ちょっと一息、と言いつつやっぱり仕事の話になる
夏希とうんうん唸りながら捻り出した歌詞。
よく夜に書いたラブレターは朝に読み直して悶絶すると言うが、この歌詞に関しては次の日の朝に読み直しても良い出来栄えだと思えた。
自室で何度も読み直し、殺魔さんが作ってくれた曲に合わせて口ずさんで録音し、何度も聞いては歌い直し、確認しては本当にこれでいいのだろうかという不安に襲われ……。
そしてやっとさっき殺魔さんへメールの本文に歌詞と、添付ファイルとして録音した俺の声を送った。
はぁ……、めっちゃ疲れた。
「お疲れ様です、優希さん」
リビングのソファーでだらっとしていると牡丹がコーヒーを淹れてくれた。
「慣れない事をするとどっと疲れるな……」
まぁ俺の場合、大抵の事が慣れない事なので常に疲れてるんだけど。
ふぅ……、温かいコーヒーが心と身体に沁み渡るわ。
「部屋の前を通った時に漏れ聞こえたんですが、結構激しめの曲なんですね?」
「あぁ、そうそう。12.5歩の曲の中でも割と激しめの部類に入ると思う。
あれをカラオケで歌うならともかく、レコーディングしてCDにして、リアル迷宮の特設ステージでミニライブするとなるとなぁ。かなり不安だわ」
「ミニライブ、ですか……?」
あれ? 牡丹には説明してなかっただろうか。
俺の与り知らぬところで高畑社長が俳優デビューだけでなくCDデビューさえも企画してしまった。
それもCDデビューに関しては俺が大好きなアーティスト、12.5歩のヴォーカルである殺魔さん作曲という、逃げるに逃げられない状況まで用意されてしまった。
どうせやらないとダメなのであれば、自分の本分にもプラスになるようにしようと思い、今回作詞をした曲をリアルダンジョン内で使わせてもらおうと思った訳である。
これもまだ高畑社長には言ってないので、何かしら交渉が必要だろうと今気付いて憂鬱になって来たけど……。
「アクトレスの前でのライブ……。
でも優希さんは魔王サタンとしてダンジョンにランダムでポップするんですよね?」
「例えばだけど、こちらがライブ会場ですって張り紙なり立て看板を用意しておいてさ、誘導する訳。
アクトレス扮する勇者達からすれば、お断りすべきお誘いなんだよ。
それをお断り出来ずにライブ会場へ迷い込んだ時点で勇者はやられるって事。
ただし、俺のライブは見れる」
「あぁ! なるほど……」
リアルダンジョンに関しては、いつもはお断りされる側であるアクトレスが、モンスター扮するプレイヤーの誘惑に対してお断りしつつ先を目指すというのが趣旨だ。
ダンジョンの最奥に魔王がいて、魔王の待つフロアに辿り着き、見事魔王に対してお断りが出来ればレアなアイテムが貰えるというイメージ。
現在、瑠璃と牡丹がスペックス以外のお断り屋へとイベント企画書を持って回ってくれている。
まだ会場も日時も決まっていないリアルダンジョンイベントだけど、主催はあくまでスペックスではなくお断り屋協会となっている。
各お断り屋協会から人気プレイヤーをチョイスしてもらって魔王役に仕立てる。魔王を配置するボス部屋を用意して、勇者達が目指す目的地となる訳だ。
スペックスとしては魔王役を誰にするべきか。それも考えないといけないな。俺はあくまで神出鬼没のはぐれ魔王的な扱いにして、特設ステージの中でライブをする、と。
そうそう、話の流れで夏希には異世界から召喚した勇者達に魔王討伐を依頼する王女役をお願いしてたんだったな。
姫子と姉妹って設定にして2人で勇者達の前に立つのはどうかと、高畑社長から提案されていたんだった。
一度花蓮さんを通じて最終確認をしておいた方がいいかな。
「具体的な日取りや場所はまだ決まってないんだよな?」
「ええ、大きな会場の近くにうちの系列のホテルがあるという条件だけで、具体的な場所はかなり絞れると思ってます。
ですが、やはり動き出すと途中で止められないですからね、父もゴーを出すタイミングはシビアに考えているんじゃないでしょうか」
そうか、会場を押さえるのは賢一さんがやって下さるのか。もうこれってお断り屋協会というよりかは宮坂家主催じゃない?
