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第12歩:ONLY TOWN

 久しぶりに降り立ったアスファルトの地面は闇に紛れてろくに足下が確認できない。気をつけて進まなければ小さな段差でも引っかかり真っ逆様だ。両脇に荷物を抱えている現状では受け身をとれずに顔から地面にぶつかり皮がずる剥けてしまうだろう。それだけは何とか回避したい。

 結局寝たままの葵は茜に背負わせて僕は榎凪のものも含め計四人分の荷物を抱えている。

 いつの間に着替えたのか榎凪はいつぞやに買った真っ赤なチャイナドレスに身を包み、その上から例の変態ファッションだ。手にはさっき渡した橙色の鞄とは別の鞄だけを持っている。確かあれは大きさに比べ異様なまでの重さがあった鞄だ。

 その鞄をなにやら漁りながらゴソゴソ体を動かしている。鞄の中を空にしたところを見ると、マントの下にしまい込んだようだ。

 榎凪のことだからあの中にショットガンやマシンガンのように危険なものが入っているのではないだろうか?そんな一抹の不安が一瞬走ったが、日本の税関の堅さを理由に打ち払った。

 でも不安はやはり不安で消えてもすぐに噴出する。そのせいでか鞄の重さのせいかは知らないが、足取りは自然と鈍くなってしまった。


「カゥー、私よりも2、3歩後ろを歩け」

「あ、はい」


 理由は分からないがとりあえず離れた。

 もっともはじめから1,5歩程度離れていたのでさして変わりないが。

 ごくごく小さな無人駅とも呼べない駅を榎凪が抜けたその刹那、金属と金属がたたきつけあう重圧的な音が響いたときには何が起きているかは認識できなかった。

 しかし半秒後には思考が覚醒し現実に復帰し素早く現状把握をする。奇襲に気づけなかったとは何たる不覚。

 眼前の榎凪の両手からは日本伝統の刀が一本ずつ延び受け太刀をしている。右上方からと左下方から同時とは少しずらされた絶妙なコンビネーションの攻撃をうまく受けた反動でマントは広がってはいるが、大した乱れではない。そのことに少しばかり安堵した。

 敵の素性は暗がりでよく見えない。少しは電灯の明かりがあったが範囲外で全く意味がなかった。

 急いで『梟騎の瞳』を開いたその瞬間、こちらにも現れる黒い陰。

 くそっ、気を取られて全く気づかなかった。急いで『断纏』をっ―――!


「あぁもう!朝熊君、明ちゃん!いきなり不振者だからって討伐したらだめって大地君が言ったでしょっ!」


 場に似合わぬ高い声を発した陰はおそらく女子高校生。

 しかし彼女は完全に注意をあちら側に向けて背を丸だしだ。敵意も感じられない。


「あのえっと……君たちは私が守るんで安心してください」


 めちゃめちゃにマニュアルっぽい言葉。 その言葉は僕たちに言ったのだろうか?たとえ僕らが一般人でもそんなことを焦った口調で言われて安心する奴なんて一人もいないと思うぞ。

 それにコイツは年下と見てか『君』なんて子供扱いだ。まぁ、外見的な事実だから仕方ないか。


「おまえ等―――なんだ?」


 唐突な質問だったが故にか彼女はさらにしどろもどろになり取り次ぐように口から言葉が漏れている。


「あ、あの、えっと、その、なんて言うか…………通りすがりです」


 間、間、更に間。もう一つおまけに途方もない間。いったい何なんだろ、この人。

 素性は明かせないようだがとりあえず話を続けた。更に焦らして何か聞き出せれば儲けものなので揚げ足を取ってみた。


「通りすがりの女子高生がそんなにでかい近未来的な杖を持っているとは思えませんね」

「さ、最近流行ってるんだよ、護身用にもなるし」


 声がかなり上擦っている。本当に分かんない人だ。


「せめて、まともな嘘を言えよ」


 それにこの女性はずれている事がよくわかった。


「あの人は私の連れなんだけど助けに行きたいから退いてくれないか?」

「そんなことをすれば君が怪我をするよ?」


 突然落ち着いた彼女。おそらく本当に心配してくれているのだろう。


「それでもです」


 迷いはない。

 二対一で不利な榎凪の為、一人でも動きを止めれたらいい。

 無理かもしれない。

 腕を一本落として榎凪が無傷ならそれでも一番いい。


「そんなに言うなら無理にでもここから傍観してもらいます」


 何でいきなり戦闘モードに突入してるんだよ。

 だが、なってしまったものは仕方ない。邪魔になる荷物を脇に放ってから『断纏』を構える。

 よく考えればかなり不格好なままはなしてたと思うと恥ずかしい。

 彼女は幼げな顔立ちだが引き締まるとなかなかいい顔をする。率直な感想だったが、そんなよけいなことを考えている暇はない。相手はそれなりの手練れのようだ。油断はできな―――


