第48歩:絲状災厄4
―V.S.朝熊・明・麻紀―
見渡す限りの猿鬼。猿鬼。猿鬼。
文字通り、足の踏み場もないほどに、この場に群れていた。
狙いは明確に……鏡。
目的は分からないが、狙いは鏡であった。
狙いが味方であるならば、守らねば。
そんな単純な論法で、彼は仁王立ちする。“たった一人で”壁となる。
周りなんて邪魔だった。
いれば確かに、心強いし、戦力も上がる。でも、それ以上に今の姿を見られるのはつらい。
「もう、誰も見ていないよ?」
彼女の一言がスイッチ。
そう、彼は――朝熊は既に、いや、最初から人ではなかった。
「今、力を見せなくていつ見せるの?」
性格がシフトしていく。
血を欲して。
身体がシフトしていく。
力を欲して。
「さぁ、始めよう?」
筋肉が隆起する。
皮膚が硬化する。
「行ってらっしゃい、私の使い魔」
彼女は言う。明は言う。
自らに下された命令を遂行するため、彼は立つ。
そして……絶叫する。
「■■■■■■■■――!」
人ざる声で、絶叫する。
人でなくなったもの、人になり損ねたもの。
かの者どもが激突する。
朝熊は動く事なく、猿鬼と工作する。一対無限の戦い。まるで、一人で津波を受け止めるようなもの。
だが、
そんなこともできないで、何が使い魔か。 武器など必要ない。
片腕で全てを凪ぎ払う。
鎧など必要ない。
皮膚はなにも通さない。
身体そのものが兵器。
「■■■■■■■■――!」
力任せに一薙。軽々と猿鬼が吹き飛んでいく。消し飛んでいく。
一撃、一撃がまるで嵐。
嵐が津波を飲み込む。
ギッギ、ギッギ、グシャリ
ガッガ、ガッガ、グシャリ
ギッハ、ギッハ、グシャリ
全てを破壊し、破壊し、破壊しつくす。
一匹、腕にかぶりついてきた。歯もたてる事すらできず、もう片方の腕で消し飛ばされた。
足にかぶりついてきた猿鬼はその足で、ふりほどき、踏み潰す。
暴力、暴力、暴力。
乱闘、乱闘、乱闘。
ただ、暴れて、力をふるい、
ただ、乱れて、闘い続ける。
「■■■■■■■■――!」
守るものなんてどうでもいい。
ただ、命令にしたがって、
もう、命令に従っているかさえ怪しく、
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!」
ただ、血を欲する。
―●―
そんな陰惨で凄惨な現場を近くのようで遠い、遠いようで近い場所で見下げる者が一人。
「こんなに相手が多いなんて……離れてて正解だったよ」
片手でスローイングナイフをもてあそびつつ、彼女は――明は一人ぼやく。
「数えても限がないよ……私一人がどうこうしても仕方なさそ」
ナイフを上に投げては柄をとり、また投げては柄を掴む。くるりくるりと曲芸じみたテンポで宙を舞う、凶器。
「まぁ、その分、《私の》が二人分働いてくれればいいんだけど」
ナイフを上に投げては刃をとり、また投げては刃を掴む。ひうんひうんと殺陣じみたテンポで宙を舞う、凶器。
「それにしても……麻紀ちゃん、どこいったんだろ?スタンスだから仕方ないと思うけど」
ナイフを上に投げてはまた上に投げ、柄を掴んでは刃を掴む。くるりひうんと宙を舞う、殺人道具。
「さて、私はどうしようかな?ここにいても仕方ないし」
ひうんひうんひうんひうん。
くるりくるりくるりくるり。
手のひらの上で、ナイフが宙を舞う。
「とりあえず、此処、移動しようかな。そろそろ、ヤバそうだし」
足下には群がる猿鬼。
此処は木の上。ギシギシ軋む木の上。
そんな木の上から別の木へと跳躍する。
「まぁ、とりこぼしもあるだろうし、そっちを私は請け負うことにしよっかな?」
ひうんひうんと。
くるりくるりと。
軋む木から軋む木へ。
夜を飛び、夜を渡る。
「ふふ、私が働けば私が三人働いたことになるし、頑張ろうかな」
ひうんひうんと。
くるりくるりと。
楽しげに。嬉しげに。
宵闇を蹂躙し、宵闇を跋扈する。
彼女は、明は今宵、眠らない夜を堪能する。
この終わらない夜を堪能する。
―●―
タンタンタンタン。
連続のくぐもった音の発砲音。
腕にもつのは、自家製の――正確に言えば、希崎 時雨作のスナイパーライフル。
一見杓杖のようで、銃身が以上に長い特別なライフル。
タンタンタンタン。
またも四発連射。
自分に近づいてくるもの、計画に邪魔になりそうなものを、一撃必殺で射ぬいていく。まさに針の穴に糸を通すような、弾道のずれない射撃。
タンタンタンタン。
弾倉が空になったので素早くリロード。
それさえも、一糸乱れぬ精緻さでこなしていく。
タンタンタンタン。
だというのに、彼女はさも適当に、まるで片手間にでも行っているような態度。
欠伸をし、首の骨をコキコキと鳴らす。
怠惰に、ただ怠惰に猿鬼を撃ち抜く。
タンタンタンタン。
当然といえば、当然だ。
彼女にとってこれはどうでもいいこと。
彼女が所持している才能からすれば、こんなことは目をつぶっていても、なんなくこなせる。
タンタンタンタン。
残弾、零。弾倉に十二発、鉛玉をセット。まるで無駄なく完了。
撃ち抜く準備は整った。
タンタンタンタン。
整った瞬間に、四発打ち込む。
見えるはずのない、一直線の軌跡を描いてうちこまれた猿鬼たちが倒れる。
タンタンタンタン。
倒れた猿鬼たちを踏み越えて、更に四体。迷うことなく鉛玉で頭をうがつ。
悲鳴をあげている気がした。聞こえたところで、躊躇などは生まれたりはしない。
気にしているのは残弾ぐらいのもの。こちらに悲鳴をあげられては堪ったものではない。
タンタンタンタン。
迫っていた敵に一発ずつ二体にくれてやり、遠距離の敵二体にも一発ずつはなつ。タイムラグなど生まれはしなかった。
また、弾倉を補充。そして――
タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン。
猿鬼を小さき槍で射抜く。
ただ自動的に……自動的に、風間 麻紀は銃を扱う。




