ゼミ合宿で俺だけ1人部屋になったら、同ゼミの女友達が忍び込んでくるんだけど
大学に入学して、半年が過ぎた。
ひと口に学校といっても、大学は高校までとは全然違う。
授業の内容も進め方も、休み時間の過ごし方もも、休日の使い方も。高校までが規則を重んじるものなのだとしたら、大学は自主性を重んじるもの。そんな印象だ。
俺・松原隆二も入学当初は、これまでの「学校」とのギャップにあたふたしていたけれど、夏休みに入る頃には寧ろそのギャップを謳歌しているくらいだった。
「――というわけで、我らがゼミはこの初めての夏休みに、合宿を実施したいと思います!」
『おぉ!!』
とまぁ、俺の勢い100%の提案に、同ゼミの同級生たちも同意する。
「新しい学校生活に慣れる為」とか、「より濃密な学びの為」とかもっともらしい理由を口にするけれど、ぶっちゃけ大学生として初めての夏休み、みんなでお泊まり会をしたいだけだ。
「行き先は、仙台なんてどうだ? 伊達政宗についての研究もできるし」
余談だが、俺が所属しているのは理工学のゼミである。
「良いね! ついでに東北の農業や水産業について調べてみても良いし!」
もう一度言うが、俺が所属しているのは理工学のゼミである。
あーでもないこーでもないと、皆がゼミ合宿(という名の旅行)の企画を立て始める。
俺としては、このメンツで行けるのならば、行き先はどこだって良い。故に俺の仕事は、「ゼミ合宿やるぞ」と声かけをする段階で終わっている。
皆の話し合いをお茶を飲みながら眺めていると、1人の女学生が話しかけてきた。
「松原は、参加しなくて良いの?」
「放っておいて旅行の企画が立てられるなら、それに越したことはないさ。「南極に行こう」とか言い始めたら、流石に止めるけど」
「それは同意。……私も特に行きたいところないし、傍観決め込んでよー」
そう言って女学生・神坂綾子は、俺の隣に腰掛けた。
綺麗な黒髪、長いまつ毛、整った顔立ち。維持する為に適度な運動をしている為か、シュッとしたスタイルは異性の目を釘付けにする。
もちろん、俺も例外ではなく。
神坂綾子とは、贔屓目抜きにしてもとても魅力的な女性だった。
大学に入ってから、既に何度も告白されているとか。ただ本人は「つまらない男の相手をするのは時間の無駄」と言って、全部断っているらしいけど。
結果ついたあだ名は、「難攻不落の神坂嬢」。果たして彼女を落とせる男は、いつ現れるのだろうか。
ゼミ生たちの話を聞いていると、ふと神坂が眉間にシワを寄せた。
「どうした? 難しい顔してると、老化が早まるぞ?」
「私は老いても綺麗だから、さほど問題ないわよ。……思ったんだけど、泊まりとなると一つ問題が発生するわよね」
「問題? もしかして、金欠か?」
「バカにしないで。これでも結構貯め込んでいるのよ。……お金じゃなくて、部屋割りの話」
「部屋割り? 普通に男女別で良いんじゃないか?」
このゼミの一年生は、全部で8人。しかも丁度男女4人ずつだ。
2人部屋を4部屋借りれば、なんら問題はない。
何を悩む必要があるのかと疑問に思っていると、神坂は呆れたようにため息を吐いた。
「アンタって、計算高いようでどこか抜けてるわよね。……ヒント、人間関係」
「人間関係って……あっ」
そこまで言われて、俺はようやく気がついた。
一緒に旅行するくらいだ。このゼミの学生は、男女問わずみんな仲が良い。……いや、仲が良すぎる。
なんと俺と神坂を除く6人の男女は、もれなくカップルなのだ。
「ゼミ合宿と言っても、大学の行事じゃない。プライベートの旅行となると……夜は恋人と過ごしたいと思うわよね?」
「あぁ。そこに「部屋割りは男女別で良いかい?」なんて言えるほど、俺は空気読めじゃない」
みんなが楽しめる旅行にする。その為には、多少の気遣いも必要である。
「取り敢えず、5部屋押さえておくか」
カップルたちの為に3部屋、そして俺と神坂用に1部屋ずつだ。
◇
ゼミ合宿の日がやってきた。
ゼミ合宿と言っても名ばかりなので、行き先は水族館や観光地。理工学の「理」の字にも触れていない。
夜は地元の名物を嗜み、「来年は20歳になるから、飲み会しような」と早くも次のゼミ旅行の企画をする。
温泉も気持ち良かったし、夜も遅くまで他愛ない話に花を咲かせた(恋バナはしない。惚気話になるのが目に見えているから)。
実に楽しい1日だった。賑やかな1日だった。だからこそ、夜中1人になると、とても寂しく感じて。
「……こんなことなら、俺も彼女作っとくんだったなぁ」
などと、柄にもないことを思わず呟いてしまった。
今頃他の奴らは、何をしているのだろうか?
