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第6歩:IN THE SKY

 榎凪に僕はおぶられて(連行ともいう)とある服屋を訪れていた。店に入った瞬間少年を負ぶった女性が入ってきたという理由でかなり視線が集まった。

 榎凪が女性専門店なんかに入らなくてよかったと心底思ったがやっぱり服屋はイヤだ。

 榎凪はとにかく買い物が長い。とてつもなく長い。これも女性の性だ、とか何とかいって一向に店から出ようとしない。結果、僕は待ち続けなければならないのだ。


「ハァァ」


 深いため息をつきながら僕は試着室の前のベンチで首を力無く折っている。

 ここでの経緯を簡単に言うと店内を回りめぼしいものを見つけては手に取り、見つけては取り――その繰り返しで十何着か手に抱えて試着室に入った。そうして着替えては僕に見せる。そのたびに僕は違う感想を口にしていく。そうしなければ全部買って帰りそうだからだ。いくら金があっても移動が面倒になる。

 で、現在に至る訳だ。ちなみに今は八着目だ。

 ラフな普段着からイブニングドレスまで榎凪は千変万化する。

 本人の前では絶対に口にしないが榎凪は元がいいから何を着ても似合う。適当な文句を付けて買わせないようにするのは一苦労だ。


「ハコ、これはどうだ?」


 ようやく着替えて出てきたようだ。

 僕はおしゃれは大いに結構だと思う。しかしそれは時と場合によるものだ。僕らは今放浪中。これで分かってもらえるだろう。


「えーとですね」


 僕は閉口した。いろんな意味で閉口した。

 とりあえず一つを口にしてもう一つの問題は後に回す。


「何で中国の民族衣装がここに売っているんですか?」

「チャイナドレスと言え。チャイナドレスと」


 少し怒ったように頬を膨らませ腰に手を当てる。


「売ってたもんは売ってたんだからいいじゃないか。気にしちゃいけないぞ。」


 そういう問題なのだろうか?この人の中ではそういう問題なのだろう。


「それよりどうだ?否のうちようがないだろう?」


 核心を突いてくるな、この人は毎度毎度。紅いチャイナドレスに身を包んだ榎凪は今まで一緒にいた中で一番綺麗に栄えていた。


「あ、えーと……」


 理由もなく顔が赤くなった感じにとらわれたので早口で言葉を紡ぐ。


「良いと、思います」


「よかったぁ〜。これがダメだったら正直お手上げだったよ。

 ありがとうな、ハコ。おまえが誉めてくれるとは思わなかったぞ!」


 一点の曇りもない無邪気な笑顔の榎凪。本当に嬉しそうだ。

 それにしても僕はここぞというときに自制心を欠くということが改めてわかった。

 今回はそれで良かったのかもしれないが。


「少し値は張るがこれを買おう」

「幾らですか?」


 素朴な疑問。

 榎凪は僕の肩に手を置きながら残念そうに言う。


「ハコ……この世には知らない方がいいこともあるんだ」


 そんなに高かったとはしてやられた気分だ。


「会計をすませてくるから先に外に出て待っていて」

「わかりました」


 なんか一気に力が抜けた気がする。

 足取り重く出口を出て数歩右にあるいた後、ゆっくり立ち止まって人並みを呆けたように眺める。

 喜んでいる者。

 怒っている者。

 哀れそうな者。

 楽しそうな者。

 色々な人間がいる。

 色々な人間が蔓延っている。

 人間の数だけ人生があると思うと不思議な気分になる。

 人間の数以上に物語があると思うと落ち着かない気分になる。

 そんなことを考えていると程なくして紙袋をもった榎凪が店から出てきた。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「もう大分暗いですから余計に神経使いながら帰らないといけないですけどね」


