花江さんと番宣
「映画見てねぇ~、バイバ~イ!」
「はい、カットー」
「お疲れ様でしたー」
結局こうなる訳だ。
今俺は某所某スタジオで番組収録に参加している。ゴールデンタイムにレギュラー放送されている番組に、ゲストとして出演した。
こちらは映画の宣伝がしたい。番組としてはタダでゲスト出演させる事が出来る。というウィンウィンの関係なのだが、俺個人としては番宣をしている時間なんてないんだけど。
その時間をプレイヤー業や経営者としての時間にあてる為に宮坂三姉妹の母親である天野花江さんが代役として番宣に出ていてくれていたのに。
「楽しかったわね! 今日は全然緊張しなかったわ。優希君のお陰だわ♪」
このはしゃぎようだもの。花江さんと俺の2人でゲスト出演とか、いらぬ憶測を呼びそうなんだけど。
伝説の名女優の隠し子なんじゃないかとか、若いツバメなんじゃないかとか、そんな噂がネットで飛び交っているらしい。
映画の製作記者会見での俺と花江さんのやり取りはワイドショーなんかで頻繁に取り上げられているが、そもそもそれが仕込みであると受け取られている。いわゆるプロレスってやつだ。
仕込みである事は間違いないから下手に訂正出来ないのが痛い。
高畑社長なんて「ご想像にお任せしますよ」なんて言って黒塗りの車に乗り込んで走り去る姿がテレビで流されてたし。話題をより大きくして面白がってるに決まってんだよ。
「撮影が終わったから、これからは2人でいっぱい番組に出られるわね♪」
いや花江さん? 腕まで組んで、スタッフさん達がみんな見てるんですけど? そもそもの目的を忘れてらっしゃいませんか?
「優希君と一緒だったらどんな番組にだって出られそうだわ♪」
ペコペコしている番組プロデューサーやスポンサーの人達に見送られ、楽屋へと入る俺と花江さん。いや、ここはあくまで花江さん用の楽屋であって俺の楽屋ではないんだけど……。
「お疲れ様でした。アナタ、お母さん」
瑠璃と牡丹が楽屋で待っていた。牡丹が花江さんの肩を抱き、ゆっくりと椅子へ座らせた。
「ふぅ……、疲れた……」
あれ? やっぱり超上がり症のままなのか? 楽屋に入るまで演技を続けていたって事か。
「優希君と一緒だったから少しはマシだったけど、やっぱりダメねぇ。映画の宣伝が終わったらまた引退しなきゃ」
「ありがとう、お母さん。他の出演者の方々も番宣に出てくれているから、そろそろお役目が終わりそうだよ」
牡丹が花江さんに労いの声を掛ける。今日は俺と花江さんの2人での出演だったけど、撮影は全て終了しているんだし結城エミルこと夏希や橋出姫子やその他共演者も番宣に出られるはずだ。
俺が色んな番組に出ずっぱりにならなくとも何とかなるはずだ。いや、最悪出るのはいい。出るのは出るから熱烈な花江さんファンの司会者に執拗にイジられるのだけは止めてほしい。無茶振りされまくって胃に穴が空くかと思った。
こういう時、関西で生まれ育ってホンマに良かったと思うわ。見よう見まねでも何とか形には出来るもんやね。
だいたい無名新人の俺が番宣に出て、その番組にメリットってあるんだろうか。花江さんやエミルなんかが単独で出た方がよほど需要がありそうなんだけど。
「見て下さい、アナタ。紗丹が出た番組の視聴率、全体的に良いみたいですよ」
瑠璃がとっても嬉しそうだ。F1層? って何や。めっちゃ早い車か?
「SNSでもすごく話題になってますよ。優希さん、アカウント開設します?」
しません。牡丹が思い切り乗り気で困惑している。だからこれ以上忙しくなったら困るって言ってんだろうが。
「希瑠紗丹名義の公式アカウントを作って、プロフィールにスタッフが代理で運営していますって事にしておけば……」
あ~、そこらへんは好きにしてくれ。俺は一切関わらないからな。
「そんな事より今日もハイスペックスに行くんだろ? 今日はもう出演番組の収録がないから迎えに来てくれたんじゃないのか。もう出よう、楽屋にいても落ち着かない」
花江さんではないが、俺も自らの意思でテレビに出ている訳ではない。もちろん映画に関しても。悪い気はしていないが、これを本職にするなんてとても考えられない。
「もうちょっと待ってね、私も一緒に送ってもらいたいから。ふぅ……」
そうか、花江さんを1人にする訳にはいかないか。俺とした事が、自分の事を優先して花江さんへの配慮が足りなかったか。反省すべきだな。
「でもお母さん、前はカットがかかった瞬間からフラフラになっていたのに、今日は楽屋まで天野花江でいられたわね」
確かに瑠璃の言う通りだ。ちょっとだけ慣れてきたように感じた。製作発表記者会見の時に久し振りに天野花江として姿を現した後、今にも吐いて倒れそうな雰囲気とは大違いだ。
「言われてみればそうね……。でも今ものすごく疲れている事に変わりはないわ。優希君の為にと思って頑張っただけですもの。
まぁ、優希君がどうしてもって言うなら次の映画のプロモーションも手伝ってあげてもいいわよ?」
「いえ、もう次の映画なんてないですから、そんな機会はないですよ」
次の映画なんて知らん。俺は出ないぞ。純愛ラブストーリーだ何だと言われても興味ないね。相手役が夏希であろうがひめであろうがお断りする。
「アナタ、もしオーディションを突破して夏希ちゃんやひめちゃんがヒロイン役を射止めたとして、主演が他の俳優になったとしたら、どうします?」
どうします? って言われてもなぁ、俺はやりたくないし。
「純愛映画とはいえ、キスシーンくらいはあるでしょうね。今回の映画でエミルさんはベッドシーンまで解禁してしまったのですから、多少のラブシーンはあるはずですもの」
牡丹が俺の顔を見つめながら楽しそうに話す。わざと煽ってるな? 煽るのはいいけど俺がまた映画の撮影をするとなると、このバタバタが続くんだぞ。そこまでちゃんと分かってるんだろうか。
「純愛映画の相手役がおばさんではダメだなんて決まってないわよね?」
「お母さん、それはさすがにちょっと……」
「いえ、宮坂家の力を持ってすればスポンサーサイドから圧力を掛けて製作委員会を乗っ取って……」
あれ? 花江さん、さっきまでまた引退するって言ってたよな。
「お母さんがオーディション受けるんなら、私も受けようかしら……」
瑠璃までその気になってる!? いや確かに瑠璃はとびきり美人だから見た目は合格だとしても、花江さんの血をがっつり受け継いでいるから上がり症だろうに。
そんな2人を眺めていると、牡丹が俺の手を握って来た。やっぱり牡丹もオーディション受けるって言い出すんだろうか。
「引退した女優とその娘が、優希さんの相手役をしたいって思ってるんですよ? それほどの魅力が、あなたにはあるんです。
だから、次の映画も頑張りましょう。可能な限り私達がサポートしますから」
牡丹……。
「いや、出ないからな?」
「すみません、次の映画の出演契約しちゃってるんです」
牡丹!?
「という事だから、次も頑張ってね。私も出来る限り応援するから」
「アナタ、頑張りましょう」
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