第26歩:TRUTH-3
「じゃあ」
許しを請うような小声で伏し目がちに尋ねる。この質問で互いに逃げ場を失うことへの罪悪感があったのかもしれない。それでもどうしても聞きたかった。
「一体……あなた達は何ですか?」
返事が返ってくるまで時間はそう無い。
短い時間だが不安が頭を行き交うには十分すぎた。辛うじて保たれている均衡がずっと続いてほしいと願う僕の拒絶心と真理が知りたいと望む探求心。それさえもすぐに崩れさった。
「ねぇ、大河君」
空を仰ぎながら和湖さんは語り始める。
「君は『神』を信じていますか?」
これはまた突拍子もなくファンタジックな話だ。クリスチャンでもない僕からすれば神なんて本気で信じたことは一度もない。そんな雲の上にいるかも分からない寄りかかられるだけの存在概念を信じるぐらいなら近くにいる榎凪を信じていきる。
それにしてもヴァンパイアの和湖さんから神を信じるかなんて言われてもいまいちピンとこない。第一、和湖さんがヴァンパイアダと証明する証拠なんて一つも出されていないのにさらに神なんてどうなってんだよ。
「いいえ、信じてないです」
僕は良くも悪くも正直者だ。こんな場面で嘘をついても意味がないことも分かっている。
「そうでしょうね」
予想通りの模範解答のようで酷くつまらなそうに和湖さんに答えられた。そんな中でも淡い笑顔と空を見上げたその目線は変わらない。
「でもね、大河君」
光の射してない不気味な笑顔のまま僕に切なげな眼差しを投げてきた。逃げ場を無くした小動物と腹を空かせた肉食獣に同時にあったような不思議な感覚。どちらに味方すればよいのか僕には見当もつかない。だから選ばないことにしておいた。
「現在『神』は計二百五十六体確認されています」
これまたかなりの飛躍だ。天から地へ、北極から南極へいくぐらいの飛躍。ヴァンパイアもすごかったがここまで来ると途方もない。
だが和湖さんの顔は本気。だからと言うわけではないが無視するわけには行かない。
「神っていうと『ゼウス』とか『アポロ』とかですか?」
僕が知っている『神』の名の類と言えばこのくらいだ。偶像や虚像を信じて生きれるほど生易しい現実を見てきていない。故に知る機会がなかった。
そんなどんな顔をしているのか分からないほど考え込んでしまった僕を軽く笑うようにまだ説明を続ける。
「そんな神話上のものじゃなくて私らと似たような存在だよ。それに一般的に言われてる『神』だけじゃなくて『天使』や『悪魔』、『魔神』も含んでそう呼んでるんだけどね」
和湖さんは薄く笑う。
僕は目線を交わさず聞き入った。
「私達ヴァンパイアと『神』、一緒にしてもいいのですが決定的に違うところがあります」
和湖さんは薄く笑う。
僕は目線を交えて聞き入った。
疑問符を投げかけたかったが首を傾げるだけにしておく。わざわざ水を差して話を妨げる必要を僕は見いだせなかった。
「違うのは子孫の残し方。ヴァンパイアは哺乳類と同じ方法――つまり性交です」
恥ずかしさも何もなく事務的にいってのけた和湖さん。何だかこっちが恥ずかしくなってくる。
「対して『神』。あれはもう生物の規定を外れた物だ。子を産まない。かといって不死な訳でもない」
確かにそれは生物として成り立っていない。種が保存できないのならそれは種ではなくただの突然変異だ。
「『神』は死の瞬間に輪廻する。記憶も何もかも無くして零から」
それが本当ならば確かに『神』だ。生き物ではない。
すべての完成形である完全なる独立。因果無しで生きる絶対的な孤立。滅びること無い種。
それこそがこの世界における『神』だった。
そんな『神』は身近にいるとも気づかずに僕は和湖さんの話に聞き入った。




