第30話 何の話だ
【前回までのあらすじ】
久遠奏では、クラス委員長で、忍者で、くノ一で、へっぽこなのだった――得意技は色恋の術。
*
委員長のあとについて、玄関をくぐり、土間様式の広い玄関で靴を脱ぐことを勧められ、スリッパはなく、靴下のままで、長く広い廊下を歩いていく。
忍者の里と言い張るが、どう考えても組事務所的な空気はあった。昔見た、映画は、こういうところでドンパチやっていた。
なお、とても静かではあったが、そこかしこから人の気配がした。今のところ、敵意や殺意は感じられないが、とりあえず、なにも気が付かない一般人のふりをしておく。
廊下の突き当りに部屋があった。木製の引き戸がついていた。
ようやく、委員長が口を開いた。
「ここが首領のお部屋よ」
「首領」
「ええ。つまり里の長。トップってことね」
「組長ってことか」
「首領って言ってるよね?」
「……わかったよ、首領な」
「わかってくれればいいの――それで、いまから景山君に、一つお願いがあるんだけど、きいてもらえるかな」
「なんだ?」
引き戸に手をかけながら、小さな声で、委員長は言った。
「可能性としての話だけど」
「ん?」
「たとえば、景山君が、崖から落ちて頭を打ったとする」
「はぁ……?」
「それで、わたしが助けたら、景山君は自分が忍者であることを忘れていた……」
「『忘れていた……』じゃねえよ。そんなわけあるか」
「じゃあ、たとえば、わたしが通りかかったとき、車にひかれて……ふっとんで、頭をぶつけて……?」
「もしそうなら、救急車を呼べ。こんなところを歩かせている場合か、死ぬぞ」
本当は死なないだろうけど、黙っておく。
委員長は、焦りはじめた。
なんだか、目の中がぐるぐると渦巻いている気がする。
もはや、なんでもいいから、俺を忍者にしたいらしい。
「じゃ、じゃあ、えっと、わたしのおっぱいを見た景山君は、節操なく、わたしにおおいかぶさってきて、猿のように、節操なく、えっと、節操ない高校生の末路は……記憶喪失ということで――」
「節操ないのはお前だろうがっ」
高校生には忘れたい過去がある! みたいな論法やめろ。
まじであるんだから……深夜に、ふと枕を顔に当てて叫びたくなることとかさ……うう……。
なんて、気分がおちている俺よりも、さらに委員長は絶望的のようだった。
「で、でもお……じゃあ……どうやって、忍者ということにすれば……」
「どうやっても、忍者ではない」
「折檻はやだよう……しくしく……」
委員長の地が見えてきた。
涙目で、こっちを見るさまは、どこかかわいらしく見えないこともないが、発案が終わっている。
なんとしても、俺を忍者ってことにしたいらしい。
「あのな、委員長」
「協力してくれるのっ?」
「そうじゃない。早くその引き戸を開けて、正直に話せよ。間違いでした。忍者のこと話しました。ごめんなさい――素直に謝れ。それが人としての正しさだろ」
委員長はうなだれた。
「うう……景山君が人の正しさを主張するなんて……世界の終わりかもしれない……」
「いままで俺をどういう風に見てたんだ……?」
ゴミ扱いじゃないだろうな。
まあいいや。はやく、話を先にすすめよう。
そもそも、委員長は焦りから気が付いていないみたいだが、もう遅いのだ。
「委員長、諦めろ。どっちにしろ、詰んでるだろ」
「え?」
俺の言葉に委員長が声をあげる。
俺は、委員長の手をどかして、引き戸を勢いよくあけた――と、そこには、一人のじいさんが立っていた。作務衣をきており、ずいぶんとラフな格好だが、隙はなかった。
引き戸ぎりぎりに立ち、俺たちの話を聞いていたのだろう。呼吸音一つ、漏らさずにだ。さすが忍者というべきか。
「わっ」と委員長が飛びのく。忍者としての心構えが欠けてはいないだろうか。
委員長は俺にしがみついてきた。胸がめっちゃあたるが、気が付かないふりをする。そういうところが、俺のいいところでもあり、むっつりのところでもある……とは、昔の仲間の軽口。
さて、ようするにこの『白髪、白髭の背の低いじいさん』が、頭領というやつなのだろう。
驚くことなく立っている俺を見て、じいさんのほうが、少々驚いているようだった。
サンタクロースみたいにひげをふさふさと触りながら、言う。
「ほお……? 小僧。ワシの気配に気が付いていたのか? どういう理屈だ、これは。まさか、一般人ではないのかな?」
俺は、委員長を押しのけながら言葉を返した。
「もちろん忍者でもないですけどね」
委員長は、悲しそうにつぶやいた。
「ああ、もう……なんでこうなるんだろう……」
自業自得って言葉を、後で教えておいてやろう。
*
じいさんに促され、俺と委員長は、引き戸の先に広がる畳の間に並んで座っていた。
机の一つもなく、あるのは、座布団と、火鉢のようなもの。あとはキセルっぽい筒と、上座に座るじいさんの背後にある、掛け軸だけだった。
じいさんは、すべてを理解しているように、一つ頷く。
「カナデ。つまり、お前は、一般人を誘ったあげく、あろうことか自分の口で、己の正体をばらしたと、そういうことか」
「……はい、そうです、おじい様」
委員長はいつしか、くノ一衣装に早着替えをしていた。正座でうなだれているが、その姿が、やばい。
真横から見ると、脇の下から、太ももまで、長方形にまっすぐ、肌が露出しているのだ。どういう構造かわからなかったが、とにかく蠱惑的だった。
さきほどから話は、すがすがしいほどに俺という存在を無視して続いている。
