第59歩:ギフト10
―V.S.―
一人になった少年は、七人分の死体の中、とりわけ理由もなく立ち尽くしていた。
だが、いつまでもそうして呆然としているわけにもいかないので、自分の大剣の元に歩いてゆく。山肌の固い土に深々と刺さって、抜けそうにない剣をいともたやすく抜き放ち、気だる気に刃の先端部分をおろして地面につけている。刃の手入れなど知ったとでもいわんばかりの乱暴な扱い。
地面の表面部分がやわらかい為に少し食い込んでいる。
落ち葉もたくさんあり、余計深く刺さっているようにも見えた。
「あいつ、運がいいんだか、悪いんだかわっかんねぇよな。全員が全員、命かけて助けようとしてやがる。ま、実際死んだのは時雨だけだけどな」
キシシと白い少年は笑う。ま、また湧いてきそうな気がするけど、と後に続けて軽くため息は吐いたが、またキシシと笑いを辺りに木霊させる。
「さて、《失敗作》はどこに行ったかな」
「まだ探しにいくにはちょっとばかり、早いな」
誰もいないはずなのに、声がした。
本当に運がいいんだか悪いんだか、ただ単に自分が運が悪いだけじゃないのか、などと思いつつ、後ろを振り向く。
そこに立っていたのは一人。
異常なほどに髪が長い、具体的に言えば、前髪から後ろ髪まで余すと来なく地面についているほどに長い髪をもった人間。
その髪の所為で年齢はおろか体格、性別、顔立ち、何一つわからない。
「久しぶり、か、初めまして。どっちが正しいんだろうな」
「んな、キモイ髪した知り合いなっていてたまるか」
「では、初めまして」
つかみ所のない飄々とした声色。男性とも女性とも分類できない奇妙な声。だからといって、中世的な声に属しているわけではない。一番近い感覚として上げられるのは、電子音だった。
「んで、そのキモイ髪、何の用だ」
「……キモイ髪とは、心外だ。心外過ぎる。実に心外だ。この上もなく心外だ。せめて省略せず、気持ち悪いぐらい長い髪、ぐらいは言ってほしいな」
「んな長い呼称があるかっつーの。つか、そんな省略なんてしてねーし。気持ち悪い髪を省略してキモイ髪。なんつーか、洗ってなくて臭いそうっつうか、何つうか、とりあえずキモイ髪」
「……洗ってないとは、心外だ。心外過ぎる。実に――いや、復唱は確かに相手に印象づけることが可能だが、私のことは印象づいてもらって困るな」
「そのキモイ髪だけで十分印象づいたっつーの」
漫談じみた、下らない会話。そんなものに付き合っている白い少年。する必要がないのに、している暇などないのに、知らず知らずのうちに付き合っている。
「そんな私にキモイ髪とばかりいっている、ほんの少しの意趣返しだ。『まだ、気付かないのか、剣野?』」
「はぁ?何――」
いってんだよ、とは続けることが出来なかった。
答える前に気付いてしまった。あまりに自然な行いだったので、まったく気付かなかった。普通ならば気付かないほうがおかしいと言うのに。
白い壮年の体は、動かなかった。指の先や、口は動くが、大きな関節はまったく動かない。
「――したんだ?」
何、で切る訳にもいかず、取り繕うかのようにそう言う。金色の瞳で相手を睨むことも忘れない。
「簡単なことだよ、《剣野》?」
異常に長い髪の人間が、内側から髪を書き上げる。垣間見える精悍な顔立ち。右手で髪を押さえつつ、左手でネックウォーマーのようなものを額を通り越し、髪を括れるような位置までもってくる。膨大な量の髪を手先でいじり、顔が常に見えるように調整していく。
出来上がったのは巨大パイナップルヘアー。滑稽な感じの紙であるのに、精悍な顔とその髪型はマッチしていた。
そんなことは些事。
白い少年は、その人間の顔を見て目をむき、絶句した。
