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第17歩:BLEAKFAST-1

 僕たちが四人になってリビングに戻って来た時、そこに居たのは三人だった。大地さんと鏡はもちろんの事、もう一人女性が増えていた。

 女の子といえない年ではあるが大人の女性ともいえない微妙な年齢の人。おそらく大地さんと同じ年齢だろう。

 その女性は大地さんと同じくらい目を引く黒い髪だ。

長さは榎凪より長いが鏡よりも短いぐらい長さ。細く艶やか髪質はこの場の誰より綺麗だ。身長は座っていてわからないし着ている着物せいで体のラインも見えない。でもすべてにバランスが整っていて絶世の美女といった具合。それに着ている着物は僕の着ている服の一桁も二桁も三桁も違うはずだ。何かの拍子に汚さないように気をつけて行動しよう。

 座っている場所は二十人は周りを囲めるのではないかという程大きな長テーブルの上座に座っている大地さんのすぐ真横。上座に二人座ってゆとりがあるとは何とも豪勢だ。

 白銀の髪の大地さんと漆黒の髪の女性のコントラストは一枚の有名な絵のようでいつの間にか見入ってしまっていた。


「あっ、お早う御座います。あなたが大河君ね?

 神宮(ジングウ) 夏雪(ナユキ)です。宜しくお願いしますね。

 それと呼ぶのは下の名前でいいですよ。ここではみんな下の名前で呼びあってますから」


 淡く笑う夏雪さん。とても優しい人のようだ。

 紀伊さんはあえて反応していない。


「初めまして、夏雪さん」


 なるべく粗相のない様に丁寧に頭を下げた。

 榎凪は後ろの方で

「いつの間に下の名前で呼びあうなんてルールがっ!?」

と言いつつワナワナ震えている。相当ショックのようだ。

 僕は続けて後ろにいる茜と葵を紹介する。榎凪とは知り合いのようなので省いた。


「秋宮、大河、葵、茜。いつまで戸口にたっているつもりだ?」


 目線をあわさない大地さんにせかされて席に着く。大地さんのほうに上座に近い順に僕、榎凪、夏雪さんのほうに葵、茜が座った。

 こう人が居ると変な感じだ。今までの榎凪と二人でとっていた食事が嘘のように寂しく思える。それはそれで楽しさがあったが大勢で卓を囲んでみるほうがなんだかよい感じだ。性に合っている。

 やることもないので根暗だと思うが人間観察をしてみた。本当は談笑したりしたいところなのだが何分話題というものを持ち合わせていない。

 まず隣に座っている榎凪。何か警戒した猫のように辺りを頻りに確認しつつ、時折思い出したかのように僕をみる。悪いことを企んでいなければよいが。

 反対側の隣にいる大地さんはと言うと、本を注視しつつ時々目をはずしお茶を飲む。ページをめくるスピードが異様に速いのを除けばさしておかしな所はない美少年読書家だ。美少年の時点で異常だがそんなことを言っていてはこの人全てが異常だ。

 その隣の夏雪さんは落ち着き払ってのんびりと緑茶をすすっている。すごく癒されるというか和む風景をみている感じ。

 向かいには葵。まだ完全に眠気から抜け出せていないのか、薄く目を開けたままうとうとしている。そのまま前に倒れる事はここ数日それはなかったから大丈夫のはずだ。いざとなれば茜が止めてくれるだろう。

 その茜はというと見る物全てが珍しいかのようにそわそわしながらすごいスピードで視線を変えている。生後一ヶ月未満なのだから当たり前のような行動なのだがそれが少しだけ面白かった。

