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第61歩:ギフト12

 一瞬の跳躍で、紀伊 大地は僕への間合いを零にする。

 無骨にジャラジャラと巻きつけられた左手で、飛んできた勢いのままに僕の頭をしっかりとつかみ、後ろの木に叩きつけられた。

 『葬倒天馬』をものともせず、見せたこともない獰猛さを垣間見せる紀伊 大地。

 ギラリと光る瞳孔に、僕は構えていた『葬倒天馬』を取り落とす。

 

「貴様は、終焉を望んでいるんだろう?」

 

 今までに無いきつい口調で紀伊 大地は僕に向かって口を開いている。

 

「貴様は絶望し、腐心し、世界を裏切るんだろう?」

 

 僕を押さえつけている左手に力がこもり、無骨な鎖が頭に食い込む。痛みは感じなかった。

 

「だから、私は、貴様が私たちに牙を向く前に、終幕を下ろす」

 

 血流を止められているのだろうか?視界が暗くなってゆく。

 

「貴様には分からないだろうな。私達、いや、私がここまで君を明確な意思を持って殺そうとしているかなど」

 

 暗澹とした声色が、僕の耳に届く。

 

「私は君になるべく、そんな感情は見せない様に接してきた。が、私は君と榎凪をここに招き入れた時点で最初から殺す気だったよ」

 

 耳から体中を、心を侵食されているようにな感覚に襲われる。

 

「今、貴様は死ぬ気になった、自らな。だから、ついでだ、私が貴様を殺そうとしている理由を教えてやろう」

 

 いかにも憎たらしげに、僕に紀伊 大地は告げる。

 

「貴様が私に殺されようとしている理由それは……」

 

 僕の意思なんて欠片さえも無視して、紀伊 大地は宣告のように、僕に知りたくも無いことをわざわざ教える。

 それはきっと自己満足の正義でも、

 それはきっと独善的な優しさでも、

 それはきっと高慢な自身でもなく、

 それはきっと紀伊 大地の――彼の、彼だけのための感情的な行動。理性で固めたような、感情だけの行動。他人を思いやっているようで、他人を無視した行動。

 人間はきっとそれを、復讐と呼ぶのだろう。逆襲と名付けたのだろう。

 紀伊 大地はきっと僕に、復讐でもしているつもりなのだろう。僕というのは正確じゃない。たぶん、《失敗作》が僕に教えた、剣野景色という人間に対して。

 まったく、傍迷惑な話だ。

 榎凪は僕のことなんて考えもせず、僕を作った。

 剣野景色は僕のことなんて考えもせず、僕に謎を残した。

 紀伊 大地は僕のことなんて考えもせず、僕を殺そうとしている。

 まったく傍迷惑な連中だ。

 僕の周りは僕にとって、傍迷惑なヤツばかりだ。

 だから、紀伊大地が言ったことに対して、僕は一切何も感じなかった。

 

「貴様が持っている能力、剣野景色から受け継いだ《神殺し》の力だ」

 

 その程度のことか。

 僕はその程度の、どうでもいい理由で殺されるらしい。

 だからって何を思うわけじゃないけれど。

 

「神は確かに死ぬ。死に、輪廻する。貴様の能力、いや、その《才能(ギフト)》は神の輪廻そのものを崩壊させる能力だ」

 

 ギフト――才能。

 ギフト――魔法使い。

 ギフト――紀伊 大地。

 薄々は気付いていたけれど、そういうことか。

 

「『神々の墓守』として、貴様のその《才能(ギフト)》はあまりに危うすぎる。剣野景色と同じように、ただ殺すのではなく、私の魔法を持って、繰り返さぬように私が管理しよう。だから――」

 

 紀伊 大地の左手に巻きつけられた鎖が、淡い光を放つ。

 まるで、一つの回路の様に、鎖の何かが駆け巡っている。

 

「貴様のその《才能(ギフト)》――私が貰い受けた」

 

 ガチリ。食い込んでいた鎖が僕の中に侵入してくる。まるで何処かの映画のように、宇宙人にでも侵食されている気分だった。

 体中から力が抜けていく感覚。

 体力的な力じゃない。

 本当に、生命としての能力が抜けていく。

 これが――魔法使い『ギフト』の力と本能的に理解する。

 魔法『ギフト』――才能の与奪。

 『ネクロノミコン』で事前知識がなかったら、僕はさすがに混乱しただろう。思えば、『ネクロノミコン』との遭遇が僕の全てを変えてしまった。

 見つけなければ良かったのだろうか?

 知らなければ良かったのだろうか?

 僕はそう思う。どこぞの小説の主人公のように、自分に対して悪いことだけど、知らないほうがもっと嫌だったなんて、事後報告じみた割り切りのよさは、生憎持ち合わせていない。そもそも、見つけさえしなければ、そんなこと考えずに済んだのだから。

 いよいよ、意識が不確かになってきた。

 才能が抜き取られるとは、こうも苦行だとは思いもしなかった。

 ドクンと、まだ心臓は動いているのは分かる。心臓を動かしているのは、才能ではないのだから。

 どうせなら、それが、それさえもが才能で、生命活動も止めてくれればよかったのに。

 そんな無茶なことを僕は考えつつ、視界が一瞬にしてクリアになるのを感じた。

 

「なっ――」

 

 目に入ってきたのは驚愕にゆがんで僕を見ている紀伊 大地の顔。

 その次の瞬間には紀伊 大地のは僕の目の前からは消えていた。がっ、と言う、誰かが何かを殴るような擬音語とともに。

 支えを失った僕は、崩れ落ち、地面にへたり込む。

 妨害したのは誰かと思い、とっさに仰ぎ見ると、そこには――

 

「よっ!」

 

 一月前までには当たり前だと思っていた、快活に笑う、榎凪の顔があった。

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