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第14歩:MORNING-1

 なぜだかすごく暖かい。日溜まりの中で寝る猫の心境とはまさにこんな感じだろう。

 それにふかふかの地面から程良く帰ってくる反動は体全身が水に溶けたみたいに気持ちがよい。

 このままずっと包まれていたい快感だがそういうわけにもいかない。起きあがって榎凪と葵と茜のご飯を作らないと。


「……う…………ん」


 布団の中で軽く伸びをして半身を起こす。

 体には少しばかりだが疲れがたまっているが日がまだ完全に地平線から出てないのを見るとまだ早朝のようだ。日が顔を出せば起きるという習慣の勝利で起きれた。

 寝ぼけ頭でぼんやりと考えたがいつまでもそんなのでは始まらない。

 ぶんぶんと頭を降る。それに連動して白髪もなびく。

 それで完全に目が覚めた。

 光が射して焦点が定まった目で当てもなく視線を泳がせた。

 ベッドが四つ余裕を持って並べられるほどに大きな木造の部屋。それに釣られてか木の優しい香りが香ってくる。

 何故こんなにも大きな寝室にいるのだろう?こんな立派な家に居座った覚えはないのだが。


「あ、日本に着たのか」


 口にするまですっかり忘れていた。

 欠落していた記憶が順を追って再構築されていく。

 確か船から電車に乗って田舎の方まで入ってきた。涼暮って町で駅から出た途端、襲われたんだ。その後、誰かの人の家にきて、それから大きな家のしきりを跨ぎ――――

 どうもそのあたりから記憶が曖昧だ。これまでたまった疲れの反動だろうか?今までこんなこと無かったのに。軽くショックだ。

 ふと、目が眩んだ。

 体を支えるために伸ばした手は踏ん張れず、空しくおれる。

 どうやら本格的に体はヤバいようだ。

 自由落下でベッドに倒れ込む。この世の全てがゆっくりになった気分で目が流れる景色を捕らえる。

 すでに布団についている左腕と右斜め上に投げ出されている右腕。

 あぁ、なんだか死人になった気分だ。 そんな中、僕の視界はブラックアウト


「ウゲッ!」


 しなかった。

 それはいいことなのか、悪いことなのか。

 それは置いておいて苦しげなうめきが一瞬聞こえたのは放置してはいけないだろう。

 見なくても解るが見なければならない。


「―――うぅ」


 予想通りというか何というか、頭を抱えるしかない。

 榎凪が布団の中にいる。

 ちょうど右手が落ちたのが鳩尾だった所為か白目をむいて、口をぱっくり開けたまま完全にのびてる。

 自業自得だ―――多分。

 とりあえず疲れてしまっている体に鞭打ち起きあがった。案外立てばどうということはない。

 屈伸など適当に体をほぐした後、ドアを探した。

 朧気ながら紀伊という人の家だと記憶がある。

 勝手に歩き回るのは無礼かもしれないが礼をしておきたいし。

 さぁ、どうするべきか。


「お義兄ちゃん、どうしたの?」

「あぁ、葵か。おはよう」


 突然のことに少し驚いたが顔には出さず、いつも通りに振る舞った。


「おはよう、お義兄ちゃん」


 葵はずいぶん敬語を少なくするようになった。慇懃無礼という言葉もあるし敬語の使いすぎはよくないことだ。

 それでも人前では反射的に使うときがある。

 それにしても僕は葵に心配されるほど変な顔をしていたのだろうか?

 葵に聞いたら聞いたで何かと心配されそうだし心配されるのは好きじゃない。

 適当に話を逸らしてごまかすのが得策だろう。


「そういえば、葵。随分と早起きになったな。いつもならぐっすりと寝てる時間じゃないか。今日は雨でも降るかもしれないな」

「なっ、お義兄ちゃん、ひどいです!私だって早く起きることぐらいできます!」


 むーと頬を膨らませ腰に両手を当てる葵。あまりにいつもと雰囲気が違って可愛い。

 葵はちゃんと起きたことがないからこそ言ってるのだけど。


「ごめんごめん」


 ぽんぽんと頭を撫でてやると葵は沈静化。以外に単純らしい。


「ところで榎凪がどうして僕と一緒のベッドにいるか知らない?」


 呆れ果てているのか、はたまた困っているか、どちらともとれない感情で葵に尋ねた。

 少し思案気な顔をした葵は憶測ですが……、と先に言い話しはじめる。

 大事なことを喋る所為か敬語に戻る葵。畏まるようなことなのだろうか。榎凪に限ってあり得ない。即否定。


「昨日お義兄ちゃんはしきりをまたいで数分後、紀伊さんと接触し倒れました」


 曖昧で他人のような記憶だが、大丈夫だ。軽くうなずく。

 ついでに言うなら葵は寝てた気がする。つっこまないでおこう。


「倒れたお義兄ちゃんを心配して紀伊さんが部屋を一室分けてくださいました。

 夜遅いこともあって説明は翌日の朝、つまり今朝話してくれるそうです。

 榎凪さんは昨夜、その……えーとっ……」


 何故そこでつまるのか少し気になったが静かに聞くことに撤しよう。


「どうしても……お義兄ちゃんと……その…………ど、どどど」


 口が回らずあたふたしながら必死に続けようとする。


「そんなに焦らなくていいから、ね。落ち着いて」


 何か榎凪をなだめるときと似た感覚で葵に深呼吸させる。

 覚悟を決めたように顔を引き締めてもう一度しゃべり始めた。


「榎凪さんはお義兄ちゃんとドウキンすると―――」


 だんだん小さくなってそれより先は聞こえなかった。

 銅金?

