19-1 きっかけ
さて、翌日。
俺はいつも通り起床した後、洗顔と歯磨きを終えて、自身の持っている服と睨めっこをしていた。
玲の時もそうだったが、異性と出かけるとなるとここが一番難しい。
そもそも俺は服を多く持っている方ではないし、趣味がいい自信もない。
中には優月先生から押し付けられた物もあるし――――。
「……やっぱり無難が一番か」
俺はため息を吐きながら、ダボつかせて着るタイプの七分丈のTシャツに、スキニージーンズを身に着けた。
いや、うん。あまりにもワンパターンすぎる。
さすがにもっとレパートリーがあった方がいいだろうか? 雪緒が帰ってきたら買い物に付き合ってもらおう。どうせマグカップ買いに行く約束をしたし。
財布などを入れたショルダーバッグを背負った俺は、そのまま家を出た。
向かう先は、駅前。
現在時刻は待ち合わせの一時間前であり、当初の予定通り喫茶店で時間を潰す予定である。
外に出た途端、日差しが真上から、そしてアスファルトから照り返してくることで俺の体を焼き始めた。
マジで暑い。もうすぐ夏休みは終わるというのに、夏はまだまだ終わらないようだ。
(着いたら絶対アイスコーヒーを飲んでやる……!)
そう心に決めて、駅前までの道を踏みしめて歩く。
やがて待ち合わせ場所の近くにたどり着いた俺は、驚くべきものを目にした。
「え……ミア?」
待ち合わせ場所として設定した銅像の前に、見知った顔つきの女が立っていた。
彼女は玲と同じように黒い長髪のウィッグで変装をしている。
そしてさっきからひっきりなしに手鏡を取り出し、自分の顔を何度も確認していた。
俺は驚いた顔のまま、彼女の下に近づいていく。
「おい、何でこんな早く来てんだよ」
「え――――りんたろー君⁉」
彼女も驚いたように顔を上げ、俺を見る。
「き、君こそ……まだ一時間前だよ?」
「俺は喫茶店で涼んでからここに来ようとしてたんだよ」
「そ……そうなんだ。あ、ボクもそうしようと思ってたんだよね」
じゃあ何でここにいるんだよ――――という言葉を呑み込む。
どこか焦った様子でウィッグをいじり、ソワソワした様子で視線は落ち着かない。
まさかこいつ、めちゃくちゃ楽しみにしてたとか?
そうなんだとしたら、ミアにも可愛らしい部分もあるんだなぁ……普段と違って。
「……喫茶店、行くか。どうせ映画まで時間はあるし」
「う、うん……そうだね」
俺たちは二人並んで、駅前の喫茶店へと向かう。
「っていうか、お前もずいぶん上手に変装するもんだな」
「こうでもしないとまともに外歩けないからね。どう? 似合ってるかな」
「ああ、ミアっぽさは薄れてるのに、美人なところはまったく衰えてねぇな」
「……りんたろー君って、何か褒め慣れてない?」
「別に。思ったことを口にするだけなんだから、そう難しいことじゃねぇよ」
そもそも見た目に関しての意見を要求されたわけで、そこで素直に答えない方が不自然だと思うのだが。
「ねぇ、りんたろー君」
「何だよ」
「恋人なら、手をつなぐっていうのも一種のスキンシップだと思うんだけれど、どうかな?」
「悪いけど、そいつは無理だ」
「……何でさ」
どこか不機嫌そうなミアの顔を見て、俺は一つため息を挟んだ後に言葉を紡いだ。
「お前言っただろ? 俺のしたくないことはしなくていいって。手をつなぐとか、そういう周りから見て恋人確定みたいな姿を見せるのは、俺の中でNG行為だ」
手をつないだり、腕を組んだり。
そういう行為は、万が一ミアの変装が解けるようなことがあった時に周りに対して言い訳ができなくなる恐れがある。
あと、夏の日差しのせいで手汗が凄い。
このまま手を繋ぐのは、さすがに恥ずかしかった。
「……ふーん。まあ、いいけどさ」
ミアは頬を膨らませ、俺の半歩先を歩く。
何だろう。何だか今日の彼女は、どことなく子供っぽい気がする。
「ほら、早く行こうよ」
「あ、ああ」
気のせい、だろうか?
