３１　修羅場

「おいしい……おいしいよぉ……」

　心から漏れ出る声が止められない。食べる手も口の中の物が無くなると勝手に動き出している。

「マコト様。串焼きもお勧めだそうですが、いかがでしょうか？」

「お願いします。」

「喜んで。」

　嫌な顔一つせずニッコリと微笑みながら次から次に美味しい物を用意してくれる少女メイドさんが女神様に見えないでもない。

　女神様はオーダーを通しにまた部屋を出ていった。

「それにしても沢山食べるね……苦しくはならないのかい？」

　正面のイケメン殿の皿には『季節の野菜と仔牛肉の煮込み』が、後少しだけ残っている。

「こんなに美味しいご飯は食べられる時に沢山食べておかないと後悔しそうで……まだまだ食べられます。」

　ポニーテールじゃないけれどポニテさんと同じ、追加で頼んだ『仔牛のローストビーフ、フルーツソースと共に』を切り分けて口に運ぶ。

　果物の程よい甘みと肉が合うなんて思ってもみなかった。

　上品でアッサリと食べられるのに、きちんと肉を食べた満足感がある。

　口の中に肉の風味が残ったのを軽めの赤ワインを一口だけ含んで胃へと流す。

　ワインの味がどうとかは分からないけれど、飲んで『美味しい』と素直に思えるから気持ちが良い。

　喉を鳴らしてからすぐに鼻から息を吐くと、そこにワインの香りが抜けていき、そのふくよかな余韻がまたたまらない。

　もう一度それを味わいたくて、つい、くくく、とグラスを傾ける。

「マコトくんはお酒に強いのね……私はそんなに飲めないわ。」

「ワインはあんまり飲んだ事が無かったんですけど、これ美味しくて。」

「そうよね～。これまで料理によってワインを変えるなんてできなかったけれど、実際にやってみると味わいと印象が変わるのが面白いわよね。

　と言っても、私はオードブルとメインの時に２種類。そしてこの白ワインしか味わってないけれどね。

　マコトくんは４……５種類目かしら？」

　料理とワインに夢中になっていたけれど、確かにそれくらいは飲んで食べているかもしれない。

「すみません。飲み過ぎてますね。」

「いや、いいんだよマコト殿。ひどく酔っているようには見えないし、美味しく感じているのであれば好きなだけ飲んでくれ。

　前に言った通り、飲み尽くすペースで飲んで貰えれば私も遠慮なく手数料をもらえるからね。」

　ペコリと頭を下げると、イケメン殿はニコリと快い笑顔を送ってくれた。

　そしてチラリと横に視線を向け、頬を掻く。

「ところで……テオ殿？　……その、妹どのは、こんな感じで良いのかい？」

「あ。聞いちゃう？　私も敢えて触れないでいたんだけど……」

　二人の視線を追いかけ、それを目にして思わず硬直する。

　『忌々しい』と目が口ほどに物を言っているのが否が応にも分かってしまう表情をしたポニーテールじゃないけれどポニテさんが居た。

　しかもその視線は自分に向けられているような気がしてならない。

　顔を隠しているからポニーテールじゃないけれどポニテさんを見たことは分からないと思うけれど、すぐに視線を外す。

　あれは見てはいけないパターンの人だ。

「おい。なに視線外してんだよ。」

「えっ！？」

　田舎のヤンキーかと思う言動に、思わず顔を向けてしまう。

「テオ殿……」

「ちょ、ちょっとアリサ……飲み過ぎよ。ごめんねマコトくん。」

「 (あ、あ、あ、いえ、) (あの、すみません。)」

「おい何謝ってんだよ。」

「ええっ！？」

　何やっても絡まれるパターンのヤツだー！　えっ！？　なに？　この人怖い！

「お前だよお前。ようやくちゃんと喋ったかと思えば、料理に反応って……あれか？　まともに話してない私は料理以下か？」

「 (そそ、そ、そ、) (そんなことは。)」

「聞こえねーんだよ！」

「すみません！」

　イスから立ち上がったポニーテールじゃないけれどポニテさんの勢いに乗せられて謝罪する。

　背筋もなぜか同時に伸びた。

　ポニーテールじゃないけれどポニテさんは立ち上がったついでに椅子を引きづりながら近づいてくる。

　その行動を受けて思わず額から汗が噴き出す。もちろん顔を覆う下着素材は優秀だから、すぐに吸収速乾してくれる。

「アリサ！」

　イケメン殿の止める声など意に介さず隣に椅子が置かれ、勢いよくドカっと椅子を鳴らしながらポニーテールじゃないけれどポニテさんが座った。そしてその勢いのまま、肩を組んでくる。