 皮肉を言うと、


「じゃあ、『ネコミミ』出せばおそわれないぞ」


 皮肉で返された。

 確かにそうではあるが極力体内にある装備は使いたくないし特に『幻夢の誘手』は使いたくない。使うならせめて裏路地に入ってからだ。


「とにかく早く帰りましょう。これ以上暗くならないうちに。ついてきてください」

「わかった」


 榎凪にしては珍しい気のない短い返事をする。どことなく上の空。何を企んでいるか分からないし放っておいても問題だろう。

 露店の脇を抜け一本道をはずれて『幻夢の誘手』を発動させる。やはり用心に越したことはない。

 先刻、『鴻の翼』を発動したときには榎凪が何か呪文を唱えていたがあれはただの榎凪の趣味の一部だ。あれは『ろまん』と言うものらしい。類推するに場を盛り上げる文句のことだろうか?

 来たときと同じルートで帰る。

 何もないところだからこそ不安を感じるがそれは大抵不安より上にはならない。

 それだからこそ僕はこの何もない闇の中でも落ち着いて入れるのだと自己分析を冷静にしていられるのだろう。そのつもりがいつの間にか何か考えていないと落ち着けなくなっているとわかってしまい、その矛盾に軽く苦笑してやった。


「つかれた」


 淡泊な声。

 聞こえない。


「つかれたぁー」


 だるいした声。

 なんにも聞こえない。


「つ・か・れ・た!」


 強調した声。

 何も聞こえないったら何も聞こえない。


「つぅーかぁーれぇーたぁー」


 間延びした声。

 これは幻聴なんだ!聞こえない!


「飛んで帰ろう、ハコ」


 何か背中に重たい感触。

 幻覚だ。


「飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛ん――」

「うるさいっ!耳元でぼそぼそ言わないでください!」


 僕は地味な攻撃には弱かった。そこら辺榎凪は心得ているようだった。

 家に帰るぐらい歩いてほしい。

 もしも見張りの兵士に見つかり拷問を受けようがこの国の現在の法律では罪に問われない。

 それがこの国で拷問反対運動になっているとかいないとか――そんなことはどうでもいい。


「もうすぐですから歩いてください」

「いぃーやぁーだぁー」


 だだっ子のように手をばたばたさせ、いやだいやだ、と連呼しながら首をぶんぶん振っている。


「わかりました、わかりました、わかりました!」


 半ばやけくそ気味だった。そんな僕の頭を力一杯くしゃくしゃと撫でて満足そうに笑った。


「やっぱりハコは話が分かる」


 この場合『分かる』という言葉は適語かどうかははたはた疑問だが。


「でも、羽のサイズは加減してくださいよ」

「分かってるよん♪」


 何故にこの人はこんなにいつも上機嫌なんだろう?

 『幻夢の誘手』をしまい上半身裸になってから『鴻の翼』を発動する。

 僕は二つの装備を同時に発動することはできない。『幻夢の誘手』と『鴻の翼』を併用できればかなり安全に帰宅が可能なのだが無理な者は無理として割り切るべき。それぐらい生命として弁えている。

 昼でも暗かった裏路地は今は真夜中のように暗い。漆黒の闇の中に紅蓮の双翼がいつもより小さく咲き誇る。見た目はいいが昼でも夜でも目立つこの翼は不便だ。せめて藍色や水色という空にとけ込む色にしてほしかった。


「はい」


 僕は榎凪に左手を伸ばす。僕は両利きなので別に軽んじてるわけじゃない。


「まさか片手で私を支える気か?肩がはずれるぞ」


 軽く笑う榎凪。

 仕方なさげに僕は右手も差し出す。


「だから、手だけじゃ痛いって。それに荷物もある」


 にやつく榎凪。

 ようやくそこで僕は理解した。


「さぁ、後ろから抱きつけ」

「それが目的ですか……」


 榎凪は榎凪か。やっぱりいつも何かを企んでる。

 

