女(達の)優(希を巡って)の戦い
少し間が空きました。エタりませんので!
今回のお話は舞台女優とお疲れ様デート( https://book1.adouzi.eu.org/n2500ef/100/ )に関連しております。お忘れの方は合わせてお読み頂ければ。
時系列的には前々話と前話前半部分の時系列の夏希サイドとなっております。
「ギャラの交渉をするって言っても、基準が全く分からないからどうしたらいいんだろう……」
牡丹さんが頭を抱えている。優希の映画出演についてのギャラの交渉にもスペックスを噛ませてほしいという要求を出してしまった為、自分の首を絞めてしまったと少し後悔しているそうだ。
たまたま時間が空いた私は、ふらっとスペックのオフィスに顔を出した所を牡丹さんに捕まり、私が主演する映画のギャラはいくらなのかと問い詰められてしまった。
いつもと違う牡丹さんの迫力に押されてしまったけれど、正直まだ始まってもいないお仕事に対する自分のギャラなんて把握していない。私のマネージャーさんはあまりお金の事を言って来る人でもないし。
振り込まれたギャラの明細を見れば分かるけど、それも当分先の事だし。映画の主演は初めてだから比較対象もない。
聞けば教えてくれるのかも知れないけど、生放送に飛び入り出演してしまった事での私の失態があるので、積極的にお金の話はしたくないなという状況だ。
素直に分かりませんと答えた直後から、ずっと頭を抱え続ける牡丹さん。いつものキリリとして、ふわりと優しいお姉さんという雰囲気がなくなってしまっている。余程困ってるんだろうという事が伝わって来る。
「あの、確か石田さんって瑠璃さんの大学の先輩なんですよね?
瑠璃さん経由で聞いたら、目安くらいなら教えてくれるんじゃないですか?」
私を担当してくれているチーフマネージャーの名前を出すと、クワッ! と目を見開いて、牡丹さんが立ち上がる。
「瑠璃ちゃーん!」
瑠璃さんの名前を呼びながら、オフィスを飛び出て行ってしまった。どこにいるか知ってるんだろうか……?
入れ替わりに姫子と紗雪がオフィスに入って来た。
「あら夏希、今日はオフだったの?」
そう私に声を掛けた後、すぐに向かいのソファーへと掛けてスマホを触り出す紗雪。私服姿の紗雪はイケてる女子大生って感じの雰囲気で、メイド服姿とのギャップが激し過ぎる。
どこにスイッチがあるのかすごく気になっている。たまに私にメイドモードを強要して来るけど、私にはそのスイッチがないみたいだ。
いや、仮にも女優として活動しているんだから、それではダメなのも知れない。例え観客がゆーちゃんだけだとは言え……。
「ううん、ちょっとだけ時間が空いたから寄ったんだ。優希は?」
「優希は今先輩プレイヤーと遊びに行ってる」
そっか、なら事前に連絡せずにここに来て正解だったかな。ゆーちゃんに一緒に遊びに行く先輩が出来たなんて、ちょっと前では考えられなかった事だ。邪魔したら悪い。
たまにしか会えないとは言え、映画の出演が決まれば毎日会えるわけだし……♪
「なっちゃん。いえ……、結城エミルさん」
ひーちゃんがソファーに座っている私の隣に座り、真剣な表情で見つめて来る。わざわざ普段の呼び方から芸名にさんまで付けて。
「ひーちゃん、どしたの?」
「お願いです、私をエミルさんの主演映画に出させて下さい。脇役でもいいんです。お願いします」
そう言って私の胸目掛けて頭を下げ、ぐりぐりと押し付けて来た。真剣なのか冗談なのかが分かりにくいよ!?
「さっきひめちゃんの女優活動の話をしててね、どうにか映像の世界でも活躍したいって言ってたからさ、じゃあ同じ事務所なんだしエミルちゃんのバーターで映画出してもらえばいいじゃんって言ったんだよ」
紗雪、あなたの差し金なのね。このぐりぐりも紗雪のアドバイスだったりして。そうならせめてこっちを見なさいよ!
