22-1 バンド
「よっこいしょっと……」
俺は昨日の夜まで弾いていたベースをケースに入れ、背中に背負った。
今日は休日。そして俺が柿原と堂本と組んだバンドの初合わせの日だ。
マンションから外に出てみれば、比較的気温が下がってきていることに気づく。
「……そろそろ秋か」
何だか哀愁を感じてぼそりと呟きながら、この気候に感謝した。
ぶっちゃけベースは持ち運びできる楽器の中でもかなり重い部類に入ると思う。
周辺機器の存在を除いて単体だけの話をするならば、ギターよりも若干ベースの方が重い。
もらってからしばらくは重さに引っ張られてしまわないよう細心の注意を払いながら扱っていた。
こうして背負ってみると、体が鈍らない程度に運動を挟んでおいてよかったと素直に思う。
「おーい! 凛太郎! こっちだ!」
「あ……」
駅前まで移動すれば、先に来ていた柿原と堂本が俺を見て手を上げた。
柿原は俺と同じようにギターを背中に背負い、堂本は何かキャリーバッグのようなものを引いている。
「予定時間前に集合できたな。スタジオを予約した時間まではもう少しあるから、ゆっくり行こうぜ」
「ああ、分かったよ。……ところで、竜二君のその荷物って何が入ってるんだ?」
「ん? これか? スタジオについたら見せてやるよ」
堂本は得意げにそう言いながら、俺たちを先導する。
彼について行って到着したのは、駅の近くの少し薄暗いビル群のうちの一つだった。
暗いのは六階建て以上のビルが多いということもあるが、それにプラスしていわゆる"夜の店"が多いという点が挙げられる。
今はまだ正午を過ぎた辺り。これらの店は開いていない。
どこか不安な気持ちになりつつも大人しくついて行けば、俺たちは派手な装いの扉を潜ることになった。
「うぃーす、店長」
「お、来たな、悪ガキ」
「もうガキじゃねぇって。それよりセッティングって済んでるか?」
「いつものやつだろ? お前くらいだぜ。店長である俺をこんなに扱き使うなんて」
扉の先にあったカウンターに座っていた派手な男と堂本は、親しげに挨拶を交わす。
どうやら中々に深い仲のようだ。
「おっと、君たちがこいつのバンドメンバー?」
「あ……はい」
店長からの問いかけに、柿原が遠慮気味に答える。
その態度に対して、俺は疑問を覚えた。
いつも以上に元気がないというか、表情に明るさがないというか。
何だか見ていて不安になる。
「五番スタジオを使ってくれ。アンプの繋ぎ方とかは分かるか?」
「その辺は俺が教えるよ」
「お、そうか。んじゃごゆっくり~」
手をひらひらさせた店長の見送りを背中に受けつつ、俺たちは言われた通り五番と書かれた扉を潜った。
防音室用の分厚い扉を見ると、玲に事務所を案内された時のことを思い出す。
中にはギターやベースの音を増幅するための大型アンプと、ボーカル用のマイク。そして綺麗に並んだドラムのセットが置いてあった。
「あの店長、俺の叔父さんなんだよ。俺がドラム始めたのもあの人の影響でさ。予約が少ない日にたまにドラムだけ叩かせてもらったりしてたんだ」
「へぇ……いい人そうだったね」
「悪い人じゃねぇよ。まあ、デリカシーはあんまりねぇけどな」
ドラムセットに近づきながら、堂本は店長のことを語る。
子供の頃から慕っていたのだろう。語るその顔はとても楽しそうだ。
「そんじゃまずはアンプの使い方からだな。祐介も実際にでかいのを使うのは初めてだろ? ちょっとややこしいかもしれないけど、覚えちまえば簡単だから」
そこから堂本によるアンプの使い方講座が始まった。
見た目が武骨だから上手く使えるかどうか懸念していたが、詳しく手順を聞けばそこまで難しいことはなさそうだ。
アンプの電源を入れる前にボリュームがゼロになっているかどうか確認するとか、二つを繋ぐためのコードに関しては楽器、アンプの順に繋ぐとか。
本当に細かい部分さえ気を付けていれば、壊してしまうことはまあなさそうである。
「そんでもって……凛太郎が気になっていた鞄の中身は、こいつだ」
そう言いながら、堂本は鞄のジッパーを開く。
「こいつは俺のマイスネアでな。別に備え付けのやつでも問題なく叩けるんだが、やっぱり自分なりにチューニングされた物があるとテンションが違うんだよ」
「おお……本格的だね」
「ははっ、別にかっこつけてぇだけだって」
堂本は大切そうにスネアを抱え、バスドラムの前にある椅子に腰かける。
その態度からは、本当にドラムという楽器が好きなことが伝わってきた。
ギターやベースの値段だって、ある程度使い続けられる性能を考えるなら最低でも数万はする。
スネアだって決して安い物ではないだろう。
愛は値段ではないと言う人間もいるけれど、俺にとっての値段は愛を示すための手っ取り早い指標だ。
時間もしかり、体力もしかり、有限な物を何かに対して消費するというのは、愛がなければ難しいと思う。
そうして愛をかけられるというのが、やはりどこか羨ましい。
「んじゃチューニングが終わったら、とりあえず合わせてみようぜ」
ワクワクした様子で、堂本は自身のスネアを一度叩いた。
実際俺も体がそわつく感覚がある。
今まで一人で練習してきた成果が、三人で合わせることでようやく形になるのだ。
これが楽しみにならないわけがない。
ベースのヘッドについたペグを回し、音を合わせるためのチューナーを使ってズレてしまった音を直す。
ギターとボーカルを担当する柿原は、楽器のチューニングの他にマイクの調節もしなければならない。
それが終わるのを待ってから、俺たちは顔を見合わせた。
「よし……カウントから行くぞ?」
堂本は自前のスティックを構え、それをテンポよく鳴らす。
そしてそのカウントに合わせ、俺たちは演奏を開始した。
ドラムがテンポを守り、ベースが下地を支え、ギターボーカルが堂々と主旋律を走る。
――――というのが理想だが、俺はまだ支えてやれるほどの実力はないわけで。
普段からドラムが好きで練習している堂本はともかく、そこまで長くはやっていないとは言え経験者である柿原もかなり上手い。
っていうかギターを弾きながら歌えること自体がそもそもレベルが違う。
(……っと、余計なこと考えてる場合じゃねぇな)
感心している暇などない。
技術が足りていない分、今はとにかくテンポを守ることに力を入れるべきだ。
多少のミスは無視。そして音が多くてややこしく感じる部分は、演奏に大きく影響が出てしまわない範囲で簡略化する。
必死に、とにかく必死に指を動かした。
いつの間にか堂本が俺のテンポに合わせてくれているのを感じる。
俺がこの初合わせに手こずっているのに気づいたらしい。
ドラムのリズムが少し落ちれば、自然と柿原のリズムも落ち着いたものへと変わっていく。
原曲に比べて確かにテンポは遅くなったが、むしろ三人の間でごちゃごちゃにならないことに驚いた。
(いいな……夢中になれるって)
わずかに余裕ができて、俺は堂本へと視線を送る。
すると堂本はそんな俺に視線を合わせ、楽しげに笑った。
こんなに上手くなるほど夢中になれる趣味があるって、どういう気持ちなんだろう。
心の底から、堂本が羨ましい。
――――柿原はどうなのだろうか。
思えば、俺が彼らに対して一線を引いているのと同じで、俺も彼らのことをよく知らない。
柿原は今、楽しく演奏できているのだろうか。
俺たちに背を向けて歌う奴の表情は、今はまだ見えない。