「私は元々、『嘘吐』などではなく、ただの『人形遣い』だったということを、考慮すれば、ね」
そこにいたのは、自分が先ほど散々切りつけた、シニカルに笑う希崎 時雨。
「本当は姿をさらすつもりなど毛頭なかったが、さすがに急造人形七体では話にならなかった。時間稼ぎにも足りないほどだとは、私の腕が落ちたのか、《剣野》が強いのかは知ったところではないが」
まったく感情がこもっていない声と、皮肉気に嫌みったらしく笑っている時雨。その姿が、先ほどの人形以上に歪で異常。
「私自身の姿を視たのは《剣野》が三人目だ。生きているのは、と限定すれば世界中で三人だけなんて幸運だぞ」
一人で勝手に喋り続ける時雨に対し、何も言わずただ睨み続ける白い少年。
「《剣野》を止めた方法、人形を使う方法、これはひとつの簡単な方法。もったいぶらす必要はないし、教えたところで看破できないから教えてやろう」
頼んでもない説明とシニカルな笑い。人間じみた行動なのに、希崎 時雨が行うとなぜか異常。
「物語としてはありきたり、《絲》を使った技だ。《剣野》が言ってた手品の種と仕掛けだ。この程度のことを教えるハンディがあったところで負けないが」
相変わらず、白い少年は動けない。何も言わない。
時雨は時雨で、言いたいことを言い終えたのか、それ以上何も言わなかった。
長い、沈黙。
その沈黙を破ってのは、希崎 時雨だった。
「《剣野》、残念だが、三人だったのがたった今、四人になった」
「はぁ?」
「動かないで!」
白い少年の質す声と、第三者の声はほぼ同時だった。
「別に動かないのはかまわない、動くつもりは元々なかった。そんなことはどうでもいいんだが……」
突然の乱入者にもかかわらず、時雨は落ち着き払い、何事もなかったかのように、声の主に問い返す。
「また、裏切りか、麻紀?」
声の主――風間 麻紀は慌てることなく、少なくとも慌てたことを態度には示さないように、時雨に切り返す。
麻紀の手には二丁のデザートイーグル。それを正確に頭と心臓に照準に入れて、構えている。それが故の余裕がある分、慌てずに対応が出来ているのだろう。
「景色君がいるんだったら……元に戻るだけ」
感情を押し殺した声で風間 麻紀が言う。
そんなことを訊いているのか訊いていないのか、わからないような態度で、麻紀に応答する。
「まぁ……何にせよ。私は大地の側だ。足止めはする」
「何言ってんのよ。こっちはいつだって、あなたを殺せるようにしてあ――」
ひうん、と風がなく。
「在り来たりなセリフの途中に悪い。あまりに在り来たりすぎて、落ちまで見えて詰まらなかったから、それ以上は何も言うな」
無感情の威圧的な言葉。
それとともに、麻紀は両手に持っていたデザートイーグルを落とされた。それと同時に体が硬直して動かなくなる。
「な、なんで……?」
「同じ質問をするな。回答に疲れる」
「硬直したことじゃない!なんで『体をまったく動かしてないのに、私が絲で固定される』のよ!」
麻紀は、時雨がほんの一ミリでも、風で揺らいだだけでも、射殺するつもりでいた。なのに、希崎 時雨は……指先どころか、揺らいでさえいないのに、麻紀の体を固定した。
「だからそれも言った。種と仕掛けがわかったくらいじゃ、看破でいない、と」
歯噛みして悔しがる、麻紀。
その一部始終を見てもなお、白い少年は何も言わなかった。
そんな二人に挟まれて、時雨はぼやく。
「懐かしい面々が、同じ様なことをして、まったく進展も何もないな。……進展がないとは、嘆かわしい。嘆かわし過ぎる。実に嘆かわしい。この上もなく嘆かわしい。せめて、結果ぐらいは変わってほしいものだ」
そんなぼやきは、冬の風の中に解けて消えた。




