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第4歩:NAUGHT

 僕が榎凪を先導しながら迷路のような道を着実に街に近づくよう30分ほど歩いた頃、榎凪はようやく僕の背中から降りてくれた。本当に重かったよ。

 しかも降りてからお礼も何もいわなかった。期待してたわけじゃないが有るのと無いのでは終わった後の心地が違う。

 ちぇ、やっぱり背負ってやるんじゃなかった。


「やっぱり、ハコの背中は気持ちいいなぁ」


 満ち足りたように笑う榎凪。こう清々しげに事をされると調子狂う。


「何ラリってんですか」


 呆れたようにつっこむと意気揚々と演技じみた挙動をとり始めた。


「もう、ハァハァ、ハコの、ハァ、ハコの吐息が腕に……!」


 駄目だ。

 この人はもう駄目だ。

 完全な末期症状がでている。

 こんな人といっしょにいるとろくに歩けやしないや。

 結論。この場に破棄していこう。


「ハァハァ……アアン!」


 そんなことも知らず未だ悶えている榎凪。

 多分今足を忍ばせて移動すれば、自らを抱いて悶えているあの人に気付かれず移動も可能だろう。

 一歩一歩確実に足音を忍ばせて横歩きをしながら僕は榎凪の視界からゆっくり消えていく。

 数分後、完全に後ろに回り込んでから今度は後ずさる。

 それはもうゆっくりと、時間は永久ではないかと考えさせられるほどにゆっくりと。

 ようやく曲がり角までつき、向きを変えてゆっくりと進む。

 榎凪の五感の範囲外をでるとようやく僕は疾風のごとく走り去った。


   ―●―


 完全に道を覚えておいて良かった。覚えていなかったら今頃、街まではもちろん、国外へ『徒歩』や『正当な方法』で出ることはできなかっただろう。

 そういえばまだあの人はまだ一人で悶絶しているのだろうか?そろそろ回復する頃だろうが早く酒屋を見つけて探しに行ってやらないといけないな。そうしない限り一人でさまよい続けるだろうし。

 そんな思慮が僕の頭をよぎった瞬間、


『ピンピロ、ポンポロ、ズッチャン、スッテン〜♪メ〜ル〜♪メ〜ル〜♪』


 僕は全力疾走していたせいで思いっきり頭から地面につっこんでバウンドした後、空中で三回転半回り壁と全身で抱き合ってしまった。本気でいたいよ。どうやったらこけまで盛大に転けられるのか教えてほしい。

 ともあれ先程流れた携帯電話の着メロは擬音語でも何でもない。あのままの声がそのまま流れたのだ。榎凪の声で。

 もちろん僕が設定したのではなく榎凪が勝手に設定を変えたに決まっている。ちゃんと僕は普通の電子音にしておいた。

 何にしろ内容を見ねばなるまい。起きあがり土を払ってからメールを開いてみる。相手は榎凪。まぁ、僕の携帯電話の番号とアドレスを知っているのは榎凪しかいないから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 メールの内容を開くと画面一杯に電子的な活字が広がる。


『どう、お手製の着メロは気に入ってくれたぁ〜?会心の出来だろう!』


 この人の美的センスを心底疑った。そんなことは常時故にあえてスルー。


『それはそれとハコ。』


 相手も放置した。ほんと無駄だ。


『勝手にいなくなるなんて酷いじゃない!寂しくて死ぬぅ!寂しくて死んじゃうよぅ!』


 だからどうしろと言うのか。迎えに来いとでも言いたいのだろうがそんなことで僕が迎えに行くと思ったら大間違いだ。

 その後に後で付け足したかのように一文。


『ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ!』


 死ぬわけ無いだろ。そうじゃない、話がそれた。

 類推するに最後の一言は自分はウサギだと主張しているのだろうか?全く呆れて物もいえない。

 ふと、よく見てみると画像がついている。なんだかあまり気は進まないがとりあえず開かなければならないような気がしてならなかったので開いてみた。

 画像が開いた瞬間僕は計り知れない何かがはじけ、ふつふつと熱い物が体から沸いてくるのがはっきりと分かった。

 あまり言いたくはないがその画像はいつの間に撮られたか知らない僕の裸の画像だった。もちろん風呂場。

 何のためらいもなく激情のままに携帯電話を握りつぶし地面にたたきつけ踏みくだき、完全に携帯電話と分からなくなるまでバラバラにしてもこの怒り――いや、そんな軽いものではない。言葉じゃ現せないような何かはいっこうに消えない。

