タレントとマネージャーとハーレムと
「はいお疲れさぁん! 打ち上げやぁって言いたいとこやけど俺らはまだ編集作業あるさかいにまたな!!」
「はい、お疲れっした! お先ぃ~っす!!」
終わったぁ~~~! 滅茶苦茶ダメ出しされて半泣きになりながらも何とか録り終わった!!
だいたい1日で終わるもんなん!? 日が変わったけど何とか終わった。え? 終わったけど大丈夫? ホンマにこれでCDになんの!!?
もう不思議でしかない。言われた通りに歌ってたら終わった。え、マジで終わってええの? ホンマはまだ終わってへんけどとりあえずこいつ邪魔やし帰らせといたれっていうノリやなくて???
「はい紗丹さん帰りますよ。お疲れ様でした~」
俺は興奮冷めやらぬまま、花蓮さんに連れられてスタジオを後にした。
「なぁ、すごない!? マジでさ、なっ!!?」
「そうですね~~~」
さっきから意味のない言葉を何度も何度も花蓮さんに投げ掛けている。自覚しているが止められない。花蓮さんも適当に相の手を入れるのみで、タクシーの運転手も終始無言。分かっているが興奮が冷めないのでどうしようもない。
「はい着きましたよ、降りて降りて」
いつもならスペックスビルの前に着いたらはいさようならと、そのままタクシーを出して行ってしまう花蓮さんだが、今日は一緒に降りて俺の手を引いてスペックスビルの地下へと入って行った。
「何スかどしたんスか、送り狼っスか」
んな訳ないがそわそわそわそわとして落ち着いていられない。花蓮さんがそんな俺をすかしていなしてしながら、スマホで誰かと話している。と、自宅専用のエレベーターが自動で開いた。電話の相手が上から操作したのだろう。
言ってくれれば俺だってキーを持ってんのに。そして開いたエレベーターの中には誰もおらず。
「はい、さぁ入って入って。お疲れ様でした~」
「え~、花蓮さんも着いて来て下さいよ! 打ち上げしよ打ち上げ!!」
半ば抱き着くようにしてエレベーターへと連れ込み、そのまま最上階のボタンを押した。静かに上がっていくエレベーター内で、俺は壁ドンした状態で花蓮さんの目を見つめている。もう少し落ち着きがあれば俺もそのじとっとした冷たい瞳に気付いていただろうが、何せ俺はもう訳分からんテンションでヘラヘラしてたのでどんな目で見られているかなんて気にもせずにベラベラと喋っていた。
「あっれ~? 花蓮さんてば所属タレントに持ち帰りされるんスか? スか?」
どうせアンタも俺のハーレムに入るんでしょ? そのつもりなんでしょ? その方が俺に仕事させやすいし他の嫁を交えた方がプレイヤー業と俳優業とのやりくりが上手く出来るから色々と都合が良いんでしょ?
普段からそんな自分にだけ都合の良い事を考えていたんだと思う。だから花蓮さんがどう思っているか決めつけて、本当の彼女の気持ちなんてこれっぽっちも考えないでそんな事をしたんだろう。
「はぁ……」
ため息なんて吐いて誘い受けか? 誘い受けなのか? と思いながら屋上へ着き、小さな庭を花蓮さんの手を引いて歩いて自宅の玄関を開ける。
「お義兄ちゃんお帰りぃ~って、花蓮さんの手を引いてどしたの?」
「おぉ、さゆ! まだ起きてたんやな。今から打ち上げや! みんなで飲むぞ!!」
花蓮さんの手を引っ張って自宅へと連れ込む。リビングのソファーには瑠璃と牡丹がリラックスモードで寛いでいた。
「アナタ、お疲れ様です。レコーディングは無事終わったみたいですね?」
「それで、花蓮さんの腰を抱いて、どうされたんですか?」
瑠璃も牡丹も不思議そうな顔で俺達を見つめている。腰を抱いているだけじゃないぞ? 牡丹よ。しっかりお尻を揉みしだいているのだ!
「いや、花蓮さんも付き合いが長くなって来たしね、そろそろいいんじゃないかと思ってな!」
「「「そろそろ?」」」
宮坂三姉妹の声が揃う。そんな分からないですみたいなノリいいから!
え、何? 俺がちゃんと言わないとダメなの? じゃあ言っちゃおうか!
「ほら、花蓮もさ、俺の為に頑張ってくれてんじゃん? だからさ、ハーレムに入ってもらおっかなぁって」
どう? とみんなの賛成を待ってみるも、シーンとしたまま誰も口を開かない。あれ? 俺ってば何か変な事言っちゃった系?
「皆様、お気になさらず。紗丹さんは慣れないお仕事を終えてテンションが振り切れておられます。このまま横にしても寝れないでしょうから、後はお願いしたいのですが……」
「うんうん、分かったよ。あたし達に任せとして~」
腰から俺を剥がして、さゆへとパスする花蓮。え、ちょっとひどくないです?
「何だよ、俺の嫁になんのが嫌だってのかよ」
自分で言うのも何だが、これでも5人の嫁と1人の愛人を抱える身だ。俺に言い寄って来る女が他にもいたりいなかったりする。
そんな俺が自ら花蓮に声を掛けているというのに、その態度は何だよ!!