「分かった! 分かったからぐりぐり止めよ、ね? 髪の毛ぐちゃぐちゃになるから」
ぐりぐりは止めたと思ったら、次は上目遣いのウルウルした瞳で見つめられる。あっ、カワイイ……。
「センパイ、本当ですか?」
キュン! こんな顔で見つめられて落ちない男っているのかな!? かな!? お、お持ちk……
「良かったね、ひめちゃん。でも社長さんなり事務所の人なりがどう言うかは別だから、直接自分からも言った方がいいと思うよ?」
紗雪がスマホから視線を離さず現実的な事を言ってる。うーん、そこまで付き合いが長い方でもないけど、この子の考えている事は何となぁく分かる。
多分ゆーちゃん絡みの事であれば、阿吽の呼吸が出来るかも知れない。
「紗雪、何を考えてんの?」
「あー、分かった? さすが夏希。
実はね、優希が自ら望んで映画出演したい事情が出来てね。リアル迷宮の資金集めが必要でさ、その資金集めとマネージメント含めて、どこかにお願いしたいのよ。
それで高畑芸能事務所を頼りたい訳」
なるほど、うちの事務所であればそれなりの規模であってもイベント企画をマネージメント出来ると思う。もし社長が受けないとしても、イベントを企画する会社を紹介してくれるだろう。
つまり、優希は高畑社長に貸しを作って、リアルだんじょんのマネージメントで借りを返してもらおうという事なのかな。
いや、逆か。リアル迷宮の借りをチャラにする為に、先に恩を売っておく、と。
「それは優希の都合。前に優希とデートした時、映画を見ようと映画館に行ったの。カップルシートで優希の膝に座って、お腹に手を当ててギュッとされて……」
「「え、いきなりノロケ?」」
うわっ、紗雪と被っちゃった。
「聞いて。で、優希が私の服を褒めてくれたの。可愛いね、って。とっても似合ってるって言ってくれたの。ありがとうって言って、後ろを振り返ってキスしようとしたら、スクリーンから声が聞こえたの。
『騙されないで!!』って」
あ~、覚えがあります……。
「私の気持ちが分かる? その時私は言ったの、『騙されてもいい』って。
でもね、大好きな人に抱き締められながら、大好きな人の幼馴染、そして嫁仲間で一番の強敵に水を差された時の気持ちが分かる?」
「ん? 一番の、ライバル……?」
ひーちゃん、もうちょっと空気呼んで? ただでさえ私はゆーちゃんと会うチャンスが少ないのに、紗雪が本気出したら私勝てない。ほら、スマホから顔上げてるやん……。
もちろん、負けるつもりはないけど。
「その時私は決めたの。嫁としても、女優としてもなっちゃんには負けられないって。
でも女優としてはだいぶ遅れを取ってる。女優としては。だから女優としてステップアップしたいの。
ううん、映画デビューする優希と同じタイミングで私も映画デビューしたい。一緒に台本読みしたい。共演したい。試写会でスクリーンに一緒に映し出される私と優希を、優希に後ろから抱き締められながら見たいの。
だから、お願いします。私をバーターとしてエミルさんの主演映画に出させて下さい。
女優としては、遅れを取ってるから」
はっはっはっ! うちに頼み事をしてんのか喧嘩売ってんのかどっちや!?
女優としては遅れを取ってるけど? 嫁としては? 遅れを取ってないって? ゆーちゃんを一番近くで見てたうちに対して?
宣戦布告してんねやな!!?