 今すぐ榎凪の所に行って殴りたい気持ちに従おうとしている体をかすかに残った自制心で押さえる。


「(これは何かの陰謀だ。そう、榎凪の策。今行けば僕の負けだ。そう、負けなんだ。落ち着け。ドウ、ドウ、ドウ……)」


 小声でつぶやき必死に体中に自制心を巡らせる。

 成果はすぐに現れ火照っていた体はゆっくりと冷やされ熱い感情も一緒に体外へ排出されている実感がある。これで僕の勝ちだ。別に勝負なんかしてなかったけど勝った気分だ。そういうことにしたい。そうでもしないとやってけないんだ。

 完全に自我を取り戻すと荒くなった呼吸を整える。知らない内に結構走っていたようだ。次に汗を袖口で拭い着乱れた服を手早く直すと完璧に家を出る前と同じ感じに仕上がった。

 もう街は目と鼻の先だ。ゆっくりと歩いていくことにしよう。

 足音は乾いた土を踏んだとき独特の乾いた音でなく地面は人通りが近いことを教えてくれる堅い音。

 だんだん回りの色も近代的かつ艶やかな彩りを現してくると同様に人の心も弾んでくるのが自分でもわかった。

 道が日光の蒼い光で途切れたようになっているのはこの街の二つの境界線を見せつけられているようで気分はあんまり良くない。

 変な感情は気にせずその線を僕はあっさりと乗り越る。

 出た通りはは街のメインストリート。そこには雑踏があふれ返り人のざわめいている。それがこの街の『動』『陽』『正』をひしひしと体で感じさせてくれるのはなんともいいことだと思う。

 でも『陽』『動』『正』が強いところには必ず強い『陰』『静』『逆』も同じだけの強さがある。何せこの世は『零』なのだから。表がたくさんあれば同じ数の裏が必ずあり、世界は『零』を守るそうだ。それは世界で、国で、街で、村で、集団で、家族で、個人で――必ずそうなんだ……、って榎凪から昔教えてもらったことがある。その時の榎凪はどこかを儚げに眺めながら言った。

 本当かどうかは知らないが榎凪の顔は真面目だったからきっと本当だろう。

 この街はその模式図みたいに分かりやすい。

 くっきりと分割された『静』と『動』の『動』の部分は『静』の部分とはうってかわって笑っているようだ。疑うことを知らぬ子供のように。

 メインストリートの両側には明確に看板をあげる店や何をやっているか曖昧模糊な店が立ち並んでいる。

 とりあえず自分がたっている隣はアクセサリーショップということだけを確認し少しのぞいてみる。


「おう、少年!なんか一つどうだ?安くしとくぜ?」


 フレンドリーなオヤジ。この対応は条件反射のようだ。

 ありきたりな言葉を投げかけてきたその露店のオヤジはすぐに顔色を変え吹き出す。


「ぷははははっ!こりゃ可愛い奴だ!おまえにはこれが似合うからまけにまけて2ドルでどうだ?」


 オヤジの態度にはとてつもなく気に食わなかったが何もしていないのに2ドルとは安い。

 デザインもなかなかいいし記念に買おう。


「ください」


 ぶっきらぼうに2ドルを差し出して商品と交換し早速その場でつけてみる。

 オヤジに聞くと太陽と月をかたどったアクセサリーらしいがよくわからない。


「まいどあり!少年!変なおじさんに襲われないようにな!」


 『変なおじさん』はお前だ。と内心毒づいてみた物のオヤジの言葉が何か引っかかる。

 なにも分からないまま酒屋を探しそのまま街をぶらついてみた。

えてして不思議なことは続くものだ。今日ほどその言葉を意識したことは今の今までない。さっきのおやじを始め知らないおばさんにいきなりお菓子をもらったり、子供を抱いた母親にいきなり子供を抱いてやってくれと頼まれたり、少女にいきなり頬にキスされたり、最後には観光客が一緒に写真を撮ってくれと言ってくる始末だ。

