閑話1歩:ON THE NEMELESS ROAD
ここで一端、閑話(無駄話)を挟みたいと思います。あらすじに『放浪記』と書きつつ全く放浪してないので放浪してた時代の話を……
短編調に仕上げたので全く本編と関係ありません。ただ単に最近説明ばかりでつまらなかったのでちょっと休憩にと思っただけですから、読みとばしてもらっても結構です。
それでは、『名も無き道音上で』の話を楽しんでいただけたら光栄です。
青々とした草原を二分するように通った茶色く乾いた道を一台のサイドカー付きバイクが走っていた。紺碧の空の下にもうもうと土埃と排気ガスを立ち上らせ、我が物顔で疾走する漆黒のバイク。どうせ他の車両など通りはしないのだからそんなことはちっぽけな出来事だ。
運転手である妙齢の美女は秋宮 榎凪という。当然のごとくノーヘルで黒く艶のある長髪を無造作に靡かせて走る。風避けの為にゴーグルだけはつけていた。
サイドカーには幼い少年がちょこんと座っている。白い髪の上からしっかりとヘルメットをかぶり膝の上に置かれた荷物が飛ばないよう必死に押さえているその姿は何とも微笑ましい。
少年に名前はない。
別に誘拐されたわけでも、『我が輩は猫である』なんていう見れば分かるようなことを言う猫な訳でもない。単純に人外の者として榎凪に作られ、固定した名前を未だに付けてもらえてないだけだ。
そんな二人が名も無き道上をひたすら走っていた。たった二人きりで。
旅行ではなくただそうしたいからそうしているだけのお気楽な紀行。
「なぁ、ユキ」
突然、榎凪が口を開いて少年に語りかけた。どうやら今日の少年の名前は『ユキ』らしい。
とりあえず、ユキは返事をした。
「何ですか?」
風が強くて喋りづらい。その所為で少しだけ不機嫌に言葉を連ねた。
「おりょ?どうしたんだ、ユキ?いつもなら『どうして今日の名前はユキなんですか』ってそのプリティーな声で聞いてくるのに」
すごく残念そうだ。結局のところ、理由が聞いてほしいらしい。何かと榎凪は人騒がせな人だった。それはもうこれ以上無いくらいに。例えば――いや、これを話すのはまたの機会になるだろう。
ユキは無精無精ながらもちゃんと聞いてあげた。何というかとんでもなくお人好しだ。
「何で今日の名前はユキなんですか?」
ふふん、と鼻を鳴らし榎凪はこっちを向いた。
まっすぐな道だし大丈夫だろう。
「それはおまえの髪が真っ白で雪みたいに綺麗だからさ」
榎凪は断言した。そんなに自信を持たれて言われるとユキは反論する気はなくなるし、脱力するしかなかった。
「で、それでどうしたんですか?名前呼んだからには何か用事なんでしょう?」
「そりゃあたり前じゃないか」
こっちに向いたままずっとはなし続ける榎凪。
そろそろ怖くなってきたユキは前を向くように言おうとしたがそんなことはお構いなしに榎凪は言葉を重ね続ける。
「さぁ!私にも『あなたはなぜ榎凪なの』って訊くんだ!」
もう全くもって訳が分からない。ひたすらユキは混乱した。
だがそれでは何も解決しないと気づいた。それに榎凪をこのまま放置するには余りに可哀想すぎる。
「あなたはなぜ榎凪なの」
妥協案として無関心な声のまま、無表情に榎凪の要求に応えることにした。
それでも榎凪には十分な反応だ。もの凄くうれしそうな顔で、
「それはお前がお前だからさ!」
と声を張り上げた。
こっちを向き、至極の笑みのままハンドルから右手を離し、親指を立てている榎凪。返す言葉が見つからず、かといって取り繕うこともできなかったユキ。
二人の間に流れる永久のような沈黙。この世に二人だけにされたかのようなそんな感じだ。バイクのけたたましいエンジン音も二人の体に裂かれている風の音も沈黙の中では完全なる無意味の存在。むしろ引き立てる道具になっていた。
沈黙は終わらない。空の匂いも、土の薫りも、草木の色も、風の味も感じられなかった。
だが、沈黙と静寂、法と悪は得てして破られる。昔からそう決まっているのだ。
「これから何処へ行くんですか?」
破ったのはユキ。
歓喜した声は上げなかったが喜んだのは榎凪。顔がこの上なくにやけている。基本的に榎凪は沈黙を嫌い、少年との会話をこの上なく愛す。嫌いな物が消え、好きな物に変わったのだ。喜ばずに入られまい。特にこの榎凪ならば。
子供のように無邪気に笑い、悪事を企まず、直情的であり、それらを超越した部分で美麗。それがユキが、少年が思い描いている榎凪だった。
少年の疑問に榎凪はストレートに答えた。いや、答えようとして口を開きながらユキに目をやった瞬間の出来事だった。だんだんバイクが減速し始めた。
ユキと榎凪は何が起こったか把握できず、バイクが止まるのを待つ。アクセルは入っているのにノロノロとしか動かず、最終的には動いているのか分からない程までになってから止まった。
「ありゃ?エンジントラブルでもないし……」
バイクから降り、ゴーグルをはずしてから点検を始めた榎凪は不思議そうに顎に手を当て、首を傾げた。
ユキは手伝おうと思い、膝の上から荷物を下ろして立ち上がる。そのとき何気なしに見たハンドルの前についているメーターを見てユキは頭を抱えた。
「榎凪ぃー、ガス欠みたい」
本当に漫画みたいなオチだ。リアルにこんな事をしないでほしい。
とりあえず、ユキはバイクから降りた。いつまでも動かないサイドカーに乗っていてもむなしいだけだと悟ったからだ。
「これからどうするんですか?」
行き場の無くなった声が榎凪の耳に届く。
榎凪は少し考えるような顔つきをして目をつむった。そして、すぐ意を決したように言い放つ。
「バイクは放置して歩く!」
何とも物欲のない上、早い決断だろう。だが、ユキはそれをすぐに受け入れたように元気よく、はい、とだけ返事をした。
二人で荷物を下ろして肩に背負う。
なんだかとても辛い状況のはずなのに二人とも明るく笑っていた。
そうこれが日常茶飯事であるからこその余裕。楽しむだけの余裕があった。
少年は榎凪にもう一度尋ねる。
「これから何処に行くんですか?」
榎凪は少年に至極の笑みで答えた。
「道の先に見えたところだ!」
二人で茶色の道をゆっくり歩いた。この旅がこのままずっと死ぬまで続くお気楽紀行になると信じて。
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これは大地さん達にあうずっと前の話。




