第34歩:FACE-1
夢を――見ていた。
透き通ったように綺麗な、日溜まりのように暖かな、それでいてナイフのように冷たい夢。
夢だから凄く朧気だけど内容はしっかりと覚えている。
そう、それは――
それは時代錯誤な騎士と姫君の話。
断片的な夢ではあった。話のつながりが分からない部分も無数に。
おそらく時代は中世辺り、場所はよく分からないがヨーロッパ系の人がいた記憶がある。
石で囲まれた部屋の中、幾人かの人と話した。
いたのはそう、城の中だ。
交わした言葉の記憶は重要でなかった所為か、かなり薄い。
夢は途切れ途切れ進む。
そしていつの間にか、石の世界は炎の世界に変わっていた。
周りの世界が、城が、絨毯が、調度品が、家具が、人が燃える。
それでも立ち止まっていた。
夢の中で動けず、ある女性の前でひたすら立ち尽くす。
夢の中にも時々でてきた姫君。
でも彼女はいつものような華美な服も、豪奢な王冠も付けていない、町娘のような軽装。それでも彼女は――姫は笑っていた。絶望の欠片も感じさせない満面の笑みで笑っていた。そんな彼女と炎の中心で少しだけ話す。音は聞き取れなかったが、とても嬉しかった。そして、二人しかいない部屋に誰か、殺意の固まりみたいな人が入ってきて―――
そこで夢は終わった。
話の大筋を話すとこんなもの。もの凄く在り来たりな安っぽいストーリー展開。
夢は起きればすぐに忘れてしまう。もしくは、夢を見たことさえ覚えていない。それでも今、考えるほど印象に残っている。
理由は簡単だった。
僕は夢の中で騎士に自分を無意識に重ねてみていた。
そして――姫君に榎凪を重ねてみていた。姫君の向こう側に榎凪がいた。
これは僕が心の底で思っている榎凪との終焉なのかもしれない。こんな風に誰もいない何処かで炎に巻かれながら、榎凪のため戦って、そして二人で死んでいく。
そんなカタストロフが一番ベストな終幕の迎え方なのかもしれない。たった一つだけの冴えない終わり方。
それでも、
それでも僕は、
榎凪と終わりが迎えれるなら、それでいいと思ったんだ。
いいと思えたんだ。
―●―
体中痛かった。
骨も、肉も、目も、鼻も、耳も、口も、頭も、腕も、足も、関節も、内蔵も、心臓も、細胞全てが痛かった。
心中痛かった。
憤怒も、快楽も、哀切も、愉悦も、絶望も、歓喜も、堕落も、慶福も、罪悪も、良貴も、感覚全てが痛かった。
それでも僕は生きていたい。
惰性になろうと、形振り構わず生きていたい。
だから僕は、泥になった神経と鉄になった身体を繋ぎあわせて、重い瞼を開いた。同時に感覚も鋭利になる。
背中には冷たい木の感触。
夢から覚めた僕はフローリングの上に寝そべっていた。仰向けで。
永いこと目を瞑っていて目に光がしみると思ったが、どうやらちょうど陰のようで大した抵抗も拒絶もなかった。それでも、疲れている所為か焦点がなかなか合わない。
世界はあまりいい色に見えない。
赤くもなく、青くもなく、白くもなく、不健康そうに黒ずんだ薄橙色だった。
いい夢見た後はどうも、現実では良いことが起きないのはセオリーらしい。
ピントのあった僕の水晶体に映ったのは僕の一番苦手な人だった。
右手をビシッと擬音語がつきそうな勢いであげて口を出したその人。
「よおぅ」
その人、希崎 時雨さんは笑って、めちゃめちゃフレンドリーに挨拶された。
正直、ギャップのありすぎで気持ちわりぃ……。せめて目元のクマを無くしてからだろ、その挨拶。なんてことは心の中に仕舞っておこう。
仕舞ったのはいいが一体このテンポにどう対応しろというのか。
とりあえず、
「……よおぅ」
とだけ言っておいた。
「何だテメェ、いきなり馴れ慣れしいんだよ」
ひでぇ……。
即答で拒否られたよ。あんまりだろ、自分で言っといて。
ちょうど横から僕の顔の上にしゃがんで顔を出してる所為で起きあがれないし、とにかく凄く邪魔。
「すいませんでした……」
「なに謝ってんだ、キモいな」
もう訳わかんねぇ……。
誰か助けてください、お願いします。
「もう一度聞こう。俺に言うことは?」
一体、一回目はいつあったんだよ。
そんな在り来たりなボケと突っ込みは置いておこう。うん、それが得策だ。
「一遍、死んでください」
「おう、わかった。ここは日本人らしく切腹か、はたまた自由を愛する意を込めて投身自殺―――って嫌じゃ、ボケッ!」
ノリツッコミだ。月並みなノリツッコミだ。それと切腹は日本人ぽくないし、投身に自由の意味は込められてないですよ。
と言うか、何でここで漫才してんだろ。激しく疑問だ。
僕はまた目を閉じて考える。
道場で夏雪さんと手合わせを始めたのは覚えている。負けて、立って、もう一度負けて――。はぁ……、また記憶が曖昧だ。ちぐはぐで継ぎ接ぎだらけの上、穴だらけで矛盾しまくってる。
マジで欠陥かもしれない。所詮、人為的に作られた魔術制合成生命体――欠落して壊れていても無理はない。むしろ、完璧な方が不可思議だ。何処か壊れていた方が、世界との折り合いがつく。足りなかったのがたまたま記憶を保存できる要領と考えた方が超自然。
何で、何で今まで気づかなかったんだろう?気づいたことすら忘れていたのか?
そんな風に考えると、何だかとても……悲しかった。涙が出そうになるほど悲しくなった。
「おい、寝るな」
「寝てねぇよっ!」
時雨さん、せっかくのシリアスな思考と場面が台無しですよ。あの朝の鋭い目をした時雨さんはどこへ行ったんですか。
「人の世界レヴェルのノリツッコミをそのまま寝るなっ!!無視かっ!?放置プレイかっ!?あぁっ!?」
この人ほんとに時雨さんですかっ!?まだ僕は夢の中なんですかっ!?
「とりあえず、退いてください。立ちたいです」
「ん?あぁ、わりぃわりぃ」
どういう風な筋肉の使い方をしたのだろうか、と考えさせられる程に無動作で、後ろに一メートルぐらい跳躍した。しなやかに美しく弧を描き、音も立てずに着地。
それに少し見とれながらも、気取られぬようそっと普通に立ち上がった。これでようやく落ち着いて話せる。
だからって気がゆるめれる相手でもないけど。天と地と程のギャップがある性格とまだ交わしていない信頼が大部分の理由だ。
「で、お前。俺に言いたいことは?」
「一遍、死んで―――」
「おう、わかった。ここは日本人らしく切腹か、はたまた自由を愛する意を込めて投身自殺―――って無限ループさす気かよっ!?一コマ目に戻れとっ!?」
やべ、時雨さんって結構おもしろい。癖になるかも……。
だけど、そろそろ止めとかないと話が進まない。それに時雨さんが不機嫌そうにポケットに手を突っ込み、目をそらし始めた。
和湖さんが時雨さんに話を聞けとか言ってたし、重要な話を聞き逃すのは忍びない。
よし、頭を切り変えよう。
―――閑話休題。