「敵と相対して思考が止められないようじゃ駄目だよ」


 それを聞き終えた頃には完全に地面に組伏せられ制圧されていた。

 何があったかさえ分からない。反応さえできなかった。

 体が本調子ではないにせよ、この前からの進歩の無さに歯噛みして悔しがった。しかし冷静に考えてここから抵抗するのは得策だとは言えない。


「おまえ等一体……?」


 二度目の質問だ。さっきと同じボケをしたら三回目だ。三回で駄目だったら――といった具合にずっと続けてやる。


「あ、私たちを知らないって事はやっぱり無関係の人?」

「そう思ってるなら退けよ」


 なんか調子狂うなぁ。

 速く助けに行かないと榎凪が。


「君は冷静を装ってる割には直情的だね」


 ムカ。

 声に似合わぬ透かした言い方で言われるのがどうも癪に障る。


「あれ?おかしいなぁ。押さえ込まれてもあんま暴れない人にこれ言うと何かとしゃべってくれるってお姉ちゃんが言ってたんだけど」


 彼女は頬に手を当てため息をつく。

 そんなことを教える姉も姉だが実行するコイツもコイツというか。


「そんなことしなくても喋れることは喋るよ」

「そうなんだぁ。よかった」


 現状に似合わぬ動作で胸に手を当て暖かい息を吐く。

 こいつと話すとなんだかペースがずれるなぁ。


「じゃあ、話はもうちょっと後にしてゆっくり行く末を見ようか?」

「人の命がかかってんのに何でそんなに気楽にいってんだよっ!」


 自分でいって驚いた。これまで数え切れないほどの人の血で手を汚し、世界に悲しみを与えてきた自分が言えるような言葉ではないのにそんな言葉が自然と口から出るなんてあり得ない。


「あの二人は手合わせしてる気分でやってるからだよ」


 鼻をフンと鳴らして自信ありげに言う。訳が分からん人だ。


「何でわざわざ――」

「でもあの人を場合によっては殺さないと」


 彼女が落ち着いていくにつれ、僕はどんどん荒れていく。立場逆転。


「訳わかんないよ!」


 激情に任せて吐いた一言。それでも彼女は動かないし、僕も動かない。

 訳も分からない内に榎凪が殺されるなんてそんなふざけたことがあってたまるか!


「大丈夫。君を見る限りそんなことは絶対無いよ」


 納得はいかないが今はこの人の言うことを信じるより他無い。

 精神のあらがいさえもやめ僕は榎凪をみる。

 だがとりあえず一つだけ言うことがある。


「なぁ」

「静かに戦いを見ようよ。せっかくなんだから」

「そうじゃない。重いから退け」


 さっきから我慢していたがどうにも息苦しい。ちょうど肺の真上に体重がきているせいだろう。


「ひどいこと言うね、女の子に向かって」

「人間誰でも四十キロ以上は――」


 当然の理論を言おうとしたが無理矢理言葉を重ねられてしまった。


「それでも失礼になるんだから絶対にいったら駄目だよ」


 緊張感など丸でない。こんなところは榎凪に似てるなぁ、なんて素朴に思った僕も緊張感がない気がする。


「まぁまぁ、どっちにしてももうすぐ決着だよ」

「えっ……?」


 唐突に言われて『梟騎の瞳』を開いた。この前の時からの影響で兵装全体に痛みが出たが短時間なら問題はない。

 ようやく榎凪と戦っている二人のおおよそがとらえれた。

 男女の二人組で男の方が『朝熊(アサマ)』、女の方が『(アキラ)』だろう。

 朝熊と呼ばれた男は割とがっしりした体つきではあるが、筋肉が固まってできたような奴ではない。背は高めで体に似合わず機敏に動いている。

 明の方は周りを一定の距離を保ちつつ左手には刀を持って、しきりに右手で飛び道具を投げて牽制。

 確かに前衛とバックアップのコンビネーションはいいし、戦術も勝利の定石をふまえている。だが今すぐ決着が付くような戦況ではないし、相手は榎凪だ。

 しかしこの女の自慢げな態度。

 日本の刀を流麗に流し、朝熊を弾き飛ばした榎凪は明と一気に間合いをつめる。それに同調するようにバックステップで距離を保とうとするが榎凪の方がスピードが速い。

 それなのに明の方は口元を歪める。

 何かいやな予感がしてならない。


「――さがれ、榎凪ぃぃぃいい!」


 考えなんて無かった。

 この後の事なんて考えてなかった。

 ただ、僕が

 ただ、口が

 ただ、目が

 ただ、手が

 ただ、足が

 ただ、臓が

 ただ、血が

 ただ、心が

 勝手に脈打って弾けるように翔ていた。


「えっ……!?」


 後ろの方で僕を組伏せていた少女は弾き飛ばされた為か驚愕の声を漏らしている。

 そんなもの反応する必要さえ感じなかった。ただ疾風の如く地を飛ぶ。


 後、二メートル。

 明が意図を気づかれた為か後退しながら急いで手を挙げる。


 後、1,5メートル。

 アスファルトの地面に巨大な魔術式が浮かび上がる。榎凪から一定の距離をとりながら動いていたのはこの為かっ!


