第32歩:VICIOUS ANGEL-3
偽りの殺意の矛先を互いの体に向けたまま、僕たちはそのまま立ち続けた。
そうしていると一つ気になることに気付いた。
夏雪さんは僕との信頼を築くためこうして武器を交えると言った。それに対しては何の依存もないし、大いに賛成だ。僕が疑問に思ったのは夏雪さんのあの言葉。
「弱い人に背中は任せたくありませんから」
この言葉から推測するに前線で戦うつもりらしい。男女差別をするつもりは微塵もないが、何というか以外だ。
それに今から剣を僕と交えようとしているんだ。それなりの自信と能力があるんだろう。
――閑話休題。
始まりの一太刀がもうすぐ交錯するかもしれない。いつまでも無駄な考えを頭に残していては夏雪さんに失礼だ。
それに麻紀さんの二の舞になるのだけは嫌だし。あれは結構な屈辱だった。
いけない。言ったそばからまた話がそれた。集中力の無さは僕の欠点らしい。
出来る限り集中力を鋭利化。針のように研ぎすまし、夏雪さんに突き刺す。
木刀を握る手に汗がにじむ。
始まりは一瞬。
僕はいつも通り右手一本で木刀を振るった。真剣より若干軽いが問題ない。
狙ったのは右脇腹。しっかりと足を踏み込み、五割の力で打ち込む。
夏雪さんは刀の動きを見た後に先の方で悠々と止めた。お互いそれぐらい予見している。
だから、追撃の用意もしっかりしていた。右足を軸にして左足の踵で頭を狙う回し蹴り。
木刀の攻撃方向とは逆回転の攻撃だったが意表は十分につけた。手に持っているものが武器ではない。相手を害するものが武器である。
そう仮定したならば、僕の体は武器で出来ている。
弧を描くような軌道で夏雪さんの頭に迫った踵はあっさりと止められた。夏雪さんは素早い判断で片手を棒から離し、うまく力を殺され、受け止められてしまった。
まだ終わりじゃない。僕は捕まれた左足を軸にして回転。左足で頭を狙う。体は完全に宙に浮き、不安定な蹴りだったが入るだけの確信があった。夏雪さんの両手はしっかりと塞がっているし。
なるだけ早く回れるよう体を小さくし、狙いを研ぎすます。間違いなく入った、そう思ったのが大きな間違いだった。
夏雪さんは片手でもっていた棒の角度を少しだけ変えた。たったそれだけであった。棒の先端を僕の蹴りの軌道にあわせただけ。必中の一撃だと思っていたその蹴りを赤子の手を捻るより簡単に止められた。
それは動揺するには十分すぎる材料。次の行動が全くとれない。思考が完全に停止してしまった。
そんな僕をいともたやすく片手で投げ下ろした。
受け身さえ取れず、顔面から落ちた。呻く声さえも上げられなかった。それほどの圧倒的な絶対差。
それを見せつけられて終わりだった。
所詮はただの紛い物でしかない武器の体。磨きあげられた本物には勝てるはずが無いのだ。
僕は一人倒れているしかやることがなかった。出来ることはそれだけしかなかったの間違えか。
とこしえの沈黙が道場に流れている気がする。
やっぱり、どうあっても上には勝てない。弱いものはどうあっても所詮弱い。嘘勢は所詮張りぼてであり、押せば脆く崩れる。
……待て。
いつからだよ。いつから弱いと決まった。いつからそんな『ちっぽけな理由』で言い訳するようになった。とんだお笑い草だ。勝手な理論を作り上げて納得してるだけだろ。
いや、止めた。こんな無駄な考え止めた。言い訳するのも、それを否定するのも全くの無駄だ。
――閑話休題。
もう少しだけ夏雪さんと戦ってみたくなった。無駄な考え抜きで。
叩きつけられた衝撃で少しだけ体に痛みがあるが全く問題ない。今までのはすべてリセット。
ニューゲーム――スタート。
わざわざ手足を使う必要など最初から無かったのだ。むしろ使ったのが失敗。初撃をゆるめに打ち、引こうとしなかったならリーチの関係上、足がくることぐらい誰でも分かることだ。それに初めなのだから意表を突こうとしてくるのは常識。それを逆手に取れば造作もないことだ。
追撃にも問題はある。今回はただの棒だったからよかったものの槍や矛ならば足が串刺しだった。武器を持っている人間に素手で挑むなんて愚かにも程がある。
だから今度は剣技のみで戦う。
新たに剣を構えなおした僕を見て、夏雪さんも棒を構えなおした。夏雪さんは下段に構えている。攻撃してきたところ払い上げて、腹をつくってのが簡単な戦法だろう。だが、さっきのを見て分かった。夏雪さんならもっと他に色々仕掛けてくる。
警戒のために右半身を前に出し、的になる部分を小さくした。それは意味の内容に見えて大事なこと。
相手に踏み込みの位置を見せないようにすり足で移動。構えた棒を軽く払い、間合いを出来るだけ短くする。相手の方がリーチが長いのだから離れれば不利になる。
大きく振り上げれば隙をつかれ、小さく振り上げればダメージが与えられない。必要なのは最小限の動作で最大限のダメージを与えること。
僕はそれに突きを選んだ。
狙うのは的の大きい胸周辺。生物ならばそこに核がある。うまく突けば結果は死。
夏雪さんは慌てず騒がず突きの軌道を棒で払い、逸らした。ここで足を使い、追撃すればさっきと同じだ。それは全くの無意味な行動。
だから僕は間合いをつめるため、体当たりをした。棒は何処でも攻撃できる代わりに、密接した状態では不利になる。この完全密接した間合いでは棒はふるえない。
そんなことは夏雪さんの方が分かっているはずだ。おそらく後ろに飛んで間合いを取り、自分の得意な距離をとるはずだ。そこへ追撃を重ねればどうにかなるはず。
「!?」
読み誤った。
逆に体当たりし返され、脇をすり抜けられた。行動が巧すぎる。
すり抜け際、夏雪さんは僕の耳元でそっと笑いを含んだ声で、
「読み合いでは私には勝てませんよ」
とつぶやいた。
少しだけムカつくけど、どうやらその通りらしい。
もっと別の方法を僕は探さなければならなかった。