「なんのことやらさっぱり見当がつかん」


 この人がただで駄々をこねるわけがなかったんだ。


「ほれ」


 背を向けて手を軽く挙げて脇腹にスペースを作る。

 僕は泣く泣く榎凪の腰に手を回しがっちり組む。


「いきますよ」

「うげっ!」


 榎凪は急に飛び上がった所為か変な声を上げたが聞こえない。断じて聞こえない。

 徐々に高度を上げていきユラリとした飛び方に安定させた。

 風が強い。夜風は今日の慌てふためいた出来事を世界に還元してくれていた。だからとても気分がいい。

 そんなとき突然体が軽くなる感覚を覚えた。ほんの少し横を見ると深紅の羽が体の何倍もの大きさになっている。


「榎凪!」


 僕は翼を大きくした犯人に呼びかけるが返事はない。よくよく見ると白目をむいて気絶している。急に飛び上がった時だろうか?

 風を切る音。

 突然僕の頬をするように高速で何かがすり抜ける。

 続くように聞こえる鈍い音。この鈍い音は聞き覚えがある。しかしそんなはずはない。

 否定するため下を注視するとそこには飛来する黒い影。まさかが的中した。動転し声を上げてしまう。


「た、対空放火っ!?」


 こんな馬鹿なことがあってたまるか!いきなり対空放火はないだろ!?間違えたにしてもそれはやりすぎだろ!?

 右に身を翻し緊急回避して榎凪を揺さぶりながらたたき起こそうとする。

 

「起きてください!対空放火です!」

「はぁ!?なんだって!?」


 さすがに緊張感で一発で起きた。

 この間にも照準をつけられているかもしれないため縦横無尽に空を滑る。

次の砲弾が飛んできて榎凪のすぐ近くの空を切る。


「うぅ〜!とんだ目覚ましだ」


 少しは焦っているものもやはり余裕がかなりうかがえる。


「目覚ましに眠らされるのは御免ですよ!」


 冗談抜きでヤバい。非常にヤバい。空にいれば格好の的だし下に降りれば超至近距離での放火だ。


「ハコ!数秒止まれるか?」


 無茶な注文をする人だ。状況を見て判断してほしい。


「無理です!砲口が多過ぎて止まれば落とされます!」

「クソッ!なんて奴らだよ!」


 あらっぽく悪態をつくと下を見て戦略を練っている。


「国の警察じゃないですよね!?」

「んなわけあるか!?たぶん私目当てのどっかのイカレタ集団だ!」


 大抵の魔術師はどこかの集団に所属しているがこの世の中でも五本の指にも入るような大魔術師である榎凪はどこにも所属していない。となれば何処でも欲しがるのは必至だ。

 珍しい人だが榎凪がどこかの集団に入れば世界のバランスは崩れるだろうし、集団を乗っ取りかねないからこれでいいのだと思う。


「本腰入れて私を捕まえにきたかな?このやり口や科学発展度からみて『ベルワナ』の奴あたりか?」


 ベルワナとは現存する中で三つの大集団の一つだ。やり方が強引であることで有名な奴らで、最近では麻薬販売なんかも始めたそうだ。


「私を後ろにおぶれ!それなら手が自由になって『断纏』とか使えるだろう!」


 『断纏』とは僕の持っている小刀でふれたものをすべて断つ榎凪からもらった頼りになる武器だ。榎凪の説明だと分子レベルでものが切れる、とか何とか小難しい説明を言っていたがあんまり聞いてなかった。要はよく切れる刀な訳だ。