 その人々からはずれた位置でせっせと料理を作る鏡。一体何人前作っているのやらと言うようなでかい鍋の前で切り刻んだ野菜などの具を入れていた。

 手伝うべきなのだろう。昨日泊めてもらったお礼も込めて。有り難迷惑と言われれば素直に引き下がればいいと思い重い腰を上げた。

 七、八歩の距離なのですぐにたどり着き、手伝わせてくれと切り出そうとした瞬間、


「そこの豚汁を混ぜていてください」


 と視線も交えず言われた。

 客だと言われ追い返されるならわかるが、事前協議もなしに突然豚汁を混ぜていてくださいとは驚きだ。


「わかりました」


 どちらにせよ手伝いにきたのだから言われたことをやろう。いらない行程が省けたと思えばいいし。

 鍋の中につっこまれているお玉を持ち、具を崩さぬようゆっくり混ぜた。いやゆっくり混ぜざるを得なかった。

 重い。とんでもなく重い。

 豚汁を途中で混ぜるかどうか僕は知らないが混ぜろと言われたのだから混ぜるのだろう。

 その横で鏡は焼き鮭を皿に並べている。皿の枚数実に12枚。

 僕らが四人だからここの住人は計八人ということか。家のサイズからしてみたら少ない。

 鏡は一通り並べ終えるとご飯茶碗とそれとほぼ同サイズの器を12枚だして作業をやめた。全員そろってからご飯をよそうのだろう。

 僕も具に火が通ったことを確認してからガスコンロの火を消した。


「ありがとうございます。助かりました」


 視線を合わせて微笑する鏡。素直に可愛い。


「いいよ。いつもの仕事だから」


 最近はサボっていたが毎日食事を作るのは僕の役目なのは事実だ。


「秋宮さんの手伝いでですか?」


 条件反射のように微笑んでいた顔は元の無表情へ。それでも視線ははずさない。


「いや、あの人は料理うまいけどしないから」


 文脈的にそうとられてしまったようなので淡泊な声で無動作に全面否定した。

 事実なので罪悪感はない。でも料理がうまいとつけたのは榎凪への情けだ。

 そのまま鏡と少しの会話を終え席に戻る。

 特に決まった席順はないようで来た人からつめて座るようだ。

 後ろの方で戸の開く音がしたので振り向く。


「はよ〜……」


 トーンの低い声とともに現れたのはこれまたボサボサに乱れた髪の女性だ。

 どっかで見たような気がする。

 それにしても女っ気のかけらもない人だ。


「おはよう、明」

「相変わらず寝起き悪いわね、明ちゃん」


 大地さん、夏雪さん――二人とも視線をかすかに送ってからまたもとに戻る。

 あぁ、明って昨日の。何とも変わり果てた姿になって全く気づかなかった。時間って時を変えるんだな、うん。少し言い回しが違う気もするが変えるものは変える。


「はわぁ〜……」


 一つ欠伸してすとんと入り口から近い榎凪の横に座った。

 明は髪は黒い髪から少し色が抜けたような茶色を肩口まで伸ばし、身長は平均並の女性だ。今は寝起きのせいで髪はボサボサ、黒い目は半開き、服はパジャマのままだったが顔の輪郭や体躯は綺麗に整っている。