 一体何があったというのか?町の人全員に榎凪が乗り移ったみたいで気色悪い。

 ひとまずあまり人目に付かないように適当な路地に転がり込む。少し暗いがあんなところより数倍ましだ。

 目の前には内側からカーテンの閉められた巨大なガラス。そこに映った自分の姿を見て愕然とした。そのことが余りに信じられずガラスに穴が開かんばかりに凝視する。

 目を擦り何度見てもやはり『それ』はそこについたまま。今度はおそるおそるそこへ手を伸ばし触れてみる。

 柔らかな感触。間違いなく『それ』はそこにあった。これはまさしく本物の感触。温度までちゃんとある。ガラスを通してじゃないとみれないが自分の頭にはしっかりと『ネコのミミ』が生えていた。それもしっかり根本まで頭とくっついている。

 こんな事をするのは間違いなく一人。


「榎凪ぃー!!」


 自制心によって押さえる暇もなく僕はその名を叫んでいた。これが一番の間違え。

ずごん、と重い音がした刹那、彼女は現れた。


「呼んだぁー?」


 地面に穴が開き榎凪がはいでてくる。心臓が悪い方はご注意を。


「どっからでてきてるんですか!?」

「マンホール?」


 即答で切り替えされてしまった。しかしこの国には元々マンホールはおろか地下水路はないはずだ。つまりは、


「ついに自分で下水道まで造りましたか?」


 もう今日で何回呆れたことか。数えるのが面倒なぐらい呆れた。


「いいじゃないか!呼ばれたから着たのにあんまりだ。呼ばれて飛び出てなんとかかんとかだ!」


「呼ぶでません!」


 呼んでないことにしておいてくれ。今現実は見えなくなった。


「寂しそうだったから」


 勘違いも良いところだ。


「僕がそう見えたのなら頭の中を検査してもらって下さい」

「肩をふるわせて泣いてたじゃないか」


 何時泣いたよ。誰が泣いたよ。何故泣いたよ。


「誰が見ても怒ってました!」


 もう少しこの考え方を変えてくれ結構いい人なんだけどな。本人の前じゃ口が裂けても言わないが。


「それは良しとします。」


 今はそれどころではない。問題は別のところだ。


「それより何で僕の頭に『ネコのミミ』が生えてるんですか!」

「『ネコのミミ』じゃなくて『ネコミミ』だ。『の』は省いて」


 どうでも良い指摘だ。それでも饒舌に御託を並べる。


「やっぱり萌え要素として『ネコミミ』は欠かせないでしょ!私的には『イヌミミ』の方が好きなんだけどハコはネコの方が好きだろう?いやー、一週間ぐらい迷ったんだけどネコミミもなかなか萌えるな」


 すでに僕には意味不明で手がつけられないところに榎凪は行ってしまったが反論ぐらいは出来る。


「何の意味もなくつけないでください!」

「意味なら『萌えるから』の一言に限る!」


 大声で宣言された。僕の中で何かがはじけた気がする。


「一回本気で殴っていいですか?」


 笑顔で僕は拳を固める。後に聞くとこのとき僕の後ろには修羅が見えたらしいが――さて何の事やら。


「お前が本気で殴ったら私が消し飛ぶからやめて!ごめん!謝るから!」


 仕方なく、僕は握った拳を開き『軽く』チョップする。軽くとは言っても子供の本気ぐらいはある。


「ったぁ〜……」

「今回はこれで許します」


 腰に手を当てため息を吐く。この数十分で疲れきってしまった。

 榎凪の折檻は自業自得、因果応報だ。


「えっぐ、えっぐ……」


 榎凪がしゃくりあげる。何泣いてんだよ、この人は。うわ、ほんとに涙まで流してる。


「ハコが叩いたぁ……えっぐ……」


 何事かと思えばそんなことかよっ!?


