23-2
「……じゃあ、告白なんてやめればいいんじゃないかな」
「え?」
そんな柿原を見て、俺の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。
二人が驚いた顔で俺を見る。
「わざわざ告白するって意気込んでるからプレッシャーに苦しむんだ。ステージに立ってみてから告白するかどうか考えたって、遅くはないでしょ?」
柿原が二階堂に告白しようって考えているかどうかなんて、俺たち以外誰も分かりやしないのだ。
告白するのに怖気づいたなら、口に出さなければいい。
勇気を振り絞って怖気を払えたなら、思い切って口に出せばいい。
それを選ぶのは柿原の自由だ。
そもそも告白なんて、しなければならないものでもないのだから。
「……確かに、そうかもしれねぇな。そもそも告白とかそういうものって、義務感でやるもんでもねぇしよ」
堂本の同意が得られたところで、柿原を見る。
すると彼は憑き物が落ちたような晴れやかな表情を浮かべていた。
「そうか……そう、だな。確かに変な義務感みたいなものがあったかもしれない。そのせいで本当に梓のことが好きなのか、分からなくなっていたのかも」
人が義務感に押し潰されて本来の目的を忘れてしまうなんて、よくある話だと思う。
柿原が二階堂を好きな気持ちに嘘はない。しかしその気持ちが薄れてしまうほどの忙しさとプレッシャーが、彼から楽しむという余裕を奪ってしまっていた。
そしてここからは、俺の本音をぶつける時。
「……楽器を持って誰かと合わせることが、すごく楽しいことだってやっと気づいたんだ。だから俺、この三人でちゃんと本番を迎えたいよ」
だから――――。
「やめてもらって構わないなんて、言わないでほしい」
「っ……!」
これは俺の本音であり、我儘だ。
彼らに対して初めて本音を告げるというのは、俺にとって中々勇気が必要だった。
勇気を振り絞るきっかけになったのは、やはり昨日の玲たちとの練習があってこそである。
あの時間がとにかく楽しかったから、俺はこの二人とも同じような時間を過ごしたいと思えた。
「ただステージを楽しむってだけじゃ駄目なのかな。告白とか……一度忘れてさ」
「……凛太郎」
「ここまで頑張ってきたわけだし、この先はしゃいだって罰は当たらないと思うんだ」
「――――ああ、そうかもしれないな」
これで少しでも気休めになればと思ったのだが、目の前の笑顔を見る限りは大きな効果があったようだ。
心の中だけで、共に演奏するよう誘ってくれたカノンへ感謝を捧げる。
今度あいつが家に来たら、アップルパイでも作ってやろう。
◇◆◇
「ねー! 柿原君いるー⁉」
文化祭の準備をしている私のクラスの教室に、突然三年生が一人顔を出してきた。
彼女は柿原君を探しているようで、教室の中をきょろきょろと見渡している。
「あ! 二階堂さん! 柿原君知らない?」
「あ……柿原君なら今日は体調不良で休んでますけど」
さっき堂本君から連絡が来て、体調を崩したという事実はもう知っている。
そのままの話を伝えると、先輩はこの世の終わりを目の当たりにしたような表情を浮かべた。
「あー、まじかー……」
「あの、どうかされたんですか?」
困ったように頭を掻いた先輩は、どこか気まずそうに口を開く。
「いや、そのー……ちょっと予算の話をしててね。柿原君がその辺りの調整の仕方とか計算が凄い上手だったから、みーんな彼のこと頼っちゃってさ」
ああ、なるほど。
この人は自分たちが柿原君に頼りすぎたせいで体調を崩したと思っているようだ。
だとすれば申し訳なさそうにしている理由にも納得がいく。
「……ま、いくら優秀だからって後輩を頼ってちゃ駄目だよね。受験を言い訳にしないで、もうちょっとあたしたちだけでやってみるよ」
そう言って、先輩は教室を後にした。
前からすごい人だとは思っていたけど、先輩にまで頼られているところを見るとやっぱり柿原君が普通の人じゃないということを認識する。
そして自分の友達が周りの人に褒められていると、私も少しだけ誇らしい。
「アズりん! ちょっと来て!」
「え……? どうしたの?」
突然ほのかに呼ばれ、私は教室の隅の方へと移動する。
そこには困った様子のクラスメイトが二人いて、私の顔を見て少しホッとした様子を見せた。