 後、一メートル。

 口が緩やかに開き魔術式の言葉を紡ぐ。


 後、50センチ。

 言葉を介して地に走る式に力が通う。


 後、30センチ。

 魔術が世界を狂わせ、地に染み渡る。


 もう、手が触れる。

 同時に地が弾ける。

 そのはずが後ろから聞こえた銃声によって止まった。

 続いて、


「痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃ!」


 挙げていたはずの手はいつの間にか頭を抱えるために下げられ、手の主は小さくうずくまっている。その上小刻みにカタカタ震えている。何となく不憫に感じたので心の中で合唱しておいた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――」


 あ、謝ってる。

 銃声は方角を変え朝熊の方へ。


「死ぬって死ぬって死ぬって!」

「大丈夫大丈夫。ゴム弾だから」


 姿勢も笑顔も崩さない。

 以外に悪魔だ。人の皮をかぶった鬼だ。


「痛っ!大丈夫な訳あるか!ゴムでも死ぬときは死ぬ!」

「急所は外してるし、威力は最低に設定してるから後は残るかもしれないけど死なないって」


 あぁ、何かすごい惨い光景を見ている気がしている。

 そんな光景をぶちこわしにするように榎凪が喋り始めた。どうも榎凪も目の前の光景に見入っていたようだ。


「カゥ、飛びつくほど寂しかったか?それはすまなかった。可愛い奴だな!」

「頬ずりするなぁ!離れろぉ!」


 ちゃんとした理性が働いていれば、この人がこの程度で死ぬはずもないと分かっていた。何せこの人は最強だ。


「それにしてもこいつ等は相変わらずだなぁ。はっはっはっ」


 感慨深げな笑いを仮面の下から漏らす。何か不気味に感じたので引きはがした。


「知り合いだったんですか!ならなんで――」

「あの」


 傍らにはいつの間にか葵が立っていた。そういえばすっかり忘れていた。


「寝ていたので自業自得なのですが、状況が分からないので説明してくれませんか?」


 そういえば敬語に戻っている。今ははなおしている暇ではないだろう。

 葵が反省の裏返しかあまりに真摯な目だったので僕も嘘偽り無く簡潔に、


「よくわからん」


 とだけ率直に答えた。


「はぁい、荷物ぅ!」


 茜は疑問は全くないように小さな体で器用に抱え込んでいる。葵も茜が持ちきれなかったものを抱えている。茜が大半を持っているのは寝起きの葵を気遣ってのことだろう。

 茜の荷物を三分の二だけ受け取り、とりあえずさっきまで僕を押さえていた女性に話を聞こう。榎凪よりはましに答えてくれるはずだ。

 杖からゴム弾をうち終わったのか立ち上がってこちらにかけてきた。他の二人はというと地面に突っ伏している。


「さっきはごめんね。二人は折檻したから許してあげてね。悪い人たちじゃないから」

「それより詳しい話を聞かせてくれませんか?この人じゃ話にならないから」


 軽く榎凪に視線を送る。少し悩んだようにしてから彼女は、


「そのことで一つ聞いていい?」

「まぁ、話をしてくれるなら答えれる程度の代償は払う」

「じゃあ、遠慮なく聞くけど……その後ろに立っている猫マスク変人は秋宮さんでいいのかな?」


 いくら常識離れしていてもこの格好は変に見えているようだ。

 まぁ、見知らぬ人にこんなことはなかなか言わないだろうし、榎凪の苗字を知っているとなると間違いなく知り合いとみていいだろう。

 榎凪が僕の後ろから突然低い声を出す。思わず飛び退くぐらい怖い。


「風間……言うようになったな」

「それほどでも」


 目線からは火花が飛び散り、口からなにも生まれない。

 第三者から見ると痛々しい沈黙。この現状を打破するには僕が話題を変えるしかない。


「とにかく――」

「あぁ、説明ね。ついてきて、立ち話するには長いし」


 彼女――風間は榎凪から目をはずし愛想良く答えてくれた。


「分かった」


 榎凪には任せられないので僕が変わりに答える。

 まぁ、信用は出来るからついていってもいいだろう。


「朝熊君、明ちゃん帰るから起きて」


 寝ているいる二人の内一人にに指示を出す。


「アテテ……いつも容赦ないな」

「はいはい、分かったから明ちゃん担いであげて」


 軽くあしらわれ不満げに一瞥した後、担いで前に進んでいった。


「紀伊の家でいいんだろ」

「そこ以外にどこがあるのよ」


 後は二人で話を進めている。土地のことは任せた方が得策だ。


「久しぶりだなぁ〜」


 榎凪は感慨深げに言い、二人について歩いていく。

 僕はよく理解できぬままついていくしかなかった。


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