ひーちゃんの目をじっと見つめる。もしかしたら睨んでいるかも知れない。けれど、ひーちゃんは決して目を逸らさず、堂々と私を見つめ返している。
これで嫌だ、なんて言える訳ないよね……。
「分かった、これから時間ある? 石田さんは今事務所にいるはずだから、2人で話をしてみよっか。見せてもらった台本に、ひーちゃんにピッタリの役があったよ。
優希が演じる男の子を私が演じるヒロインから奪おうとする役。もちろん、最後には私とハッピーエンドになるんだけど」
「ふふっ、いい映画になりそう。お互い入り込めそうなお仕事」
ライバル……、色んな意味で、立場で。そういう関係も悪くない。
「あ~あ、あたしも女優デビューしよっかなぁ~。って言ってる間に動いた動いた。
今から優希がここに来るけど、どうする?」
動いた動いた? さっきからスマホを触ってたのは、ゆーちゃん関係だったのかな?
チラッとひーちゃんを見ると、すくりと立ち上がって出掛ける用意をしている。
私? もちろん私ももう出掛ける。今ゆーちゃんに会う必要はない。目先のゆーちゃんより、俳優としての紗丹を取る。
紗雪を見ると、ニヤリと笑っている。
「優希には映画に出る理由が必要だったんだよ。リアルダンジョンだけじゃなく、共演するエミルだけじゃなく、ね。
ひめちゃんの映画デビューも掛かってるんだもん、優希も覚悟決めやすくなったんじゃない?」
確かにそうかも知れない。元々女優としてテレビや映画に出ている私よりも、映画デビューが掛かっているひーちゃんの方が理由としてはウエイトが大きくなるのかも。
う~ん、自分で言っていて複雑な気持ちになるけど、まぁそれは仕方ない。
ゆーちゃんは今や、うちだけのゆーちゃんやないんやから。これから、映画に出るともっとようけの人達の物になって行くんやろう。
それでも、うちは絶対に負けへん。独り占めしたい訳やない。そやけど、遅れを取るつもりもない。
「行こっか」
ひーちゃんに向けて手を出す。躊躇いなく握り返す小さな手。すべすべして、ふっくらしている手。
ゆーちゃんにも握られているこの手を取って、ひーちゃんを女優としての階段を登れるように引き上げよう。
それでも、私は常にひーちゃんの一歩、二歩三歩四歩五歩、もっと先を登り続ける!
絶対に負けたりなんかしない。女優としても、ゆーちゃんの嫁としても。
「じゃあね、紗雪。私が今日ここにいた事は言わなくていいから」
「うん、分かってる。またね。
はぁ~、あたしももうちょっとメイドモードの時間増やした方がいいかなぁ」
それってどうなの? あれはちょっと卑怯過ぎない……?
「あら、夏希ちゃん。今帰るところ?」
「瑠璃さん、今から事務所に行ってちょっとお願い事をしに」
「優希君に会わなくてもいいの?」
「ええ、映画撮影がクランクインしたら毎日会えますから。
ね? ひーちゃん」
「うん、なっちゃん」
「お姉ぇ、もうすぐお義兄ちゃんと花蓮さんが来るよ。多分映画の話になるけど、今日は進捗状況の報告だけだから。
後日改めて高畑芸能事務所に行く事になると思う」
「分かったわ、私は来る事を知らないって事にしておけばいいのね?」
映画の撮影に向けて、事務所もスペックスも動き出した。
私にとっては初主演作。ゆーちゃんは映画デビューにして初主演作。ひめちゃんも映画デビュー作。
私達にとっては忘れられないお仕事になるだろう。
身体がぶるりと震える。ひーちゃんを見ると、口元に薄い笑みを浮かべている。
この子は……、相手にとって不足なし!
「「行ってきます!!」」
私達は競い合い、高め合い、磨き合う。同じ人を愛する仲間として。
「「行ってらっしゃい」」
お読み頂きましてありがとうございます。
無謀にも連載をもう1本増やしました。
『好きなのに理由って必要ですか? と彼女は言った』(ページ下にリンクがあります)(現在はございません)というタイトルの現実世界恋愛ジャンルのお話です。
現在毎朝7時に投稿予約を入れておりますので、よろしければ合わせてお読み頂ければと思います。
今後とも、よろしくお願い致します。
誤表記訂正致しました。
誤字訂正致しました。




