アシスタント・テピテピ6
結局その日には誰もお客さんは来ず、私は仕事場の掃除に集中し、そして白いもの集団はそれをずっと眺めていた。
マニュアルを元あったところにしまい、古めかしい脚立を使って棚の一番上の段に並んでいる物を全てカウンターの上に並べる。棚を一通り拭き上げて、乾くのを待つ間にカウンターのところで置いてあったものの埃を取り払った。
置いてあったそれらは、どうやら売り物らしい。かなり埃をかぶっているので買い手がいないのだろうか。古過ぎて劣化してそう。
よくわからない瓶詰めなどを濡らした雑巾で拭いていく。つるりとした石などはバケツの水に付けて汚れを落とし、繊細そうなものは乾拭きだけにしておいた。ある程度綺麗になったら全てを戻していく。
カウンターの上にいる白いもの集団は、じっと大人しくそれを眺めていたり、置かれた品物を触ったりして過ごしていた。手伝いのつもりなのか、自分の体で品物の埃を拭くものもいるので、汚れるとまたバケツで一緒に洗う。一段全部戻し終えたら、バケツの水を汲み直して次の段へ。
その工程を繰り返し、カウンターに立って右手側の棚の掃除は大体終えることができた。
「ふう……今日はこのくらいでいいか」
スマホを見ると午後7時を過ぎていた。
何時から何時までと聞いていなかったので途中で魔女おばちゃんにメールしてみたら「好きな時間で切り上げていいよ〜」とのんびりした答えが返ってきた。そう言われると逆にやめどきが分からずここまできてしまった。部屋に帰ったらメールでもう少し詳しく問い詰めよう。
床も軽く雑巾掛けしたので、とりあえず足の裏がザリザリすることはなくなった。まだもう一つ棚が残っているしカウンターの下も手を付けていないけれど、空腹が限界に来ている。魔女おばちゃんはこっちでご飯を食べてと言われたけれど、流石に疲れたのでキッチンを探索する元気がない。今日は店仕舞いにさせてもらおう。
「今日はこれで終わりにするね。お手伝いありがとうございました」
「テピ!」
「あの、お金のこととかまだわかってないので、また明日来てもらっていいですか? 訊いておくので」
「テピ」
元気に返事をしてくれた白いもの集団を、また手に載せて床へと下ろす。
てぴてぴと歩く姿を見守りつつ、ドアを開けた。小さな手をぴこぴこと振りながら帰っていく。
「バイバイー、また明日ねー」
「テピー!」
迷宮の奥へとぞろぞろと帰っていく白い集団。それをドアの隙間からしばらく眺めて、ふうと息を吐く。
ふと視線を上げると、トンネルのような道の向こうに何かいる。
黒いボロボロのマント。フードを被った下に見える骸骨。腕には大きな鎌。浮いていて、ボロボロの黒布が風もないのにたなびいている。
完全に死神である。
「……」
窪んだ二つの大きな穴から見える赤い光が、こっちをみている気がする。
フラフラと近付いてきたその姿に、私はとっさに叫んだ。
「きょ、今日は閉店しましたっ……!」
急いでドアを閉め、内開きのそれを両手で押さえる。
なんで白いもの集団が帰った瞬間にそんなのと遭遇するのか。迷宮怖い。
魂を刈られはしないかとしばらくその状態で怯えていたものの、ドアにもノブにもなんの振動も感じなかった。そっと耳をドアにつけてみても何も聞こえない。
諦めてくれたのだろうか。もう一度外を覗く気にはなれず、私は足早にカウンターの向こうへと戻り、そして自分の部屋へと帰った。
1年間の一人暮らしで随分リラックスできるようになってきたけど、死神がいる空間と繋がってる部屋だと思うと全然安心できなくなってしまった。
カラーボックスやら衣装ケースやらを引っ張ってきて、古びた木製のドアを塞いでおく。重さ的にはベッドが一番塞いでくれそうだけれど、寝てる間に強い力で開けられたらと思うと流石にそれはできなかった。
「も〜……!! まじょばちゃん!!!」
死神が出る職場ですって最初に言っといてよ!!
恐怖からの逆ギレモードになりながら怒濤のメールを打ち、それから返信を待たずにシャワーを浴びた。
温かいお湯で体の汚れを落とすとちょっと落ち着く。空腹も思い出して冷蔵庫を開けると、なくなりかけの牛乳と豆腐、ひき肉、それからちょっとシナッとしたもやしがあった。そのいつもと同じ光景に、なんだか気が抜ける。冷凍ごはんと麻婆豆腐の元を使って適当にごはんを作った。いつもと同じそこそこ美味しい味でホッとする。
いつもは意識しない部屋の光景の中で、木製のドアがやたらと存在を主張している。
なんか、すごいバイトを始めてしまったなあ。
明日から頑張れるだろうか。
前のバイトを始めたときも、似たようなことを考えていたのを思い出した。ちょうど同じ時期だ。進学のために引っ越して、学校が始まる前にバイトを探していた。辞めたのはついこの前なのに、もう随分昔の話のように感じる。
今のバイトにも慣れるだろうか。
テーブルを綺麗にしてから、レポート用紙を取り出す。
筆ペンで大きく「時給1500円」と書き、それをマスキングテープでドアに貼り付けた。少し離れてドアを眺める。
「……よし」
ちょっとモチベーションが上がった。
大きく頷いてから、スマホを充電してベッドに潜り込む。
明日のバイトもいい感じに終われるように祈りながら眠ろう。
……死神は来ませんように。




