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第16歩:MORNING-3

 一通りの話を終え大量の本の置いている大きな部屋を出る。名付けるとすればさしずめ大図書館と言ったところだろう。となれば大地さんは司書にあたる。

 その大地さんに先導され部屋を出た。これから屋敷の案内、屋敷の住人の紹介、その後に現状確認するらしい。まぁ個々に説明していたらそれこそ不合理なことこの上ないから妥当な案だ。

 現在の時刻は七時半過ぎ。人が起き始める時間を少しばかり過ぎたぐらいだ。だが人によっては違う。例えば僕の真横にいる人。


「あぁー、眠いぃ……大河ぁ、おぶってぇ……」


 本当に眠いのか泣きつかれたのかは知らないが目が半開きのまま先ほどの剣幕はどこへやらと言った感じに榎凪は僕に言う。当然返事も待たず寄りかかる。

 僕との身長差のせいで榎凪はかなり体を曲げていが、顔はトロンと溶けていた。

 そこまで眠たいのなら部屋まで帰ればいいだけの話なのだがあいにくそこまで榎凪は物わかりがよくない。むしろ悪い。帰れなんて言った日には連行されてなにされるかわかったもんじゃない。拉致監禁されてしまう。それならまだいいが変な魔術で離れられなくしたりしてしまいそうで何も言えない。と言うわけで現状に甘んじている。

 これが僕の日常風景で落ち着くと言えば落ち着く。しおらしくなった榎凪なんて想像するだけで恐ろしい。


「秋宮、少しはわがままを直せ」

「いいじゃないか。これはこれで大河も気に入ってるんだから。ね、大河」


 そういって猫をなでるかのように頬摺りしながら甘ったるい声を出す。


「気に入ってるわけ無いじゃないか」


 ぼそっと音にもならないような声で言ったはずなのにどこまで地獄耳なのか、いまにも『泣くぞ!』と言いそうな顔と涙のたまった瞳で僕をみる。

 本当に感情が変わりやすいと言うか気持ちの転換が早いというか一体何がしたいんだろう。

 でもそんな目をされたらこの人の付き人として逃げ道がなくなるじゃないか。


「ね、大河」


 さっきと同じ様にもう一度聞く榎凪。ここで無視すれば榎凪がとる反応は決まっている。

 しかたない。


「はい、気に入っています」

「かわいいのぉ、かわいいのぉ!」


 先刻より強く頬摺りする榎凪。正直つきあいきれない。


「大河、お前は多難だな」


 そんなことを大地さんがボソッと言ったのが聞こえるはずもなかった。


   ―●―


 歩くこと一分程度。家の中を行き来する単位が分なところあたりが如何にもこの屋敷の巨大さを物語っているようでなんとも恐ろしい。

 僕たちがいた離れから比べれば近い位置に僕たちは案内された。相変わらず榎凪は寄りかかったまま、僕はされるがまま、大地さんは放置。光景的には異様だ。

 そっと見上げた木製の引き戸の上にはデカデカと『LIVING ROOM』と書いてある。


「ここがこの家の中心にあたるリビングだ。公共の場にして絶対安全地帯。何かから逃亡している場合は迷わずここに駆け込むこと。なおこの中で諍いを起こした場合、厳しい罰があるので肝に銘じておくよう」


 大地さんはつらつらとリビングの説明をし躊躇無く戸を開けた。

 途端に流れ出てくる暖かい風とご飯を炊いているとき独特の香しい匂い。


「あ、大地さん。お早う御座います」


そしてこちらを振り向き、すっと頭を下げる流麗な美少女―――鏡だ。一度会っているのにさらに挨拶するなんて律儀な人である。


「おはよう、鏡。秋宮は勝手に起きてつっこんでくるのは予想できたのに朝から無駄な頼みをしてしまってすまなかったな」

「いえ」


 無感情に短く言うともとあった方に向き直る。どうやら朝食を作っているようだ。

 どっかの誰かさんも見習ってほしい。


「おい、紀伊」


 短い問いで真摯な眼差しで紀伊を見据える榎凪。ようやく静かになったと思ったのに。


「今度は何だ」


 問いについて大地さんは適当にあしらわず真面目に応答した。


「おまえ……」


 さらに目線を強める榎凪。真剣さが増している。鏡について何か気づいたのだろうか?