恋人と、楽しくお喋り? それとも……。
ダメだ。生々しい想像はしないようにしよう。
スマホで観光地を調べながら、明日はどこへ行こうかと考えていると、トントンと部屋のドアがノックされた。
時刻は夜12時を回っている。常識的に考えて、人を訪ねる時間じゃない。
「……こんな時間に、一体誰だよ?」
文句を言いながらも、俺はドアの前に来る。
「……どちら様ですか? もしかして、部屋を間違えてます?」
「……ルームサービスです」
ルームサービスを頼んだ覚えはないし、さっきも言ったがそもそも時間がおかしい。
不審に思いながらも、恐る恐るドアを開けると、
「こんばんは」
そこには神坂がいた。
「神坂……今何時だと思っているんだよ?」
「知らないわ。部屋の時計は壊れていたし、スマホの充電は切れてたし」
嘘つけ。
「あなたの部屋で、確認しても良いかしら?」
「……ダメと言っても、入ってくるんだろ?」
入り口で言い争ったら、他の客に迷惑だ。ついでに言うと最終的には必ず俺が負けるので、口論の意味がない。無駄な抵抗というやつだ。
俺は部屋の中に、神坂を迎え入れた。
「で、本当に何の用だよ?」
「特に用はないんだけどね。他のみんなは、それぞれパートナーとお楽しみなわけじゃない? 私たちも楽しみたいなーって」
「それ、楽しむの意味違うだろ」
「まぁまぁ、細かいことは置いといて。お菓子持ってきたけど、食べる?」
「こんな時間に食べたら太るぞ」
「私は太っても可愛いから大丈夫よ」
神坂が持ってきたお菓子を食べながら、俺たちは談笑をする。
さっきまであんなに寂しかったのに、今はそのことすら忘れている。ここにいるのが神坂でなくても、俺はそう感じるだろうか?
「それでね、その時妹ったら――って、あら」
会話の最中、突然部屋の電気が消える。
貧乏学生でも泊まれるようにと、格安の古い旅館を選んだからな。ブレーカーでも落ちたのかもしれない。
「こんなアニメみたいなこと、本当にあるんだな」
笑いながら言うと、神坂が俺に抱きついてきた。
「……こんなアニメみたいなこと、本当にあるんだな」
俺は思わずそんな感想を口にしてしまう。
「暗いところ、苦手なのか?」
「苦手……ってことにしておくわ」
妙な言い回しをしてから、神坂はおもむろにキスをしてくる。
長く、そして深い口付け。
言葉は発さずとも、神坂の心が流れ込んでくるようだった。
「……なんのつもりだよ?」
「言ったでしょ? ルームサービスだって」
キスを終えても、神坂は俺から離れない。俺も神坂を離さない。
暗いのが苦手だと言っているんだ。ならば、仕方ないだろう。
俺も神坂も、何かを話すことはしなかった。
それからどのくらい時間が経過しただろうか。
部屋の電気が点く。
「……あっ」
暗いのが苦手だと言っていたくせに、何で明かりがついて残念そうにするんだよ。などという質問をするのは、野暮というものだ。
俺は神坂から離れる。
名残惜しそうにしながらも、神坂は抵抗しなかった。
俺は部屋の入り口に向かうと、電気のスイッチをオフにした。
「……ブレーカー、また落ちたみたいだな」
「……えぇ。きっと朝まで直ることはないわ」
「難攻不落の神坂嬢」。俺が落としたのか、それとも俺が落とされたのか。
取り敢えず、来年のゼミ旅行で予約するのは、4部屋だけで済みそうだ。




