右腕へとのびる鎖。

 それがどんな意味を持つのかしら無いが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 《失敗作》は目の前。視線が絡み合う。

 生き生きしていた。これから死ぬと言うのに。いくら死ぬのが目的なもの同士と言っても、この局面で生き生きしている《失敗作》は異常だった。

 

「さぁ、祈ろうぜぇ!お互い、死ねることをよぉ!」

 

 《失敗作》は更に加速する。

 もう死は目前だった。

 《失敗作》は僕に向け、空に向け、大剣を振り上げる。おそらくは、この大剣が《失敗作》の本質。

 僕も合わせるようにして、《失敗作》に、地面にむけ、『理由なき剣』を降り下ろす。

 二つの剣が交錯すれば、それで終わる。

 

 

「「あぁああぁぁあぁあ!」」

 

 

 二つの剣が触れる直前、僕は呟いた。

 

「ありがとう、榎凪」

 

 榎凪の笑顔が、声が思い浮かぶ。

 

「――――――――――――!!!」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえた。

 



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