「それはいいんですけど、どうやって背中にいくんですか?」


 良い作戦ではあるがそれが問題だ。


「ちゃんと拾えよぉー――」

「はぁ!?」


 聞き返したときには榎凪は僕の手をふりほどき垂直降下中だ。

すぐさま羽を閃かせ榎凪を僕の背中に着地させる。


「気持ちいぃ!」


 白い髪の僕とは真逆の黒い髪をはためかせ明快に笑う榎凪。


「あなたはいつも人を驚かせますねっ!」


 心臓止まるかと思いましたよっ!ほんとに。


「それよりハコ、前」

「へっ!?」


 変な返事をしてしまったが無理もない。何せ数メートル先には黒い球体。反射的に『断纏』で粉々にする。

 『断纏』特有の幾重幾方の太刀が迸り風すら断つ。


「上出来だ!三秒待て!」


 難しいことを簡単に言ってのけた。

 榎凪は懐から青白く光を放つ『光踊石』を走らせ、空中にごく簡単な模様を描く。


「圧縮魔術式解凍!」


 簡単な模様から緻密かつ精巧な線が三次元に延びる。

これが榎凪の十八番、立体魔術式と圧縮魔術式だ。相手さん方はこの榎凪特有の魔術理論がほしいが為にこんなことをしているわけだ。


「燃えろ、燃えろ、囂々と!轟け、舞い散れ、桜花の炎!」


 このフレーズはただの榎凪の趣味だ。

 魔術式が桜色の炎へと変貌し矢のようなスピードで街へ急降下する。

 砲口付近に降りていく桜の火が人にまとわりつく。

 その間にゆっくりと家から少し離れたところに着地すると、『鴻の翼』をたたみつつあたりを確認する。


「榎凪さんは家に帰っていったん準備して出て来てください。その間近くのは掃討します」

「頼んだ!」


 迷いなく走ってアパートに向かう榎凪を確認し僕は城壁の上を駆ける。

 視認できるほど近くに三名。先ほどから対空放火をしていたのはこいつらと見て間違いないだろう。

 無駄のない動作で『断纏』をたたき込む。その太刀に慈悲などない。確実にしとめたとは確認しなくても分かる。そんなことより残存した奴らがどこにいるかとか返り血を浴びないようにする方が大事だ。断纏の太刀味は唯一無二の切れ味だ。助かるはずもない。

 今度は望遠及び暗視専用装備『梟騎の瞳』を開き人影を確認。

 そこまで静かに移動する。

 わざわざ声などあげない。静寂に、無音に、音ごと断つ。たぶん向こうは未だ死んだことに気づいてすらない完全な殺戮。生の強奪。

 そろそろ他の仲間達は撤退を始める頃だろうが逃がしてなるものか。

 これ以上『断纏』で近づいて攻撃するのでは相手全員に追いつけない。しかし基本的僕が持っているのは近距離専用の武器。だが何もしないよりはましだ。このまま続けるしかない。

 それに榎凪が出てくれば残存の奴らもたやすく掃討できる。それまではどうにか。


(ハコ、戻ってこい。一気に片づけるぞ)


 脳の奥に響くような直接通信。お呼びがかかった。

 足の向きを変え転身、一直線に榎凪の元へ行く。邪魔な壁はもちろん切って文字通り真っ直ぐに。


「どんな魔術を使うんですか?」

「新種をね」


 長いつきあいだ、お互いの顔など確認しなくても分かる。

 今の榎凪は楽しんでいる。


「少しばかり溶媒が必要だ。瓦礫を作れ」


 前に言ったとおり魔術とは『=』で結ぶこと。さっきの『光踊石』をつかった魔術は一度式を作り『光踊石』の中に保存しておいただけで火をおこすのに必要な溶媒は使用している。今回は一からの生成。溶媒が必要になるのだ。

 近くにあるものを手当たり次第壊し、瓦礫を出しているうちに榎凪は『光踊石』で魔術式を手早く紡ぐ。


「そのぐらいでいい、ハコ。 さぁ、舞踏会の始まりだ」


 かけ声とともに入れられた光で完成した途端、魔術式がほどけ蛇のように石屑にかぶりつく。


「いっけぇ!」


 瓦礫はかけ声を聞くや否や消える。

 おそらく高速移動させたのだろう。物体を別の位置にワープさせるなんて不可能だ。

 『梟騎の瞳』を通して一グループを見てみると石に胸を射ぬかれているのが見えた。

 どうやらホーミングして相手を殺す魔術のようだ。


「掃討終了!さぁ、疲れたから早く寝よう、ハコ」


 これだけ手痛くやれば明日ぐらいは大丈夫だろう。

 長かったようで短い一日が終わりを告げ、僕は家の中で深い深い眠りについた。


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