◇◆◇
喫茶店で時間を潰した俺たちは、そのままの足で映画館へと向かった。
学生二人で購入したチケットのタイトルは、"ハルサクコイ"。
冴えない女子高生が、金持ちでイケメンな男と、スポーツマンないい男から迫られるストーリーらしい。
原作は漫画。
タイプが違う男二人との三角関係が魅力らしいが――――。
「……何か、女子が多くねぇか?」
さっきから映画館に出入りしている人間のほとんどが、どこか垢抜けた感じの女子ばかり。
別に男がいないわけではないし、大人がいないわけでもないのだが、少しだけ居心地の悪さを感じていた。
「それはそうだよ。俳優陣が今女子の間ではすごく人気のある人たちだからね。はい、これチケット」
「あ、サンキュー……」
ミアから差し出されたチケットを受け取り、俺はそれを数秒見つめる。
「……今更だけど、奢ってもらってよかったのか?」
「本当に今更だね。さっきも言ったけど、デート代は全部ボクが出すよ。それが君の一日をもらう人間としての義務だと思うからね」
「いや、でも男が全部奢ってもらうってのはやっぱりなぁ」
「男とか女とか関係ないさ。今日のところはボクに甘えてくれればいいんだよ」
んー、まあいいか。
奢ってもらえるなら素直に奢ってもらおう。金も浮くし。
保っていたプライドは、こうして容易く崩れ去った。
「君はポップ―コーンは食べる派かな? ボクは買おうと思っているけど」
「ああ、まあ一応食べる派……かな?」
「じゃあ大きいサイズをシェアしようか。ふふっ、何だか"らしく"なってきたね」
この"らしく"とは、恋人らしくなってきたということを指しているのだろう。
言われてみれば、何かをシェアして食べるなんて実に恋人らしいじゃないか。
――――玲とはすでに何度かやっている気がするけれど。
「何味がいい?」
「俺はこういう時はバター醤油だ」
「奇遇だね。ボクもその味一択だと思っていたところだ」
キャラメルや塩味もいいのだが、個人的にキャラメルは飽きやすく、塩はわずかながらに味気ない。
そうなると、やはり俺の中ではバター醤油が絶妙な位置に来る。
「じゃあ、買ったらもう中に入ろうか」
「おう」
そろそろ入場開始の時間が迫っている。
ポップコーンと飲み物を購入した俺たちは、劇場の中へと足を踏み入れた。
席は瞬く間に埋まっていき、やがて満員になる。
これが最新人気映画の力か。
「映画館ってさ、始まる前から独特のワクワク感みたいなのがあるよね」
「それは分かる。あんまり共感されたことねぇけど、実は最初に挟まる他映画の予告とか、ああいうのを見るのも嫌いじゃねぇんだよなぁ」
「ボクは分かるよ、その気持ち。前に見た映画の最新作が来るんだー、とか、素直に面白そうな映画の予告を見ると得した気分になるし」
そんな雑談をしていると、やがて場内から明かりが落ちて行く。
すっかり暗くなった視界の奥で、巨大なスクリーンに今の今まで話していた映画の予告たちが始まった。
この時間が、一番映画館に来たのだと実感できる。
画面の大きさ、音の迫力。それらすべてが、特別に感じられるのだ。
『それは、冴えない私の春に起きた物語――――』
やがて予告が終われば、そんなモノローグと共に映画本編が始まる。
ヒロインは野暮ったい印象を受ける、冴えない女子高生。
しかし人気若手女優が演じているが故、かけている丸眼鏡の奥には整った顔がある。
どうやらそれは演者の都合という訳ではなく、原作となった漫画でも、磨けば光る素朴な宝石と表現されている――――らしい。
素朴な宝石って何だよと思わないこともないが、こんなところで一々引っかかっていたら創作物は楽しめないので、頭の奥へと追いやっておく。




