88 独立の灯火
「ありがとうな。」
「いえいえ、なんかすみません。」
「いやぁ一時はどうなる事かと思ったけど前よりもいい家になるんだもんなぁ。隙間風ひとつ入ってこねぇんだから大したもんだ。」
自分の身長の2/3くらいの鼠の人達と話をする。小柄だけれど鼠の人はこの大きさで成人なのだとか。
ベンから獣人の多くは、人を敵と認識し見下していると注意を受けていたのだけれど、狼の獣人のベンやミトが一緒に行動し、あらかじめ客であるという事、そして家を建て直しに来てくれた事を説明してくれたけれど、やはりどこか敵対心というか胡散臭い物を見るような雰囲気を感じていた。だけれど一件一件、多少の要望を聞きながら作り直した事もあり、建て直しが終わった人達からは歓迎されている感もある。
地下貯蔵庫や収納スペースなんかを取り込んだ住宅の形が功をそうしたようだ。
しかし歓迎されてしまうと、自分達で壊しておきながら直して感謝されるなんてマッチポンプもいいところだ。
でも、ベンやミトは受け入れられやすくなるのならそれで良いとしか言わない。
「さて、そんじゃあ飛んでった道具とかも集めなきゃあな! ありがとよ! 目隠しのにいちゃん!」
みんなすぐに作業に戻ってゆく。
一区切りがついたので、首を右に左にと曲げ軽くストレッチをして伸ばす。なんというか働いた感がある。
「マコト様。一区切りつきました。」
「あ、お疲れ様。」
「結構量があったわね」
アリサとフリーシア、テオには、住人の洗濯を手伝ってもらった。
もちろん洗濯といっても土魔法で大きな洗濯槽や乾燥部屋を作り、そこに汚れた物を入れて一気に処理する形。
洗濯漕の水は自分が出したけれど、水流の操作や乾燥についてはテオとフリーシアが力を貸してくれた。ただ洗濯した物の移動などで人力が必要な点も多く、そこはアリサがカバーしてくれたのだ。
衣食住の、衣の部分はテオ達が、食の部分はベンの指示らしい炊き出しが、住は自分が担当し改善に当たった事で大きな被害だったにも関わらず大きな爪痕が残るような問題に発展する事は避けられた。
もし嵐が原因で暴動なんかが起きて誰かが犠牲になっていたらなんて思うと、ぞっとする。本当に良かった。
「おーいマコト。こっちにさぁ物見櫓みたいなのって作れる? なんか親父の部下が聞いてみてくれって言っててさぁ!」
「ん? はーい今行くー。」
「わりーなー。俺も早く終わらせて特訓してもらいてぇんだけど、こいつらしつこくてよぉ。」
走り出したマコトを見送りながら、少しだけ首を傾げながらアリサがテオに話しかける。
「ねぇ姉さん……あれって元々なかった物まで作らされてるわよね? マコト。」
「うん。」
「うん……って、いいの? マコトが作った物って他の物よりもずっと丈夫だし防衛力が上がる事に繋がりそうに思えるんだけど?」
「だって……『喜んでくれてるみたい!』って嬉しそうに言うんだもん……」
「そっか……」
「まぁコンの特訓をするって方が防衛力とかの面だと、もっと脅威になったりすると思うんだけど……アリサが言ってきてもいいのよ? 止めた方が良いかも? って。」
「……そこはマイラに任せるわ。」
「そうよね。お国のことは騎士に任せておくのが一番よね。」
「な~マコトー。なんか石垣みたいな壁つくれねぇ? 思い出したんだけどさぁ野生動物が野菜食っちまうとかって親父殿に陳情があった気がするんだよ。」
「こんな感じ?」
「お~! すげぇなぁ! すげぇよ! マジすげぇ!」
「……ふへっ。ふへへ。」
「……うん。騎士様に任せよう。」
「そう。騎士様にね。」
尚、その騎士様はベンと一緒に建物や櫓、防壁が出来ていく様子をお屋敷から眺め、そっと何度目か分からない溜め息をつきながら何かを諦めていたのだった。
--*--*--
小隊長が頭をガシガシと掻いている。
こんな素振りをする事はこれまでなかった。なんとなく相当苛立っているような気がしてならない。
……そしてその原因が自分であることは嫌が応にも理解できてしまう。
「いやぁ、有難い限りだよマコトよ! ウァッハッハッハ!」
「あ、どうも。」
「なんだぁ? 全然飲んどらんじゃないか、ほら飲め飲め! 俺の秘蔵だぞ? ウァッハッハッハ!」
「あ、どうも。」
漆塗りの木製の器に注がれてゆく米の酒、どぶろくのような濁り酒だけど肩を抱きながら酒を注いでいるベンの言うところによれば、かなり上物の酒と器らしい。
ベンが上機嫌な理由もまた自分である。
結局、コンや狼の獣人達と一緒に行動し続け、だんだんと男特有の「スゲー! スゲー!」というノリに染まってしまい、褒められる事が楽しくなり、言われるままに防壁や城壁の建造といった区画整理を手伝ってしまったのだ。
しかも城壁といってもただの城壁を作ったのではなく、屋敷周辺の土地そのものを隆起させたというのが正しい。
もちろん無理矢理隆起させるのだから土を他から補填する必要があったのだけれど屋敷の周辺から必要分を吸い上げるようにした事で、うまい具合に掘もできた。
隆起してしまった屋敷の利便性も考え、水も山の川の一部から地下パイプを伸ばしサイフォンの原理で屋敷に一定量流れるように加工。そして屋敷から流れる水はは堀に流れこみ水掘として機能するようにした。
ベンの話では、ずっと屋敷や領土の防衛を強化したかったのだけれど、そういった作業が得意な労働者は首都に集められるせいで人手が足りず、ずっと作業ができなかったのだそうだ。