「なぁ……アンタはどうしてそう男らしくないわけ？　ねぇなんで？」

「すみません！」

　絡み酒な人やー！

　ポニーテールじゃないけれどポニテさんに肩を組まれるなんて嬉しいはずなのに、どうしよう。今、まったくもって嬉しくない！

「なに？　とりあえず謝ればいいと思ってるんでしょう？　何に謝ってるの？　ねぇ？」

「ちょっとアリサ！　いい加減になさい！」

「あはっ！　テオが怒ってる！

　ねぇ、アンタは女が好きでしょう？　テオに腕を組まれたら、それだけで物凄く嬉しそうにしてたもんねぇ。見てたら雰囲気で分かったわよ？

　どう？　今、嬉しい？　ねぇ？　男なんてみーんなそうよね。ちょっと色目つかえばすぐに鼻の下伸ばしてさぁ！」

「すみません！」

「でもねぇ……鼻の下を伸ばす程度で満足する男なんて、みーんな中途半端ヤツばっかりよ。

　本当に男らしい男なら自分のモノにしようとすぐに行動するわ！」

　ポニーテールじゃないけれどポニテさんの言葉を聞きながら、助けを求めるように金髪ふわふわさんに目を向けると、頭を手で押さえて首を振っていた。

　その様子は突然の事態に状況把握がしきれていないようにも思える。

　なぜなら自分自身もそうだからだ！

　なぜに！？　なぜ？　どうしてこうなった！？

　ただ美味しいご飯を楽しんでいたはずなのに！

「おい！　聞いてんの！？」

「聞いてます！」

　ガクンと組まれた肩が揺さぶられ反射的に答える。

「なぁ、アンタ女が好きなんだろ？」

「は、はい。そこはノーマルだと思います。」

「『思う』ってなんだー！？」

「すみません！　女の人が好きです！」

「そう！　……じゃあ尚の事アンタ分かってないでしょう？

　女だってねぇ、ちゃんと動いてくれないと応える事も拒否する事も出来ないんだよ！」

「仰る通りですね！」

「アンタはそりゃあアタシみたいな女は嫌いだろうけど、この顔は悪くないだろ？」

「いや、その、あ、あの。キレイだと思います！」

「そう思うんなら！　『命を救ってやった礼に相手をしろ』くらい言ったらどうなのさ！

　こっちは命を助けてもらったかと思えば、金になる素材までもらってさぁ！　返そうにも返せない借りばっかりが積もっていく！」

「い、いや、それは……」

「なんだい？　アタシに女としての魅力がないっていうのか！？」

　ポニーテールじゃないけれどポニテさんが勢いよく胸を張ったせいで、顔にグっと胸が近づいてくる。

　触れるか触れないかの距離に、幸せ直線が丸みえ、み、みえ、えあああっ！

「……もう……十二分に……魅力的で……」

「男ならシャキっと喋れやぁあっ！」

「魅力的です！　正直触りたいです！」

　混乱の余り脊髄反射的に本音が漏れてしまう。

　一拍の静寂。

「んふ……んふふ。そうか。そうか～。

　触りたいのか～？　触ってもいいぞ～？　でも触るだけで満足なのか～？」

「えっ？」

　優しい口調になったかと思った次の瞬間、俺の両頬がポニーテールじゃないけれどポニテさんの手で固定され、そしてポニテさんの顔が近づいてきていた。

「ちょっ！」

「アリサっ！？」

　イケメン殿と金髪ふわふわさんの声が聞こえたかと思えば、唇がポニテさんの唇でふさがれていた。

「……？」

　正直何をされているのか分からなかった。

　だけれども『あ。ファーストキスやんか』と気づくまでそう時間はかからなかった。

　なぜならレロレロと舌が入ってきたからだ。

「――っ！？」

「ん～～……」

　あれ？　なんだこれ。

　キモチイイ……

　抵抗する気が無くなったその時、食器が落ちて割れる音が鳴り響く。

　流石に唇が離され、その方向を見る事が出来た。

「……コロス」

　カトラリーにあった肉切り用のナイフの矛先がポニーテールじゃないけれどポニテさんに向いていた。

　向けているのは、食事の女神こと。少女メイドさんだった。