「買い出し係の子たちなんだけど、当日に買わなきゃいけない物と予算が少し合わないんだって。予算を増やしてもらうか材料費を抑えないといけないらしいんだけど、どうすればいいかなって……」
「よ、予算が合わないの?」
困った。
私は予算の方の話には全然関わってこなかったから、どうすればいいか分からない。
お金という重要な部分であるが故にテキトーな指示は出せないし、何か上手いこと解決策を出せればいいんだけど――――。
「……ごめん、私はその辺の話に関わってないの。柿原君が復帰したら聞いておくから、それまで待ってもらってもいい?」
「う、うん。ごめん、何か焦っちゃって」
私にできることは、問題を先延ばしにすることくらいだった。
クラスで使う予算に関しては先生の方に報告しなければならないことだから、正直あまり悠長なことは言っていられない。
ここに来て柿原君の復帰を待つしかないのが、何とも言えない歯がゆさだった。
「二階堂! 広告用の看板の材料ってどこにある?」
そうして彼女たちの下を離れた私に、額に汗を浮かべて息を切らしている男子が駆け寄ってくる。
「え⁉ あ、ああ……それなら多目的室の方に置かせてもらってると思う」
「そうか! サンキュー!」
急いだ様子の男子は、そう告げながら廊下を駆けていく。
廊下は走らないでなんて注意はすでに届かず、彼の背中はあっという間に見えなくなった。
「二階堂さん! ペンキが切れちゃったんだけど、どこでもらえばいい⁉」
「えっと……それなら体育倉庫の方にあると思うけど」
「ありがとう!」
ペンキの在りかを聞いてきた女の子が去って行けば、今度は担任の春川先生が教室を覗きに来た。
「柿原く――――あ、そうか、今日休みか。じゃあ二階堂さん! ちょっと来てくれる?」
「あ、はい! 何でしょう?」
「文化祭実行委員会議があるから、出席してほしいの。とりあえず話聞くだけでいいからさ」
メモを取るだけでいいと言われ、私は先生について会議の場に向かう。
教室に入れば、そこにはもうほとんどのクラスが集まっていた。
皆の視線が私に集まる。
「あれ、春川先生。柿原君って今日来てないんですか?」
「え? うん、そうだけど……何か問題あった?」
「ああ、いや……いつも柿原君に仕切ってもらってたから、今日どうしようって思って」
女子の先輩が申し訳なさそうに頬を掻く。
ここまで私は驚きっぱなしだ。
どこにいても柿原君の名前を聞いて、皆が柿原君を頼ってる。
近いところにいたはずの彼が、いつの間にかこの学校中の皆から頼りにされるような人になった。
それがやっぱり誇らしくて、同時に――――罪悪感に襲われる。
(これだけの期待が背負えるほど強い人じゃないって……私は知っていたはずなのに)
堂本君は、柿原君が疲労で体調を崩したって言っていた。
そこまで体を酷使するほどに、彼は忙しく駆け回っていたことになる。
その間、柿原君は一度も私を頼ってはくれなかった。
――――いや、これは言い訳。
私が柿原君の限界に気づけなかったのが悪いんだ。
塾の帰りに私が怖い人に声をかけられると必ず助けに来てくれる彼は、決して王子様なんて呼べる存在ではない。
そう呼ぶには、彼はいつも必死すぎる。
立ち向かう恐怖を押し殺し、それに伴って湧き上がる涙を堪えて。
彼は完璧超人の王子様なんてものではなく、いつだって全力な優しいヒーローなんだ。
「あ……」
その時、私の中で何かが溶けたような感覚があった。
そうか。私にとって柿原君は――――。
「……先生、ごめんなさい。急用を思い出しました」
「え? どうしたの?」
「ごめんなさい! 行かなきゃならないところがあるんです!」
「え、え⁉ 二階堂さん⁉」
困惑する春川先生の声を背中に受けながら、廊下をいつもより大きな歩幅で歩いていく。
『祐介君のこと、よろしくね』
校舎を出た私の頭の中では、志藤君の言葉が何度も反芻されていた。
私が志藤君に惹かれていたのは間違いない。でも、今なら分かる。
彼に抱いていた感情は、"憧れ"だ。
柿原君への気持ちとはまったく違う。
校門を抜け、私は走り出した。
何かを伝えたいわけでもない。何かを話したいわけでもない。
ただ今は――――とにかく彼に会いたかった。