人の国との戦争もここ数年は起きておらず直近の戦争では拮抗する結果が多かった事で、獣人の国の首都ではベンの領地はすでに十分に足る状態と認識され、必要最低限の農業従事者や労働者しか与えられず、余剰となった獣人は首都の強化に回されているのだとか……要は首都から、ベンの領地はないがしろにされているのだ。
「あの……今更ですけど……結構なことしちゃいました……よね?」
「あぁ! このすげぇ改造が首都に知られるのは時間の問題だな! そう遠くない内に俺も首都に呼ばれるだろうし使者もやってくるに違いない。」
「え? やっぱり……結構な問題になりますよね?」
「ウァッハッハッハ! 当たり前だろう! 一日で城を作っちまうんだぞ! 当然その技術を寄越せ! 秘密を教えろ! と偉そうに言ってくるのは当然だ!」
「…………も、もも、元に戻しましょうか!」
「フフっ、もう変わらんよ。なんせ俺にも首都から監視の女狐がつけられているからな。もう異常を知らせる鳥が動いたとみて間違いないだろう。」
「と、とと、と、いうことは、ど、どどど、どうなるんです!?」
「なぁに安心しろ。マコト達の事は分かり難いように隠している。といっても女狐の事だ、どこまで隠せているかは微妙だがな。
でもまぁ俺の大事な客だ。お前さんの力量から考えれば俺の守りなんざまったく必要はないだろうが、それでも俺が出来る限り守らせてもらうぞ。」
「えっ? えっ?」
「なぁに気にするな! そもそも戦いに出た俺がすぐに戻ってきた事や嬢ちゃん達のケンカ。それに嵐なんかでもともと女狐が動き始めていただろうから、どっちにしろ報せは出た! ただ呼び出しが『来れるなら来い』から『絶対来い』に変わるくらいだ。もちろん今の俺は首都になんざ行く気はねぇがなっ! ウァッハッハッハ!」
「そ、それってマズくないです?」
ぐいっと酒器を呷るベン。
手酌をしながら口を開く。
「おう、攻めてくるだろうな。なに、まだコンのヤツを鍛えてもらう時間はあるさ。
それに兵糧攻めされても、そこの小隊長殿と話はついてるからな。」
「ん? ん?」
小隊長が溜め息を交えながら顔を起こす。
「大変不本意ではあるけれど、コン殿とは敵同士ではあるが状況として協力せざるを得ない。
というワケで私は一度トレンティーノ領に戻り少し領で動く事になる。」
「おう宜しく頼むぜ。小隊長殿よ。」
「言ってろ。」
「ははっ、時化た面しやがって。酒は楽しく飲むもんだぞ? 特にでけぇ事が起こる前にはなぁ!」
「えっ? えっ?」
「はぁ…………マコト殿。簡単にまとめるとだね。
このコン殿は獣人の国、ハイラントから独立する。独立の為に戦うと言っているんだ。そして私の領は、その独立を秘密裡に後押しする。」
なんだか自分の行動のせいで、とんでもない方向に事が大きくなってきている気がして現実感がどんどんなくなってゆく。
「まぁなんだ。コン殿は私の領と仲良くやっていきたいと言っているし、私としても仲良くする理由はできてしまった。
なのでその下準備をする為に行動しなくてはならなくなったということ。
なにせ私の領と言ってはいても実権があるわけではないからね、うまく説得して回らなくてはならない。
それに今回の事は、元は私の我儘から始まった事だ……その責任は負うさ。」
とりあえず考える内容が理解のキャパシティを超えたので、そっと目を閉じる。
すると、誰かが手に触れた気がした。
誰か見てみるとフリーシアだった。
「マコト様! マコト様を思い悩ませるようであれば、私が解決して見せますよ!」
「マコト。私に言ってくれたら私も解決の為に動くわよ!」
「いえ、特に何もしないでください。」
アリサも言葉を重ねてきた事で、なんとなく嫌な予感がした。というか2人に任せるととんでもない事になりそうな気しかしないので申し出に対して敬語でしっかりとお断りしておく。
「……マコトくんはどうしたいの?」
テオの言葉に少しだけ現実に戻ってくる。
「どうもこうも……あまりにちょっと、なんか想像できなくて。」
「でも現状はもう動き出しているわよ? 突然すぎるというのは本当に同意だけれど……
情報をおさらいすると獣人の国の首都がここに向けて動き出す事は確実なのよね。で、ベンさんはいい機会だから反抗を始めるつもり……と。まぁこの反抗についてはマコトくんが責任を感じてここに留まるだろうことも織り込み済みの考えだと私は思うけどね。」
テオの言葉にベンが小さく鼻を鳴らし酒器を呷る。だが何も言わない。
「マコト様……」
沈黙に対してミトがどこか縋るように声をかけてきた。
コンやミト、それに他の狼の獣人たちや鼠の獣人たちと触れ合った事で、その人達が戦火に巻き込まれる姿は想像したくない。
もちろんその人達が同族を手にかける姿も想像するのは嫌だ。
「あまり……戦ってほしくは……ない…かな。」
ベンの表情が少し厳めしくなるのが分かった。
戦う気満々なのだから水を差されれば当然の反応だろう。
だけれども、テオの表情は逆に緩まったように感じる。
「うん。マコトくんならそう言うと思った。
というわけでマコトくんが望む結果を得られそうで、マコトくんにしかでき無さそうな事を一つ考えたんだけど……」
もったいぶるように言葉を止めたテオに全員の注目が集まる。
「マコトくんが首都に行って偉い人を説得してきたらいいんじゃないかな?」
そう言ってニッコリと微笑むのだった。