「そいつの名前は早苗(サナエ) (アキラ)だ。見ての通り寝起きは非常に悪いが普段は明るくいい奴だ」


 性格が明るいのは昨日の一件でわかっている。

 そういえば一つ確認として聞いておかなければ。


「明さんは魔術師なんですか?」


 忘れていたわけではないがただ単に聞くチャンスがなかっただけだ。そこの所、勘違いしないでほしい。


「ん?昨日、明が使ったのか?」


 もしやまずいこと言ったか。

 そういえばそんなこと言ってた気がする。

 昨日の事はわざわざ顔まで隠した榎凪が悪いのだから責められるようなことがあれば庇わねばなるまい。


「あいつは魔術師と言うよりもサポーター、みんなにあわせて戦い方が変えられる器用な奴だ」


 読んでいた本を閉じて大地さんが説明してくれた。


「はい、お茶」

「ありがと〜」


 眠気のぬけ切らぬ明さんの前に急須から暖かいお茶を注ぎ、差し出しす榎凪。

 あぁー、すごい怪しい。怪しすぎる。絶対何かある。

 そんなことを知る由も無くぐびっと一気に口の中に流し込んだ。

 沈黙は痛い。痛感した。

 おそらく明さんの口の中では第二次世界大戦級の戦争が起きている。銃弾が飛び交い、戦車が駆け巡り、誘導弾が発射された。

 見る見るうちに顔が赤く変色し、その後、黄、青、最終的に緑になった。人の顔とは思えない変わり方だ。

 大丈夫な訳なかった。

 そして今、


「ギャァァァアア!!!辛ぁぁぁああ!!!」


 原子爆弾が炸裂したようだ。ABC兵器を総動員で攻撃されたぐらい苦しんでる。

 台所に駆け込んでみっともなく蛇口に口を付けそのまま飲んでいる。

 その光景を大地さん、夏雪さん以外は唖然と見、葵と茜は目を完全に覚まされたようだ。

 だから沈黙は痛いって……誰か話題を出してほしいものだ。

 そこに救いの―――というより順当の叫び声があがる。


「こらぁっ!榎凪、一体何入れたぁっ!」


 明さんが掴みかからんばかりの勢い、否、つかみかかった勢いで榎凪を怒鳴りつけた。


「お茶に決まってるじゃないか」


 つかみかかられたのにあらがいもせずあくまで冷静にしらを榎凪は切る。


「そのお茶の中に何入れたって聞いてんだよっ!」

「なんだ、お茶の葉でも入っていたのが気に入らないのか?全く……」


 いつもと違う榎凪の対抗の仕方が何となく新鮮だった。揚げ足を取る姑息なやり方。あまり気に入らない。


「聞き方を変える。何使って入れたらこんな人外の飲み物になるんだよ」

「この急須」


 榎凪は机においてある急須を手にとり余った手で指示する。完全なまでの不真面目な対応だ。顔は笑ってないし。


「その急須の中に何入れた」

「中には元々お茶が入っていた」

 

 未だに表情を崩さない。理論が矛盾して真っ向対決しているのにあからさまな異様さ。


「嘘つくなっ!」


 遂に明さんが限界に達したように本当に起こりだした。

 時間だけではなく、感情も人を変えるのだとつくづく思う。

 僕を挟んで行われている水掛け論を止める方法はないだろうか?

 とりあえず榎凪の正面に立った。視線も外れぬように睨みつけた。


「榎凪さん、本当のことを言ってください」


 考えた結果、この騒動をどうにかするためには自分が動くしかないようだ。


「私は一言も嘘を言ってないぞ」

「でもそれじゃあ――」


 話が最初に戻る、と続けたかったが新たな参加者の声で遮られた。


「この今で喧嘩したら」


 と、大地さんがボソッと言う。

 たったそれだけで二人が硬直して冷や汗を滝のように流す。

 入るときに言われた罰はそこまで恐ろしいのか?僕も怖くなって後ずさる。


「喧嘩なんてしてないっ!絶対にしてないっ!」

「そうだ、紀伊!断じて否!そんなことはしてないぞ!」


 肩を組み、笑いながら必死の釈明。情けないというか哀れだ。

 だがそれでは根本が解決していない。それに大地さんも気づいている。


「秋宮、今の内に白状すれば不問に処す。犯人はおまえか?」


 硬直した末、榎凪は壊れた人形のようにカクカク首を縦に振る。


「でも、私は本当に嘘は言ってないって!」


 まだ言っている。相当偽証罪に問われたくないようだ。


「じゃあ、いつ変なもの入れたのよ」


 怒りを鎮静化させた明さんが聞くと榎凪は素直に答えた。


「急須の中に」

「やっぱり嘘ついてるじゃない。質問したとき確かに」


 明さんは腰に手を当てながらあきれた口調で言った。

 明さんの言う通り確かに榎凪は矛盾している。


「何を言う!あのとき私は『中には元々お茶が入っていた』と言っただけで『変なものを入れた』とは言ってない!」


 屁理屈だ。清々しいまでの屁理屈だ。いつも通りの榎凪に戻った。

 しかしここで明さんも不用意に責めることはできない。そんなことをすれば忽ち罰が待っている。

 その後、明による激しい報復攻撃があったのを知るのはずっとずっと先のことだった。



はじめに……

読者のみなさまのおかげで閲覧者数が千人を超えました。この場を借りて深くお礼をします。

これを励みにがんばります。


さて、ようやく、人物が増えてきます。ぞくぞくわらわらと……

現在が榎凪、大河、葵、茜、大地、夏雪、鏡、明、朝熊、風間、の十人ですから、本文から計算し後三人近い内に登場します。


あ、あとABC兵器とはATOMIC,BIOLOGICAL,AND CHEMICAL WEAPONSの略で原子・生物(細菌・昆虫)・化学兵器の総称です。

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