 何だろう、それは?そこまで日本語に詳しいわけではない僕には理解し辛い。後々、辞書で調べてみよう。


「お義兄ちゃんは疲労のせいでこうなったようなので一人でぐっすり寝かせる為、榎凪さんを止めました。

 その後大人しく床についたようですが」


 すごい想像できた。3Dの上、色付きで。分かりやすい。


「そうか、分かった。ありがとう」


 僕は疑問もなくなったので部屋を出ていこうとする。


「あ、はい。それと」


 部屋から出ようとした僕を葵が押し止めた。

 軽く返事をしてから半身だけ振り返りみた。


「紀伊さんが起きたら来てほしいと」

「ん、分かった」


 何か言いたげな葵に無理矢理言葉を重ねる。悪い気もしたがあんまりここで時間をとる訳にもいかない。

 今度こそ部屋から出る。

 それにしても紀伊が呼んだ理由がわからなかった。説明なら個人ではなくみんなにするだろうし。


「ま、いけば分かるだろ」


 乱れていた髪を手櫛で直す。幸い、服は昨日のままだ。

 着替えさせられてたら逆に問題のような気もする。

 あ、着替えてないってことは布団を汚してしまったってことだ。後で謝っておこう。


「っ――――!」


 欠伸をかみ殺してまた伸びをする。

 いつも通り体は動く。

 引き戸に手をかけゆっくり動かす。

 木がこすれる優しい音がして外の冷たい空気が部屋と交ざる。そのおかげで微かに残った微睡みさえも空気がぬぐい去った。

 ゆっくりと板張りの床を歩く。

 足をつく度ひたひたと澄んだ音が流れる長い渡り廊下。どうやら僕たちが居たのは離れのようだ。

 さっきよりも少しだけ高くなった太陽は山から完全に顔を出し朝焼けが空を紅く染める。

 だんだん足先も寒くなってきたので足を早める。音はたつたつと音を変えていく。

 長い渡り廊下を過ぎるとそこには髪の長い少女が立っていた。

 少女の外見年齢は葵達と同年程度だろう。身長も僕とさして変わりない。葵、茜、僕、そしてこの少女は皆、身長的には似ていた。顔は似ても似つかないが。

 黒くて長い髪が膝まで伸び絡まることなく動いていた余韻かなびいている。

 それに白いセーターがあまりにも似合っていて僕なんかより雰囲気はぜんぜん年上といった感じだ。


「おはようございます」


 こちらに気づいたのか振り向いてお辞儀をする少女。礼節もしっかりしている。


「おはようございます」


 少女の流れるような自然な動作に取り繕うように返事をして軽くお辞儀をした。

 なんというかしゃべると気圧されるような神々しさがある。


「初めまして、鏡と申します。こちらで大地さんがお待ちです」


 返答を待たず厳かに向き直りつつ歩き始めた。

 大地とは誰だろうか?待っているのは紀伊だからおそらく紀伊の下の名前だろう。

 三歩歩いて突然しゃがんだ鏡。一挙一動がこちらを圧迫してる気がしてならない。

 そして床に落ちている青い物体を拾う。

 あれは―――

 いやそんなことはないはずだ。信じたくはない。

 でもあれは明らかに、

 掃除用バケツだ。


「それは?」


 一応聞いてみる。


「バケツと雑巾ですが。見たことありませんか?」

「いや、ただの確認」


 自分で言っても訳が分からないし、他人ならなおさらのはず。それでも少し首を傾げただけで反応が薄い鏡。相当人間ができている。


「では、いきましょうか」


 こんな少女が健気に掃除していれば絵にはなるかもしれないが鏡の雰囲気が加われば別だ。ただの空恐ろしい風景となりかねない。

 しかしよく考えてみればこの少女は凄い。こんな朝から掃除をしていたと言うことはおそらく僕より前、日の出前から起きてずっと掃除をしていたようだ。そういえばここに来るまでの窓に結露が全くなかった。ずいぶんと早起きでないとやっていけないだろう。


 静かに歩く。


 きれいに掃除された廊下を静かに歩く。


 まっすぐ板張りの冷たい廊下を静かに歩く。


 大きいので迷子になるかと心配するような作りかと思ったが、廊下に角が少ないためそうなることはないだろう。増築などがされていない証拠だ。

 ぴたりと鏡が止まった。

 それにあわせて僕も止まる。


「ここです」


 手を軽く挙げ一つの扉を指した。

 他のところと変わりないただの引き戸。しかしその奥には廊下が続くのにもう扉がない。ずいぶんと大きな部屋のようだ。それに無駄な作り。

 ノックをしてから返事も聞かず戸を開ける。


「入ります」


 深く礼をしてから部屋の中へと踏み入れた。

 鏡の後をついて中にはいる。

 その部屋はひたすら大きかった。それなのに絶対的な圧迫感がある。今にも潰されると錯覚するほど窮屈。

 その部屋の真ん中に白銀のような彼はただ腰を据えていた。


「やぁ」


 彼は無作為に薄く笑みを浮かべた顔を向けた。


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