経営の第一線を退いているとはいえ、宮坂グループではかなり大きな影響力を持っておられるのだろうし、その分グループに対する責任も大きいだろう。簡単に判断するような事はないという事か。
「映画の製作委員会と同時進行でリアルダンジョンですからね、さすがの瑠璃ちゃんもヘトヘトみたいです」
「それは牡丹も同じだろ? ほら、おいで」
そう言ってソファーに座ったまま手を広げる。するとぱぁ~っと満面の笑みを見せ、俺の胸に飛び込んで来る牡丹。膝の上に跨って、胸板におでこをグリグリと擦り付けて来た。
「いつもお疲れ様、無理しないようにな」
背中をさすさすと撫でてやると、気持ち良さげに唸る牡丹。まるで猫だな。
「エステやスパもいいですけど、やっぱり優希さんにくっついているのが一番癒されますね……」
よほど疲れていたのか、いつものお姉ちゃんモードはお休みらしい。でもまだまだ先は長いんだよなぁ。
旅行なんて現状では無理だし、落ち着いてからであっても6人のスケジュールが合うかどうかも怪しいところだ。
「すみません、優希さんもお疲れでしょうに」
「いや、大丈夫だ。これくらい出来なくて何がハーレムの主かって話だ」
2人してソファーにぐでぇ~と沈み込み、身体に触れ合いながら過ごす。お互いの体温、息遣い、匂い、全てを共に分かち合っているかのような感覚。
知らず知らずのうちに疲れていた心に水が染み渡って行くのを感じる。
「………………、はぁ……」
ビクッ!!? 何だっ!!!?
全く気付かなかったが、いつの間にか俺の右隣に瑠璃が座っていた。
「各関係先を飛んで飛んで回って回ってから帰って来たら、主人と愛人が抱き合ってる場面に遭遇し、そしてあえて何も言わずに隣に座ってみたら気付いてさえもらえない……。
これが放置プレイってヤツなのね」
いや、単純に気付かなかっただけだから。
「ごめん、瑠璃。お帰り。
俺も牡丹もくったくただからお互いに慰め合ってたところなんだけど、その様子だと瑠璃も相当疲れてるみたいだな。
ほら、膝を開けるからここ使えばいいだろ? 牡丹はこっちに来て」
牡丹を膝から降ろし、左隣へと座り直させる。瑠璃に膝枕をしてやる。
拗ねていた割には素直に頭を預けて来た。
「みんな疲れてんだな。やっぱり同時進行で詰め込み過ぎだな」
「ええ、それはそうなんですけれど、アナタの映画デビューやCDデビューは降って沸いたお話ですからね」
「その降って沸いた話に飛び付いたのは誰だったかなぁ~?」
「何よ牡丹、私1人のせいにするつもり!? 牡丹だって紗雪だって同罪なんですからね!」
「あぁ、やっぱり無理があるって分かってて受けたって自覚はあるんだな?」
ビクッ、と2人が身体を揺らす。CDデビューに関しても、俺の知らないところで先に花蓮さんから打診を受けて、ほぼ二つ返事で了承をしたのはこいつらだ。
でも今さらそんな事言っても仕方ないんだよなぁ。
「受けてしまったからには全部の仕事をきっちりやり通そう。
たまにこうしてお互いの疲れを癒しながら、最後までやり切ろうな」
そうですね、と2人の声が重なる。
「ただし、今後こういう事がないようにしてくれ」
………………、2人とも無言。何か言えよ!!
「だってアナタ、映画が公開されてしまえば希瑠紗丹は全国区での有名人になりますよ? 私達が画策するまでもなくひっきりなしに何かしらの仕事が舞い込んで来ると思いますけど」
「そうですね、そのお仕事をいかにセーブしつつ人気を上げて行く事が出来るか。私の腕の見せ所でもありますね」
結局そうなんだよな……。はぁ、やって行けるんだろうか、俺。
「アナタ、みんなで頑張りましょうね。でも、どうしても嫌だったら遠慮なく仰って下さい」
「そうですよ、本当に嫌な事を無理やりやらせるような事はしませんから」
何だかんだ言って俺の事を第一に考えてくれるんだよな、みんな。
「じゃあやっぱり映画はナシにしよう」
「「それは無理」」
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