「大丈夫ですか……?」


 とりあえず苦虫をつぶした様な顔で言ったが、こう言ってやると必ず


「ハコが撫でてくれたら治る」


 と言うのだ。だが僕はそんな甘くない。


「子供みたいな事言ってないで、ほら、立ってください」

「はぁ〜い……」


 口をとがらせ不機嫌そうに榎凪は言う。

 どうにかしてほしいよまったく。


「さぁ、今すぐこれをとってください!」


 忘れてもらっては困るが頭の上に生えている『ネコのミミ』をとってもらうのが目的なのだ。


「そりゃ無理」

「何即答してるんですか!」


 笑顔で小さく手を横に振る榎凪。

 僕は静かに手を振りあげきっちり上に構える。


「wait!wait!stop!!待てぇ!理由を説明するから」


 焦ったのか懇願するような眼差しを榎凪は僕に向けてくる。


「下手な理由を言うと許しませんよ」


 榎凪は何も言わず首を縦へ高速に振る。その後少し間をおいてからしゃべり始めた。


「えっとね、それは新しい装備で『幻夢の誘手』っていうの。それを出している間はみんな敵意が抱けない。どころか好意があることを相手の脳内に資格から刷り込む。」


 確かにその場合目立つ方が刷り込みやすいのはわかる。でもこれはあんまりじゃないだろうか。

 榎凪はさらに続けた。何故か生き生きと。


「これで世界にハコがメロメロ!」


 最後の一言がなければ少しは役立つと思えたろうに。全く無駄なことをする人だ。

とりあえず勢いよく榎凪の横腹に手刀を入れておいた。榎凪はそれをもろに喰らい金魚みたいに口をパクパクさせている。

 気遣う言葉もなく不躾に言う。


「装備なら収められるんでしょうね?」

「一応……」


 相当痛かったのか押さえつつもちゃんと答えた。

 その答えを聞いてほっとした。

 早速作業にかかる。頭に力を少し入れてみるとと徐々に神経が通い、ピクピク動かせるほどになった。そうしてようやくそれがしまえた。


「ふぅ、これで街でじろじろ見られたりしない訳か」


 問題が解決したのでようやく落ち着けた。その途端榎凪がいつものようにしゃべりかけてきた。痛みも治癒した様子だ。


「それにしてもなかなかかっこいいネックレスだな。買ったのか?」

「えぇ、『幻夢の誘手』で安くしてもらえたんで」


 半ば自嘲気味に言った。あの時は能力不十分の所為か思い切り笑われたし。


「よかったじゃないか。他にはどんな効果があった?」


 やはり腐っても英知の神髄魔術師か。研究成果には興味があるようだ。 他意はないと思い有ったことを簡単に話す。


「子供を抱いた母親にいきなり子供を抱いてやってくれと頼まれたり、少女にいきなり頬にキスされたり、最後には観光客が一緒に写真を撮ってくれと言われたり――」

「――何?」


 榎凪の目が恐ろしく光る。まるで獣のように。


「だから、観光客と記念撮影まで――」


 いきなり顔色を変えてどうしたというのか。


「その一個前だ」

「えっと、少女にキス?」


 言った後に気づいた。が、時既に遅し。


「なぁんだぁとぉ!どこぞの奴ともしれんガキがハコに口づけだとぉ!」


 狂ったように叫ぶ。あたりに満ちる狂気。


「ぶっ殺してやる!街ごと焼き払ってくれるわっ!」


 やってしまった。

 こうなってしまった榎凪は僕以外神ですら止められない。神すらも殺す勢いだ。


「巨大爆破魔術式及び半径三メートルに防御魔術式を展開!」


 半ば暴走気味に地面に魔術式を書き始める榎凪。

 さすがにまずいと思った僕は『本意ではないが』鳩尾に一発拳を入れて榎凪を気絶させた。

 倒れてきた榎凪を全身で受け止めてやる。


「全く世話が焼ける人ですね……」


 ため息が自然と漏れる。あんまり悪いため息ではない。

 この人といると退屈はしないけど疲れるな。今日はぐっすり眠らないと明日に残りそうだ。

 とりあえず榎凪が起きるまで膝枕でもしてやろう。せめてもの詫びに―――。


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