「アナタ……?」
何でそんな目で見るんだよ、瑠璃。俺の意を汲んでテキパキと受け入れる用意をしろよ。
「優希さん、ちょっと座りましょうか」
何だよ牡丹。お姉ちゃんモードじゃないのかよ。私の弟がまた1つ立派になったわって場面じゃねーのかよ。
三姉妹が俺を囲んで頭を撫でたり背中をトントンと叩いたり、腕を取ってくっ付いたりと宥めに掛かる。三姉妹の匂いを嗅いで、ゆっくりと深呼吸をして、少しずつ心が落ち着きを取り戻して行く。
あっ、そっか。俺、今滅茶苦茶気が立ってたんだな……。
ようやく気付き、未だリビングの入り口で突っ立ったままの花蓮さんを見上げる。
「紗丹さん、私はあなたのサブマネージャーです。担当タレントがお望みとあらば人肌脱ぐのがサブマネージャーの務め。しかし、本当にそれでよろしいのですか?」
いやよろしくない。俺はそんな事を望んでなんてない。
「アナタ。花蓮さんは紗丹君の食べ物や飲み物の好み、どんな雰囲気の部屋が落ち着くか、車酔いはするかなど色々としっかりと調べた上でお仕事に臨まれているんですよ?」
「そうですよ。花蓮さんはすごいなと私が思うのは、頑張っているというのを感じさせないところ。常に余裕がありそうな雰囲気でいて、自分が出来る事はないかと気を張っておられるんです」
「でも今日は花蓮さんもお義兄ちゃんと同じくらい疲れちゃったみたいね。お義兄ちゃんのテンションのコントロールも出来ないままここまで連れ込まれちゃうくらいだもの」
突っ立ったままだった花蓮さんの手を引き、紗雪がソファーに座らせる。確かに花蓮さんも疲れ切った表情をしている。俺のレコーディングにずっと立ち会って、合間合間に俺の世話を焼いてくれてたもんな……。
それだけじゃない。俺が理解出来ない殺魔さんの要求や指示を噛み砕いて伝えてくれたり、俺の代わりに質問してくれたりとかなり気を回してくれていた。
そっか、疲れていたのは俺だけじゃないのか。俺が上手く仕事出来るように準備して、立ち会って、しっかりとサポートしてくれてるんじゃないか。
それをまるで俺の嫁候補みたいな、俺の嫁になりたいだけの人みたいな言い方をしてしまった。いくら気が立っていたとはいえ、俺はとんでもない事を花蓮さんにしてしまった。
「花蓮さん! 俺……」
「いいんですよ、紗丹さん。私はタレントが求めるモノを用意するのも仕事のうちです。例えそれば自分自身であったとしても……。
ですが、そういった事をした事がないので、その……」
「いや違うんです! 俺、慣れない仕事でバタバタして、何とかついて行こうとがむしゃらに頑張ってるうちに終わって、それでこのテンションが治まり切らないままに帰る事になって……。ちょっとパニックだったんだと思うんです。
花蓮さん、本当に……」
いえいえいえ、と両手を広げて俺に歩み寄って来る花蓮さん。謝罪の言葉を言わせてくれない……、んじゃないなこの雰囲気は。ニヤニヤとしてだいぶ余裕がありそうに見えるけど?
これって牡丹が言うところの余裕があるように見せているだけって状態か?
「私は求められたのであれば受け入れますとも! ええ!! さぁどうぞ!!!」
ん~? 目が座ってる。酒を飲んでる暇なんてなかったはずだし、これは極度の疲労状態なのでは? 俺と同じくテンション振り切れて脳がビジー状態なんじゃないか!?
えっと、ホントに余裕があるのかないのか俺には判断出来ない。この人ホント分かんない!
「はいはいはい花蓮さん、疲れたねぇ疲れたねぇ。疲れたらお風呂入んないとねぇ」
腕まくりをした紗雪が後ろからがっ! と花蓮さんを拘束し、そのまま浴室へと連行して行った。
「はぁ、マネージャーとしてのお仕事が大変なのは分かりますが、彼女も自分の限界を超えて働いていたんでしょうね。
アナタも、花蓮さんを女性として意識する事もあるでしょうが、タレントとマネージャーとして成立するかどうか、もう一度じっくりと考えて下さいね?」
えっ、そこは普通にダメですよ、でいいんじゃないの? 俺が望めばどんな関係であってもハーレムに引き込んでやるぜって雰囲気を正妻が出すから俺が勘違い的な行動をしてしまうんじゃないか!
あ、これは完全に人のせいにしてるだけだな、反省……。
「ほらほらゆう、もう遅いんだからゆっくりしましょう? 身体を流してあげたいところだけど、今は花蓮さんが使ってるからね、膝枕してあげる」
ここでやっと牡丹お姉ちゃんかぁ……。いや、やっぱお姉ちゃんは落ち着くけどね……。
「プレイヤーとタレント、それも歌手としてのお仕事の後ではやはり疲れ方が違うみたいですね。私達もその疲れを癒せるよう、色々と考えてみますからね?」
やわやわと脚や肩をマッサージされているうちに、俺は寝入ってしまったのだった。
翌日、花蓮さんと朝食を共にした訳だが、ずっと俺の目を見てニヤニヤしてたからホントこの人マジでさぁ!! って思ったのだった。




