11 恐るべき獣
足早に森を移動する二つの影。
アリサが先行し、マイラがその動きに付き従っている。
「手間をかけてすまない。アリサ殿」
「いいわよ別に。あなたのお仲間達に口説かれ続けるよりは随分とマシだもの。
それにテオの指示を曲げる働きを見せた以上、しっかり報酬は上乗せしてくれるんでしょう?」
嫌味を含め悪戯っぽい笑顔を向けるアリサ。
マイラはその顔を見て失笑する。
「ふふっ、彼らも今は大人しくしているよ。なんせ身体が自由に動かないんだから。
報酬については期待して頂戴。もし騎士団が応えなかった場合は私が個人的に一杯奢るわ。」
「そう。じゃあ騎士団の器が広い事を願っておくわ。小隊長殿。」
「ここには隊員たちもいない、マイラと呼んでくれて構わない。」
「わかったわ、私の事もアリサで良いわ。」
「よろしくアリサ。」
「こちらこそマイラ。
……一週間も一緒に過ごしてたのに、ここにきてようやく知り合いになれたように感じるわ。」
「違いない。」
二人は軽く笑い合って道を進む。
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楽しげな雰囲気を後ろから眺め、ギリギリと歯を鳴らすマコト。
「むむむ~! ムムムム~~っ! 何をリア充キャッキャウフフしてるでござるか! あああ羨ましいっ!」
ハンカチを持っていれば『キィー!』と食いちぎっていたに違いない。
そんな表情のままストーキングするのだった。
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アリサは話ながらも時折道を変えて進んでいる。
本来であれば無駄話などしないけれど、マイラの痛む肩を気遣っての会話だった。
脂汗の滲み方から見て歩く度に痛みが走っているのは間違いなく、なぜそこまで無理をする必要があるのかは理解できないけれど、その向かう姿勢は評価に値したからだ。
「辛いでしょうけれど、もう少し遠回りをするわ。なんだか厄介そうな気配がするの。」
「まさかのアリサが優しくて正直戸惑ってるわ。」
「あら心外ね? 私は優しくないように見えた?」
「私が賛辞を送ったのに無視したでしょう? 相当気難しい人間だと思っても当然じゃない。」
「あれは……はぁ。
あの時も言ったけれど、私が仕留めきれなかった獲物を貴方が仕留めてみせた。その腕の差が悔しかっただけよ。ごめんなさい。不快だったわよね。」
「それならいいんだ。」
「……ところでマイラ。」
「なに?」
「貴方はなんでそんな男みたいな口調で喋ってるの? 騎士団の決まりかなにか?」
「あぁ……これは朱に交わればなんとやら的なものよ。どうしても男ばかりの所で生活していればこうなるの。それに、もし女らしさなんて見せちゃったら隊員たちが私の事以外考えられなくなるでしょう?」
「すごい自信なのね貴方。」
「これでも貴族に名を連ねている身だもの。自分に自信を持たないと生きていけないわ。
といっても娘が騎士団に入る程度の名前。辺境で爵位も大した事はないけれど。」
「お貴族様も大変ね……」
「えぇ。本人の意向は関係なしに騎士団で程々の爵位を持った相手を探すことを親は望んでいるわ。
だからこそこの危険な任務に志願したの。そんな考えはもう沢山。」
マイラは笑い、軽く右肩を竦める。
貴族らしからぬ態度のマイラにアリサが気安さを覚えたその時、これまでにない違和感がアリサを襲う。
瞬時に前を向き、手を横に伸ばしてマイラを制す。
マイラもまたアリサの様子を感じとり、警戒感を全面に押し出した。
アリサの視線は、目の前の不自然に平らになっている地面に向けられており、そしてその地面はまるで中から何かが出てこようとしているように蠢いている。
「マイラ……まだ確信は持てないけれど先に謝っておくわ。御免なさい。」
「最悪の状況になるだろうことは分かったけれど、どう最悪になるのかは教えてもらえそう?」
「そうね……銀貨に刻印されてるのは赤熊。力の象徴で有名だわ。
じゃあ金貨に刻印されているのは何か知ってる? 貴族の貴方なら見たことあるでしょう?」
「……嘘でしょう?」
「突然出てきた気配が嘘である事を私も心から願ってるわ。
気配が私の想像通りだったとしたら、私達はここで終わるかもしれない。だから――ごめんなさい。」
「恐れの象徴……地竜――」
マイラが息を飲み前を見た瞬間。蠢く土の中から竜の口が出てきた。
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「むっ、あそこは拙者が埋めた落とし穴のあった場所ではござらんか? ポニテさんは何をしげしげと見ているでござる? むむむ?」
じ~っと、注意深くポニテさんの視線の先を確認すると動いていた。
そのまま観察していると、ぽこっと土から顔を出す動物の口。
「あっ! かなり前に拙者の埋めた強くてマズイ蜥蜴! んあーー! 落とし穴で大量に食べてたからまだ生きてたでござるか! しつこい蜥蜴でござるなぁ!」
アリサ達の災難は、大抵主人公のせいだった。
次回からようやく主人公が主人公らしく主人公を始める予感。
長かった……