「ロリの趣味があったんだなっ!いや〜、全く気づかなかったよ、こればっかりは!人間やはりどこか『萌のストライクゾーン』があるものなんだなっ!」


 お約束のぼけをどうもありがとう、榎凪。そう皮肉気に言ってやりたかった。一瞬でもシリアスになった僕が馬鹿みたいじゃないか。

 大地さんも聞いて呆れているよ。

 だがさすが大地さん。突っ込まずに話を変えた。


「榎凪、大河。お前の連れ二人を連れてきてくれ」


 そうだった。二人にはすっかり忘れてた。

 大地さんの言葉の後、榎凪はようやく僕から離れ不真面目そうに片足重心で立つ。


「んー」


 生返事をした榎凪の後ろをついて入ったばかりの部屋をあとにした。


   ―●―


 榎凪と歩くこと数分。この間がものすごい大変だった。僕が一方的に大変だった。しかし榎凪と何より自分の名誉のためにここはあえて描写しないでおこう。まぁ、進行スピードが四分の一程度になったとだけ言っておいて後は他者のご想像に任せる。

 結果を言うと渡り廊下まで戻ってきた。

 そこから見えていた朝焼けの鮮やかな朱の空は表情を一変させ天高くそびえる紺碧の壁となっている。

 ひたという足音もすうという木擦りの音も何一つ変わっていないというのに僕はこの数十分で飛んでも無く変わってしまった気がする。

 戸を開けると目の前に飛来する赤。朱。紅。あか。アカ!?

 まるでテレビゲームのゲームオーバーの画面のように赤かった。ものすごいビビった。本当ビビった。マジビビった。

 犯人なんて二者択一だった。三段階ででちまうよ。

 一つ、犯人は茜か榎凪。これは決定事項。世界が割れても覆ることはきっとないはずだ。

 二つ、榎凪は僕の後ろで何も用意して無かったのは長年の経験より確認済み。確認を怠り何度辛酸をなめたことか。

 三つ、だったら茜しかいないじゃん!?消去法で犯人を決めるのは良くないけど事実じゃん!?

 なんて三段階で茜に犯人決定!

 だいぶ榎凪の性格が移ってきたような気がするが放置。現実逃避とも言う。

 一抹の不安がよぎったが躊躇い無く叱咤した。


「こぅらぁっ!茜ぇっ!」

「ひゃあ!ごめんなさいぃ!」


 ピンポンピンポーン、大正解。だがやたら空しい。

 そういえば目の前に現れた赤の正体を確認してなかった。一歩下がって全体図を確認する。

 なんだかとても見覚えがあるぞ。いや人型なだけだ。

 虚ろな沈黙の後、頭を抱えるしかなかった。

 これは全くの予想外。仕掛けた当の本人がブランとぶら下がってるんだからこれは予想外。ある程度予想はできたけど予想外ということにしておきたい。


「ほーどーいーてー」


 一生そうしてろよと言ってやりたかったが、さすがにそれは可哀想だ。

 近づいてゆっくりと解きつつ頭から落ちないように体にしがみつかせた。榎凪に手助けを頼むと

「ヤダ」

と問答無用言語道断一刀両断された。助け合いの精神がないのか、はたまた面倒なのかは言及しないでおこう。茜がこんなことしたのかも言及しないでおこう。

 だが経緯だけは聞いておく。茜は頭の後ろをかきながらあやふやに述べていくがそんなことじゃ僕は騙せない。


「縛ったはいいがほどけなくなった、と?」

「にゃははは」


 自分でまとめておいて何だが、どこぞのギャグマンガでもあるまいに。

 最近頭を抱える回数が当社比三倍って感じだ。葵は葵で二度寝してるし。

 起こすのはまさに死闘だった。

 そんなこんなで部屋に三十分ほど留まった。大地さんをだいぶ待たせてしまったのが気がかりだ。なるべく急ぎつついこう。

 白い前髪を書き上げながら密かに僕は思う。

 今更ながらどうも今日は疲れる長い一日になりそうだ。


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