じいさんは言う。
「では、どうするかわかるだろうよ。なぜ、小僧をここまでつれてきた? はやいところ、お前の術で洗脳して、記憶を消せばいい。そのための色恋の術だというのに」
「いえ、それが、あのう……」
「なんじゃ。歯切れが悪い。お前は、身を偽る演技をせねばならぬときは、優秀だというのに、なぜくノ一に戻るとへっぽこなんだ」
身内にも自覚あったんだ……。
はやいところ、くノ一やめさせてやれよ……。
委員長は、聞きなれた言葉なのか、じいさんの言葉はまったく意に返さず、自分のペースで説明を始めた。
「あの、おじい様。じつは、すでに、色恋の術をかけてるの……それも三回ぐらい……いや、六回ぐらいかも……」
「なに? では、さきほど、わしの気配を悟ったのも偶然ということか。洗脳しておるなら、意識はなく、カナデの意のままだろうよ」
「あ、そうじゃなくて……実は、わたしの術が効かないというか……色恋が通用しないというか……六回とも、全部失敗というか……?」
たどたどしく話す委員長を、じいさんは、よくわかっていないように見つめたあと、いきなり笑い始めた。
「あっはっは! 何を馬鹿なことを言う! 色恋の術しか、まともに使えぬ代わりに、お前はその筋の天才だぞ。相手が女ならまだしも、男――それも、十と数歳そこらの小童、お前のボデーで、イチコロ! お前は色恋の天才、男の天敵なのだ!」
平気ですごいこと言ってるぞ、このじいさん。
令和の時代に世に出しちゃいけないタイプだ。
ちなみに推測だが、「おじい様」と委員長が呼んでいることと、真面目な委員長が、くずした敬語を使っている限り、相手は身内なのだろう。
つまり、祖父と孫の関係ではないだろうか。
委員長は、首領の孫なわけだ。で、このへっぽこ具合。大丈夫か、この忍者集団。
好き勝手言われることも、やはり慣れているらしい。委員長は、自分の両手の人差し指を体のまえでツンツンと合わせながら、説明を重ねた。
「いや、本当なの、おじい様……この景山君って人には、わたしの、術が効かないのよ……」
そこまで話して、ようやく首領も、事実だと信じたらしい。
腰をあげて、驚きの顔。
「な、なんだと……? 奏の才能と、豊満なボデーをもってしても、ダメか……?」
「はい……全然、ダメ。なんにも変わらないの」
恐る恐るというように、首領は言う。
「まさか、お前……アルティメット色恋術まで使ったんじゃなかろうな……?」
なんだ、そのアホな術名は。
ハリウッド映画みたいな技を使うんじゃない。
呆れている俺に対して、委員長はいきなり焦り始めた。顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振る。
「つかわない! 絶対につかわない! あんなの使ったら死んじゃうっ」
「それでいい……、あれは基本的に、一度しか使えないからのう……」
「う、うん」
「しかし……そうか。効かないということは、つまり――」
そこで首領はとうとう、俺を見た。
その目はどこか、悲しげだった。
「――つまり、この男、股間が不能ということか……」
委員長が驚く。
「……あっ、そういうこと!? だから、色恋の術が効かなかったのね……?」
「そういうことなのだろうなあ」
「そんな……わたしの体を見ても、反応しないだなんて、なんてかわいそうな人なのね、景山くん……」
言葉通り、かわいそうなものを見る目を、二人がこちらに向けてきた。
なんか、二人して、小さく頷きながら目をつむって涙を耐えている感じが、妙にむかつくんだが……。
よし。
俺は決めた。
怒ろう。
黙るのはもう終わりだ。
俺は息を思い切り吸い――吐き出すとともに声を出した。
「そういうことなわけあるかっ! このボケ忍者どもめっ! 黙って聞いてれば、好き勝手いいやがって! 俺にはそもそも忍者の術は効かないんだよっ! だから、何度試してもダメだし、アルティメットなんとかも、意味はないの! 理解しろ、委員長っ」
委員長が口元をおさえた。
「アルティメットのことはいわないでっ!? それ、セクハラだから! 景山君のセクハラこうこうせー! ヘンタイ! 童貞!」
「はぁ!? もはや意味が分からん! もう絶対に帰る! 俺は帰るからな!」
童貞は本当だけど、もう知らん!
委員長が、毎度のことのように、足にすがりついてくる。
だが、もう知らん。半裸でも、振りほどく。
「帰るのはもう少し待って! 頭に傷をおってからにして!」
「記憶を消そうとするなっ! 忍者としてのプライドはないのか、プライドは! 色恋だろうがなんだろうが、俺に効く術が使えるようになってみろ!」
半ば自棄になり、特に考えもなく、思いついた言葉を並べ立てて、立ち上がったときだった――どこからか声がした。
「ほう。面白いことを言う。しかし、笑止千万。馬鹿にするのは、奏の半裸衣装だけにしておけ。そこまで言うならば、お前の力、ぜひ見せてもらおうか……っ」
忍者としてのプライドに満ちたセリフのようで、実は委員長をディスってるだけにも思えるような言葉を聞いて、俺はやっぱり、いやな予感しかしないのだった。
〇作者より報告
昨日は、一度、書いた30話が、ブラウザごと消えました。保存もしてなかった。ああ。悲しすぎるので、ここに書いておきます。悲しい……。
〇作者よりお願い
できれば評価やブクマいただけると、嬉しいです
元気出ます
兼業作家は、気力が命……(';')




